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死ねない石像

 自分に考えこんでしまう癖があるのはまえからわかっていた。でもあるときとうとう考えこみ過ぎたせいで石像になってしまった。自分自身も幸せになりたかった、酷く倦んでいたのだ。しかも、自分は用を足しながら考えこむ癖がある。もうこの先は言いたくない。あんまりだ、と天に向かって叫んだ。

 石像になったことにより人気者になった。自分が注目を集めるのはただでさえ唐突なことで面映ゆかったのに。いつの間にか偉い人が背中に羽までつけた。正直、毎日死にたい。
 Z月Z日……アベックが僕を間に挟み写真を撮る。アベック含め、いろんな人に写真を撮られるのには慣れたけれど、今日の彼女はケータイに長い棒のようなものをつけて自分たちで撮っていた。また、時代が進んだのだ。僕は石像になってもうどのくらいだろう、今日も死ねなかった。
 Y月Y日……僕と見た目が同じくらいの年の男の子が僕の横で僕と同じ体勢でおしっこをした。おしっこの途中で親に見つかって頭を叩かれた子どものおしっこが少し顔にかかった。誰も気づかない、今日も死ねなかった。
 Q月Q日……座って考えている石像の横で展示されることになった。いや、初めは黒い石かと思ったけれどよく見ると材質が石じゃない。足元に立札があって、たぶん詳しいことを書いているのだろうけれど読めなかった。同じ部屋には他にもいろんな像や意味のわからない形のものもあった。ふと、座って考えているこの像も僕と同じように元は像でなかったのでは、と考えた。羽が生えていないから悪い奴だったのかもしれない。何でそう思ったんだろう、僕はいつから羽がついたのか思い出せない。ほんとうは頭が疲れるから考えるのをやめたい。最近物忘れが酷くなった。僕は何歳になったんだろう? それにしても座って考えている像は排便している途中かもしれないけれどそれでも丸出しじゃない分僕よりマシだ。そういえば今日も死ねなかった。
 X月X日……このところ、一人の少女が頻繁に僕だけをまじまじと見に来る。この部屋に入るにはそれなりに値が張るからお金持ちの家の子だろうと最初は思った。女の子は必ず一人で来た。そして来る度に違う顔をしていた。それでも同じ女の子だとわかった。考えても何故だかわからなかったので考えるのはやめにした。今日は死にたくならなかった。

 その日の夜、夢を見た。自分が人間の男の子のように生活している夢だった。六歳くらいだろうか。その夢にあの少女も出てきた。大人の、男の人のような女の人のような、顔のよくわからない人の陰に隠れるようにして泣いていた。顔のよくわからない人は悲しそうに怒っていた。ああ、僕はやっと思い出した。身体が崩壊していく。人気者になってもそれ程楽しくなかったけれど座って考える像に出遭えたのは嬉しかった。自分よりマシだと考えたことを謝る。その足元の立札に目を遣る。名前と、何で構成されているかが読めた。格好いい名前だと思った。
この人の圧倒的な死に、深く敬意を表します。

 目覚めたのちは、また毎日死を見届けましょう。それが僕の存在理由なのですから。

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