今年の聴き納めーーー「芸大メサイア」
先週の木曜日、つまり、冬至の夜。上野の文化会館で、東京藝術大学の音楽学部の年末の恒例行事(らしいです。なんでも、70年以上続くチャリティコンサートだそうです)である、「芸大メサイア」を聴いてきました。
「メサイア」は、ヘンデルが作曲したオラトリオです。キリストの誕生からその死、そして、復活の様を聖書の言葉を使いながら、表現した作品です。「メサイア」と聴いても、ピンとこない方も多いと思います。それでも、「ハレルヤコーラス」と聴けば、「ああ、あれか!」と思われる方、少なくないのではないでしょうか? ひたすら、「ハレルヤ!」とうたうコーラスです。
この「ハレルヤ」は、この「メサイア」の楽章の一つです。私も、もちろんそんなことは知らなかったのですが、昔、この「メサイア」を学生の合唱団で聴いたことがあって、それで、それだけの知識はあります。
けれど、その時は私にクラシック音楽の知識が皆無に近かったうえに、キリスト教への偏見もありました。実際、この「ハレルヤコーラス」の時、私の周囲に座っていた方々が立ち上がって、一緒にコーラスする様には、恐怖すらあったんですよね。
その経験から十数年たって、クラシック音楽が好きになり、コンサートにも行くようになりました。最愛のマエストロもオーケストラもできました。宗教への懐疑心は変わりませんが、宗教曲へのアレルギーはだんだん小さくなりました(これは、もちろん、信頼する演奏家に出会えたことが大きいですね)。バッハもヘンデルも、大好きになっていきました。
そして、今年。最愛のマエストロの指揮で、ヘンデルの「メサイア」が聴けることになったのでした。昨年と一昨年は、567騒動のあおりで、中止になったので、3年ぶりの開催です。
騒動の影響はもちろんあって、聴き手も合唱団もマスクです。オーケストラの芸大フィルハーモニー管弦楽団の奏者の一部も、マスクを着けています(おそらく、オーケストラについては、任意だったと思いますが)。このコンサートの4日前に聴いた「第九」のコンサートでも、合唱団も聴き手もマスクでした。
観ていると、息苦しさを感じるので、どうしても、最愛のマエストロ・山下一史さんに目が行くのですが(山下さんは、どちらのコンサートでも、マスクはつけてらっしゃいませんでしたから)、山下さんを中心に聴いていると、だんだんに演奏の素晴らしさに引き込まれてゆきました。
この「メサイア」コンサートは、合唱団とソリスト4人は、基本東京藝大の現役の学生さんたちなのだそうです。今回は、ソプラノの方だけ卒業生だったようですが、さすがはプロの音楽家を輩出している名門大学の学生さんたちです。しかも、まだ、プロになってない分、純粋さが大きいのでしょう。聴いていて、透明感のある歌声に、妙に打たれるものがありました。
歌詞は英語だし、聖書にはなじみがないので、休憩時間に、プログラムでざっと流れを確認しましたが、演奏を聴いていると、そういうことは関係がなくなりました。もちろん、ストーリーをわかっているなら、理解も深まってくるのかもしれませんが、クリスチャンでない私は、演奏に白紙で向き合いました。
「私は、最愛のマエストロの指揮のコンサートに来たのだ」とね。
ヘンデルは、バロック音楽の大家の一人でもあり、バッハやテレマンなどと並んで、人気があります。この「メサイア」は、ヘンデルがチャリティコンサートとして作ったのだそうで、彼は生前この作品が営利目的で演奏されることを嫌って、楽譜の販売を許可しなかったそうです(パンフレット解説より)。
キリストの誕生からその死、そして復活を取り上げたものですけれど、7年前に仙台で聴いた、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」とは趣が違っていました。ヘンデルの「メサイア」は、悲劇的な要素を含みこむストーリーを扱いながら、もっと、軽やかさがあり、基本的に明るいんですよね。根底にヘンデルのキリストへの帰依、あるいは絶対の信頼があるからかもしれません。メンデルスゾーンのは、基本的に重々しくて、何処までも救いがない感じでした。彼の人への絶望が根底にある気がします。まぁ、ストーリーが違いますけれど、やはり、神との距離だったり、人間への視線の違いが影響しているのでしょう。
今年は、バロック音楽を聴く機会が本当にない1年でしたが、大好きなチェンバロやオルガンが入ったオーケストラと合唱の饗宴は、今年の聴き納めにふさわしい輝きもありました。
「いろいろ今年もありましたけれど。我々も、3年ぶりに、このコンサートができました。聴きに来てくださった皆さんが、この演奏を楽しんでくださいますように。そして、来年が良い年でありますように、お祈りしています!」
2時間半という長丁場の指揮を、タキシードで勤めているマエストロの背中が、そんなことを語り掛けておられるような気がしました(もちろん、途中で休憩はありましたが)。
来年も山下さんの指揮ならば、「芸大メサイア」、また聴きに来ようと思いました。同時に、冬至にこの演奏が聴けたことで、やっと状況が良くなる気もして、なんだか明るい気分で家路に着いたのでした。