覚悟と気合を入れて出かけたら、気抜けするくらいすべてが順調に進んだ話ーーー山下&千葉響コンサートレポート
なんだか、強面風に始まりましたが、今回は、先週の土曜日に参加してきた、山下一史&千葉交響楽団の定期演奏会の御報告です。
何故”覚悟と気合”が必要かと申せば、それは会場の君津市民文化ホールのアクセスが原因です。ここは、コンサートへの来場に、自家用車の使用を推奨する、珍しいホールです。たいていは、公共交通機関の利用を勧めますからね(広大な駐車場があるんですね)。
最寄り駅のJR内房線君津駅から、バスが出ているんですが、このバスの本数が極めて少ない。それでも、ホールに向かう時は、まだいいんです。電車の到着に合わせたような時間のバスがありますから。
君津駅に13時5分に到着する電車に乗れば、13時10分にバス停を出るコミュニティバスに間に合います。これに乗れれば、片道¥300で済みますし、開演までに充分余裕があるんですね。今回、バス停は長蛇の列。皆さん、ほとんどがホールに行かれる方々だったようです。
問題は、帰りです。以前は終演後にホールが臨時のバスを用意してくれていたのですが、先般のコロナ騒動と運転手不足もあってか、これが2~3年前から廃止になっています。なので、終演が16時を回れば、次のバスは17時10分までないんですね。昨年11月の演奏会で、寒い中、バス停で4~50分バスを待った経験は、いまでも強烈なものとして残っています。
それだけに、今回、君津定期に行くにあたって、私は悲愴な覚悟をするしかなかったんですね。アクセスがよろしくないのは重々承知の上で、それでも聴きたい! そう決めたのなら、気合入れるしかないじゃあ∼りませんか?
2月の君津に行くのは、今回が初めてでした。寒いだろうと予想して、それなりの防寒対策をして、出発! お天気は雲が多かったのですが、君津駅に着いたころには、日差しが出ていました。
予定通りのバスに乗り、ホールに到着。なかなかの人出です。完売御礼とは聴いてなかったのですが(当日券も出ましたし)、おそらくそれに近い状況だったようです。
君津のホールは、今回の指揮者でもある山下一史さんが千葉響の音楽監督に就任された時から、毎年秋に、山下&千葉響を呼んで演奏機会を提供してくれているホールです。昨年度で2つのホームホールを喪った千葉響ですが、この逆境を山下さんは逆手に取られました。恩義ある君津のホールで定期演奏会を開催するシリーズを作られたのですね。シェフ就任から8年の中で、醸成された信頼があるからこそのことでしょうね。
その記念すべき第1回目の”君津定期”に、山下さんは、オール・モーツァルトプログラムで臨まれました。ソリストに、N響で35年間コンサートマスターをお務めだった、ヴァイオリニストの堀正文さん。オーケストラのコンサートマスターは、モーツァルトが最愛の存在とおっしゃる神谷未穂さん。山下さんにとって、万全の体制を敷かれたと申し上げてよいでしょう。
堀さんは、数年前、千葉響の定期演奏会に初めて登場されたのですが、その際にも作品は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲。この時は第3番だったのですが、私はその音色のあまりの軽やかさに腰を抜かして、絶句したものでした。今回はモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の第5番の「トルコ風」。どんなサプライズがあるのか、楽しみにもしていました。
時満ちて、コンサートはモーツァルトの「後宮からの逃走」で、華やかに開幕。この曲は山下さんが好んで取り上げる1曲ですが、勢いと言い明るさと言い、3度目にして最高の演奏を聴いた気がしました。
続いて、堀さんがご登場での「トルコ風」の演奏です。ここで目新しいのが、山下さんの指揮ではなく、堀さんの弾きぶりだったということです。
コンサート前のプレトークで、山下さんがおっしゃるには、リハーサルで、堀さんとオーケストラの演奏を客席で聴いていて、そのあまりの美しさから、堀さんに急遽弾きぶりを依頼されたのだそうです。ソリストが指揮者も兼ねるのが、弾きぶりなのですが、私は初めて目にする形でした。
指揮台がなく、堀さんを囲むような半円形の陣形。そこにひょうひょうとご登場です。愛器のヴァイオリンをまるで本でもあるかのように小脇に抱えての姿は、何度見ても新鮮です。
堀さんはもちろん指揮棒をお持ちではないので、弓でオーケストラに指示を出されます。そういうさまも、私には初めてで興味深いものでしたが、その指示を食い入るように受け止めている千葉響の楽団員の方々の表情も、なかなか面白いものでした。山下さんとのリラックスした部分もあるのとは、やはり違いましたね。
そうして、堀さん。いやはや、軽々と弾きこなしてらっしゃる愛器から流れてくる音のなんという質感のなさ! 優美で柔らかく流麗でありながら、聴く者の耳を全然圧迫しません。つかみどころがない不安定さもありながら、気が付けば包み込まれている心地よさ。時に、聴く者を不安にさせる不協和音もちゃんと表現しつつ、モーツァルトの音楽の本質を千葉響の方々とともに、聴き手に伝えておられます。私は、モーツァルトがそれほど好きでないのです。けれど、今回の解像度の高い演奏を聴いて、「モーツァルト、いいかも」と、思ってしまったのでした。
後半でのメインは、「ジュピター」の愛称がある、交響曲41番。もちろん山下さんの指揮でしたが、ここで、堀さんがコンサートマスターをお務めです。山下さんは名手をソリストに呼ばれると、往往にして”こき使う”のですが、それはおそらく、それほどに信頼している方だからこそ、少しでも長く一緒に演奏したい、という思いもあるのでしょう。そうした思いに応えられる方じゃないと、山下さんも呼ばないようですが(^^;
前半での快調ぶりをそのまま維持して始まった「ジュピター」。この作品の演奏を聴くのは3度目ですが、今のところ最高の演奏が聴けたと申し上げて過言ではないでしょう。
聴いているうちに、その明るさ・華やかさ・楽しさに身体が反応します。会場が舞踏会のそれにでもなったかのような豪華さすら感じました。濃密でありながら、しつこくはない。必ずしも明るいばかりの表情ではありませんが、それもまた作品の広がりや懐の深さを伝えているようで、私は「トルコ風」の時同様、「モーツァルト、やっぱりいいかも」と思わされたのでした。
聴き手を大きな興奮と歓喜に包んで、見事終演。万雷の拍手がなかなかやまず、カーテンコールも随分続きました。
退場する際に、あちこちから「良かったわぁ!」、「やっぱり、本物は違うわねぇ!!」「最高だわ!!」との明るく華やいだ声を、追いかけているファンの一人として、嬉しく聴きながら私も退場しました。
ひょいと、ロビーの時計を見ると、なんと16時15分前。17時10分のバスに乗るつもりで、あれこれ予定していたこともあるのですが、こうなると欲も出てきます。バス停に行ってみると、長蛇の列ができていて、バスもやってきました。慌ててバス停に行き、バスに乗り込みました。
どうやら山下さんは、帰りのアクセスの悪さを聴いてらして、プログラムで調整されたようです。2時間に満たないプログラムでも聴き手を満足させる! そして、気持ちよく時間を無駄にせず、帰っていただいて、次回も来場していただく!! マエストロの深い気遣いに、私はバスの中で心から感謝したものでした。
肩透かしを食らったかのような、あまりにスムーズな進み行き。時間に余裕ができたので、帰途、いい小松菜をゲットできたりしましたし、夕食は久しぶりの外食ができました。サイゼリヤですけれど、ここでおいしいワインやらプリンやらパスタやら食べられて、気分は”名演に乾杯!”。上機嫌で、帰宅できたのでした。
妙に肩に力が入っているとき、案外楽に事が運ぶことがありますが、この日もそうだったのかもしれません。楽観せず、準備だけはしておくことで、状況が好転する、といういい例かもしれませんね。コンサートで聴いたモーツァルトの浮遊感に乗ったような、気持ちの良い帰路でした。
季節外れの暖かさが続いているんですが、これも明日の日中までとか。明日の夜から、寒さが戻って来るそうです。本当に今年の冬は、堪えますね。皆様、くれぐれもご自愛くださいませm(__)m💕💛ここまでお読みくださった方々に、心から感謝いたします💖💖💖