皮膚摂食(dermatophagy)が語るかもしれないイモリ玉(newt balls)の存在理由
10年以上前、著名な国内専門誌「細胞工学」では「発生生物学物語~古きを訪ね、新しきを考える~」という、ついに書物にならなかった発生と進化の学問をつなぐ連載があったが、その1999年9月号に掲載された岡田節人のエッセイの後半部分に、イモリのレンズ再生について面白い知見が述べられている。当時熊本大学学長であった江口吾郎の研究で、彼が1960年代の終わりに、イモリのレンズが寄吸虫類に属する生虫によって喰われ、喰われたレンズがやがて再生するという発見をしていたのだという。再生能力の獲得は寄生虫との長い関係を通じて育まれたのではないか、ということだが、こういった体内の現象が外部環境に起因して備わる、すなわち獲得形質ともいえる発見は、発生学教科書の大家S.F.ギルバートが発生と環境との関係を紹介したEcological Developmental Biologyに詳しいが、一見不可解かつ意味不明な動物行動、とりわけ本能と思われる行動にも当てはまるかもしれない。これから述べることは、残念ながら、かのギルバートの著書には触れられていない。
私が思い出した文献は、Natureの2006年4月13日号に掲載された、アシナシイモリ科のブーランジェーアシナシイモリ属のBoulengerula taitanusについてである。このイモリはケニアに生息し、直接発生なので親のミニチュアとして卵から生まれるのだが、新生児は母親の皮膚を摂取して育っていくのである。先端の潰れた針のような歯を疎らに備え、とりわけ脂質に富んだ母親の皮膚をこそぎ取るようにして貪っていくのだろう。母親の皮膚も爪角質層初め表皮が分厚くなっており、栄養豊富な皮膚を与えて子育てを行っている格好になる。この“子育て”は脂質が関わることから哺乳類における授乳にも見てとれ、卵黄主体の卵性から胎生への移行の中間段階と考えることができよう。
本論文の補足資料には、胎生とイモリ胎児の歯に相関性が見られるかどうか系統で示した図があり、いずれの条件も満たす科は一個所には集中しておらず、歯の発達が胎生よりも先に起こったと推測される。完全な胎生のアシナシイモリでは卵管内壁を胎児が食べる仕組みがあるとのことだから、今回の皮膚摂取はその前適応であろう。
卵性と胎生の間といえば、カモノハシ等の単孔類を即座に想起できる。乳房はなく、母乳は皮膚から染み出るような形で分泌される。それを思えば、皮膚接触は授乳と考えることもできる。
単孔類および哺乳類の胎盤獲得にはレトロトランスポゾンに由来する転移活性を失った遺伝子Peg11/Rtl1が重要な役割を果たしていることをメディカルバイオの2008年3月号で目にしてから、転移因子は殻を失ったウイルスと考えて、この皮膚接触も原因不明なかの現象の説明になるのではないか、と考えるようになった。
その現象とは、アクビチンと胚誘導の研究で名を馳せた浅島誠博士でさえ原因不明というイモリ玉である。彼は東京大学教授時代の最終講義の前半で、イモリ玉に触れている。イモリは厳冬の川の中にいる時はイモリ玉(約500~1500匹の集合体)を作って動き回っているのだそうだ。おしくら饅頭のようにイモリが集まって、玉のように見えるのである。
もしこの行動に生存への有利性がないのだとしたら、進化の中間段階にある皮膚接触の行動に関わる遺伝情報がウイルスによって水平移動したということはあるかもしれない。ミミウイルスのような、脂質二重膜を持ち遺伝子の本体は二本鎖DNAという細胞に最も近いとされるこのウイルスには多種類の遺伝子の水平移動の証拠が幾多の文献で挙げられているようだから、本能行動のような複数の遺伝子が関与しているだろう現象にはうってつけのウイルスではないだろうか。
アシナシイモリ科の皮膚接触は、母親に絡み合うようにして営まれているので、外見こそ大きく異なっても、目的を失った本能行動としてのイモリ玉はあり得るのかもしれない。性ホルモンとイモリ玉の規模や頻度の相関性がわかれば、もっと欲張れば、Peg11/Rtl1のような胎盤形成関連遺伝子に相当する遺伝子発現(胎盤を持つ魚類でIGF-2の強い正の選択が起こっているという論文がPNASの2007年5月29日号に掲載されていたから、IGF-2とそのレセプターは候補になるだろう)との相関性が明らかになれば、かつての中原英臣らのウイルス進化論のように、キリンの首がウイルス病で伸びたことを証明するような水平移動の論破まではいかないにしても、「過去の本能行動なる皮膚接触の残渣としてイモリ玉は営まれる」という試論は生まれてもよさそうである。