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第3章:節足動物に関して①

⑮ 節足動物

A.甲殻類

 一般的に、一つの時期が終わると、その幼生の形はなくなってしまい、新しい発生段階のものに変わる。そのため、段階的に発生段階が付加されていったという考えがある。したがって、卵が大きくなることで、段階的に幼生の時期が消え、発生過程が短縮していくということも考えられる。

 十脚類のカニの一種Metopaulias depressusはジャマイカのパイナップルの葉に生息するが、直径約1.5mmの卵を60-100個産む。しかし、場所によっては卵が大きいこともあり、そうなると発生過程が短くなることが知られている。例えば、餌を食べないゾエア幼生や泳げないメガロパ幼生が生じるのだという。低塩濃度が関係していると考えられている。他にも、卵が小さいと発生過程が長くなる、高所に住み卵が大きく直接発生を営む、卵の中でノープリウス幼生を過ごす、等の事例が多い。

松田が注目した甲殻類としては、ハマトビムシ科Taltridが有名である。少数の大きな卵を産み、直接発生を営む。Taltrid sylvaticusはわずか3-4個しか産卵しない。陸上生活が卵を大きくする方向に働き、ビテロジェニン合成を引き起こしたのではないかとされている。この卵の大型化により、顎脚・腹脚などが縮小し、ネオテニーとなっていったために、幼生・稚体の時期が短くなり、成体の時期が長くなるので、交尾できる機会が増えたのではないかと考えられている。松田は、taltirdがネオテニーを起こした証拠として、雄のgnathospodの縮小、腹脚の消失、触覚や口器のスリム化、外骨格が薄くなった、保育板の小型化を挙げ、鰓の発達はこれらの補完としての発達と考えている。脱皮回数が減り、体が小さくなり、早く性成熟できるために大切だったと考えている。

このtaltridは、葉影に住む種がいて、光を浴びないため、X器官のホルモンの影響を受けられず、精子形成が進まない。一方、Y器官のホルモンはしっかり働き、結果的に脱皮の回数が減る。暗所で雄がネオテニーを起こすこととなり、矮小な体になる。

甲殻類では、全体を通して鑑みても、卵を大きくした環境要因として、低塩濃度の淡水・光の通らない葉影、低温の極地が環境要因として挙げられる。

枝角類の性成熟は卵殻胞に閉ざされた休眠卵の形成によるとされている。各々の形成には別々のホルモンが働くようだ。その枝角類は卵の中でノープリウス幼生を終えるが、貝甲目では五段階ものノープリウス幼生の時期がある。実際、後者の脚は前者のように六対あるので、枝角類は貝甲目の発生が早期化して確立されたものなのかもしれない。

狭隘な環境に住む甲殻類では、体の小型化、眼の退化、体節の消失、生殖器の退化が見られる。ハルパクチクス目Cycloporella eximiaは芋虫のようで小型化や肢の特殊化が極端とされる。ネオテニーによる幼生の時期の末梢はあったのではないかとされている。ヒゲエビ目Derocheilocaris typicusは卵が大きく、成体になるまで肢の構造が不変であることから、軟甲類からのネオテニーが推測される。軟甲類のメタノープリウスの時期に留まることで、狭隘な環境に入ったのかもしれない。

寄生性の甲殻類では、ノープリウス・メタノープリウスの時期を卵の中で通過する。宿主の外よりも内に寄生するタイプの方が、体の構造変化が激しいようだ。

ナガクビムシ科Salminicola californiensisは孵化後のコペポディドの時期に紅鮭に寄生し、4期のカリムスを経て、胴体の肢が溶解し、上顎や顎脚ができて成体になる。モンストリラ目Cymbasoma rigidumはノープリウスの時期にSalmacina dysteriに寄生し、未分化な卵状の塊になる。これは栄養を吸収する器官になる。XenocoelomidaeのAphanodomus terebellaeは環形動物多毛類の一種に寄生するが、ノープリウスの雄は宿主の腸内でキュウリのようになって寄生する雌の体内に寄生し、生殖器官に変わってしまう。

根頭目ツルアシ類Peltogater paguriはヤドカリに寄生する。この雄は、性成熟したキプリス幼生となり、ヤドカリの形にはならない。また、フクロムシSacculinaでは、雌が大掛かりな変態を営むことで知られる。雌のキプリス幼生はカニに寄生後、体が消化し、形を失い生殖器官だけになるが、この器官が宿主の体を貫通し、子供がその体内で生まれていくのだという。Boschmaella balaniでは、盲目のキプリス幼生が集合し、嚢が形成され、枝別れし、無性生殖に至る。

B.鋏角類

 サソリは一般的に、opikogenic(卵が大きく、卵胎生である)とkatoikogenic(卵が小さく、胎生である)の発生様式に分けられる。

 馬蹄形ガニTachypleus tridentatusは卵内で4回脱皮するが、三回目の終りは三葉虫のように見える。これは卵黄増加による胚化と考えられる。

 メクラグモ類では、6段階まで幼生の時期があるが、発生段階の短縮が頻繁に起こるようだ。これには寄生による栄養獲得が原因と思われ、この栄養の量次第で成体の形態も変わってくるらしい。例えば、ポリプダニ科Podapolipidaeでは、発生段階のうち幼生や若虫の時期がなくなり、いきなり成体として孵化する。若虫の遺伝子が抑制され、背板や肢が退化していると考えられる。

C.多足類

 一般的に、孵化した世代は稚体とみなすべきである。海生の祖先のステージは陸生によって既に消失したと考えられるためである。目立った幼生の時期はなく、成長帯で腹の体節が増えていくだけの個体発生である。これに節の減少が起きれば、それは甲殻類のそれと同様、孵化された発生段階が抑制されたネオテニーと見なす。エダヒゲムシの一種Pauropus sylvaticusでは、卵の直径は0.09-1.1mmであり、4-5体節の稚体として孵化し、三段階で成体になるとされている。これは個体発生が卵の中で進んでいることを意味し、呼吸器を持たない成体の構造は、progenetic notenyと判断される。ただし、環境要因はなさそうである。

 前述の発生現象は倍脚類で有名であり、胴体の節の数が減り、単眼はなくなり、脚のない節ができる。エクジステロイドが関与していると考えられ、このホルモンが飢餓や低温の影響を受けるとされている。

D.昆虫類

Ⅰ.とびむし類

 稚体における脱皮の回数が種によって甚だしく異なるようだ。多いものではトビムシ類Orchesellaの45回と想像を絶する。気温によって形が変わることが知られており、季節に準じて柔軟に形を調整して生きられるようだ。そうやって種も多様化したらしい。例えば、低温の冬が続く環境によって、フシトビムシの一種Isotoma nivieaからVertagopusが生じたと考えられている。

 巣窟に住むものでも、環境因子による多様化が見られる。Folsomiaでは、幼若ホルモンによるビテロジェニン合成が起こっているが、このホルモンを制御するアラタ体が気温の変化によって活力を下げることで、エクジステロイドが放出されやすくなり、形態変化につながっていくのだとされている。

Ⅱ.とんぼ類

 全般的に、最終齢の若虫から成体への脱皮で、形態の変化が著しい。にも係わらず、ネオテニーに必要とされる翅の退化が見られない。これには、翅の成長を抑えるホルモンが完全に抑えられ、翅がちぢれることなく広がるためと考えられている。

 発生に要する時間も様々である。Nannothemis bellaでは、若虫の発生が終わるまで674-1037日を要するが、Pantala flaverscensでは55-101日である。しかし、脱皮回数は10-12と互いに差があるわけではない。成長速度だけが変わっている。

Ⅲ.かげろう類

 かげろうが亜成虫から成虫にあるまでの期間はとても短いとされている。これは捕食者から身を守るための戦略という見方がなされている。また、残念ながら例は示されていないが、poecilogomyという、雄と雌で発生段階での形態は似ていないが、成体では互いに似ているという現象が見られる。

 Oligoneuriinaeでは、翅以外は亜成虫の時に脱皮して成虫になる。つまり、翅だけが既に成熟しており、metagenic neotenyと考えられている。別の種では、Ephoron albumやDolania

americanaの雌は成虫に脱皮しない。これは幼若ホルモンの作用によるのかもしれない。前者では、前胸腺に相当する器官が亜成虫期に分解されている。種によっては、雌で翅の完全にないものや、肢から逸れて曲がっているものもいる。これには水の流れの量が環境要因として関与しているのかもしれない。

Ⅳ.かわげら類

 種によって程度は異なるが、翅の退化が見られる。他には体の小型化、生殖器官の構造変化である。おそらく、高所という低温・日長・食糧不足といった環境を併せ持つ場所に生息することで、このような特徴が見られるのだ、と考えられている。中でも、日長は重要なようだが、種によっては低温下でネオテニーが遅滞することがあるようだ。

性差では、雌よりも雄で翅の退化が見られやすいようだ。翅の退化した雄は雌よりも脱皮回数が少なくなる。このメカニズムには、幼若ホルモンが早期に働かなくなるためと考えられている。

Ⅴ.しろありもどき類

 かわげら類から派生したと考えられている。全ての種の雌に翅がない。また、その雌は初期の若虫の体をしている。これはmetagenic neotenyである。この昆虫の住み家である絹の坑道は狭いので、少なくとも翅がないほうが動きやすい。

 メカニズムとしては、雌では幼若ホルモンは卵形成の過程で卵黄を合成できるし、別の若虫の時期を抑えることもできるが、雄ではゴナドトロピンの活性がないため、雌のようなネオテニーが起こりにくいのだ、と考えられている。

Ⅵ.ななふし類

 両生のカワゲラ目から派生したとされている。幼若ホルモンのmetathetelyな永続的分泌で陸生専用の体が確立された。熱帯の高温が幼若ホルモンの分泌を促進しているのだろう。

 Timema californicumは超小型のななふしで、雄は16-17mm、雌は21-25mmの体調で、春から夏に出現する。低温下でネオテニーが誘導されるようだ。この幼若ホルモンにはゴナドトロピンの活性がないため、ネオテニーが生じていても、このホルモンによるビテロジェニン合成が様々な組織で見られる。

Ⅶ.絶翅目

 ジュズヒゲムシ目Zorotypidaeの一科のみ。おが屑に住んでいる。ジュズヒゲムシZorotypus hubbardiは、翅のない成虫は単眼がないが、触角は翅のある成虫と同じようにある。これはネオテニーの特徴と言える。この差異は三齢から四齢にかけての変態で生じる。おそらくmetagenic neotenyと考えられている。この多型には、シロアリの巣も何らかの関わりがあるのでは、と考えられている。それは、単独にするとすぐに死んでしまうからである。

Ⅷ.コオロギモドキ科

 北米のGrylloblattaと日本・韓国のガロムアムシ科Galloisianaは、低温の山岳帯に生息している。これは、更新世の氷河が原因かもしれないと考えられている。若虫の時期が非常に延長されており、Galloisiara nipponensisでは3.5‐8年の時期にわたり若虫であり、八齢も過ごす。これは幼若ホルモンの永続的な分泌によると考えられている。しかし、若虫の特徴を維持し続けることは、翅や単眼など余計に飛び出た器官を形成しないことを意味するので、山岳地帯や陰の多い場所では有利に生きられる。

Ⅸ.はさみむし類

 幼若ホルモンとエクジステロイドの系が成長・変態の基軸となっているが、このホルモンの作用の程度によって、触角の体節数など形態が変わりやすい。

 ヨーロッパハサミムシForficula aurialariaでは、体重・頭の幅・尾角の長さに多型が見られる。最後の若虫の時期で環境の影響を受けやすいとされている。

このはさみむし類は、鞘翅の形態によって、幾つかの分類ができる。最初は普通の鞘翅を持つグループで、通常の後肢を持つForfianla auricularia、短小化した後肢を持つF.decolyi、痕跡となった後肢を持つF.decipiensがある。次は退化した鞘翅を持つグループで、痕跡となった後肢を持つPsialis gagatina、後肢のないEuborellia noestaがある。最後は鞘翅と後肢のないグループで、Anisolabisが知られている。ただ、絶対的に同じグループでは同じ形態しか見いだせないわけではなく、翅のあるグループから、翅の退化した個体が生じることがある。理由は不明だが、翅の退化と同時に、雌の生殖器の成熟が起こっている。

Ⅹ.チャバネゴキブリ属

 雄よりも雌で翅の退化が見られる。例えば、Blatta orientalisでは、雄には翅があるが、雌では翅が小さい。翅の小さい個体では、単眼や触角など感覚器が失われている。

 ゴキブリでは、集合した個体ほど発生が進む。単体でいると発生が遅れてしまう。これには、密度の高い集団では、幼若ホルモンの分泌が続くため、若虫の時期が長くなるためと考えられている。実際、アラタ体の移植で若虫の延長・巨大化が可能であることがわかっている。こうして分泌される幼若ホルモンの量が増えると、卵成熟が促進され、生まれた個体の翅は成長の過程で小さく退化する結果になる。

卵成熟、であるから、雌に特徴的なプロセスになる。一方、雄においては、精巣形成が促進されない。この雌の翅の退化は、発生が早期化したために、十分に成長できないと考えられる。アラタ体を切除すると、dwarf adultを作出できる。これには、エクジステロイドが幼若ホルモンの分泌を支えるためと思われる。このようなメカニズムで多様なゴキブリは生まれたのではないか、と考えられている。Ataphilaは蟻と共生しており、体長3mmで翅がなく、個眼はわずか70個(Blatta orientalisは1800個)である。これはprogenetic neotenyである。

XI.かまきり類

 肢にprogenetic neotenyが見られる。Eremiaphilaでは、全ての肢のふ骨が5体節であるのだが、Heteronutarsusはこれが前肢のみ3体節である。

 翅の退化についても、報告がある。米国テキサスに生息するBrunneria borealisはほぼ無翅であり、2nで単為生殖を営む。他の同属の種(こちらは南米に生息)では、雄に翅があり、雌は小さい翅となる。

XII.しろあり類

 ごきぶり類と近縁にある社会性昆虫で、カーストを形成する。変形発生が若虫の頃に適応される。兵隊では、頭の巨大化が起こり、脱皮しないで不妊になる。二次・三次生殖世代は翅のない、ネオテニー化した成虫となる。ワーカーでは、前胸部と単眼が退化している。

 種によるが、若虫の時期には、カースト形成にも可塑性が見られることがわかっている・シロアリの一種Kalotermes flavicollisでは、擬職蟻pseudergateはワーカー・兵隊・若虫のいずれにもなれ、一齢若虫はpseudergateに戻れる。これには、幼若ホルモンが重要なのだが、若虫がfirst reproductiveになる際には、この活性が抑制される必要がある。このfirst

reproductiveは、pseudergateが自分と同じカーストに分化するのを抑えている。

 このようなホルモンが担う柔軟なカースト形成は数多くの例があるが、これには、ごきぶりの祖先の“集合ホルモン”の遺伝が集落における若虫の発生ひいてはカースト形成へと進化したのではないか、と考えられている。

XIII.直翅目

 イナゴの密度依存の多型が有名である。トノサマバッタLocusta migratoriaやトビバッタ類の一種Schistocera gregariaでは、孤独にすると卵の数が増え、脱皮の回数も増える。メカニズムとしては、密度が脳神経に影響を与え、濾胞上皮に働き、エクジステロイドが分泌され、卵の周囲に到達し、発生が進行する。ただし、卵のサイズはビテロジェニンによらず、遺伝らしい。また、イナゴの“集合フェロモン”は穀物より作られるが、これが糞を通して広まり、群生に至る。後者では、日長が長くなり気温が高くなることで、群生から孤独相になることがわかっている。

 オンブバッタの一種Zonocerus variegatusでは、幼若ホルモンの量が多くなると、翅が短くなる。これは雄よりも雌で起こりやすい。逆に、翅のある雌には、卵巣の退化が見られる。幼若ホルモン-ビテロジェニンの系が働いている証である。また、このZonocerusでは、幼若ホルモンが早く分泌されると、翅ができる成虫になることがわかっている。

 他には、体色の変化が良く知られている。幼若ホルモンの分泌量で緑色になる例、気温が高いと緑色に低いと茶色になる例、等である。

XIV.こおろぎ類

 翅の発生で多型が見られる。日長、気温、集団の密度、食糧の量で影響される。カマドコオロギGryllodes sigillatusでは、両性とも翅があるが、日長が10時間までは翅ができないものの、14時間では普通に翅ができ、18時間では14時間の場合よりも翅が小さい。他には気温や密度も影響する。

 種によって実にいろいろである。G.assimilisでは孤独相も集団も100%翅がある。G.desertusではどちらも常に翅が小さい。G.capitatusでは2種のみ集団でも翅がある。G.argentinusでは集団中で多くは翅ありとなる。G.bimaculatusでは、翅の発生には触角への何かが触れる刺激が必要とされている。

XV.チャタテムシ目

 小さな翅や翅なしが知られている。たいていは翅の小さいタイプだが、Liposcelisは翅がない。野菜のゴミ捨て場など高温な場所で翅が小さくなる傾向が見られる。翅の退化した個体では、ペニスが欠け、単眼が消える、等の変化が生じている。若虫の回数もいろいろだが、一般的には若虫の回数が減ると、翅が小さくなる。これはprogenetic neotenyである。

XVI.はじらみ類およびしらみ類

 チャタテムシ目の子孫と考えられている。若虫は6段階から3段階に減っている。翅はなく、単眼や触角の体節数が退化している。このprogenetic neotenyに関しては、環境に寄らず、遺伝的に固定されているものらしい。この系統が多系統となって生じたのか、寄生を経て独自に起こったのかは不明である。

XVII.あざみうま類

一齢若虫・二齢若虫・プレ蛹・蛹・成虫という段階で発生する不完全変態を営む。翅に多型が見られ、翅の小さいものや翅のないものなど様々である。翅がない個体は、単眼がなく、前胸部が退化している。

 Anapohothrips obscurusでは、秋に翅の小さい個体が多い。これには低温の他、日長や食事量や密度が関係していると考えられている。


使用文献

The evolutionary process in taltrid amphipods and salamanders in changing environments, with a discussion of “genetic assimilation” and some other evolutionary concepts Ryuichi Matsuda著 National Research Council of Canada 1982年

Animal Evolution in Changing Environments with Special Reference to Abnormal Metamorphosis Ryuichi Matsuda著 JOHN WILEY & SONS 1987年

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