第4章:2015年の文献より(3)
2015年に、博士は3本の論文をフリーアクセスの専門誌に発表した。その最後になるのが、記録では同年のBiological Systems誌とあるが、巻数や号数は不明の一報である。題名は”How Cnidarians Got their Cnidocysts”になり、同年に発表された3本の論文の中で、最も良くまとまっていると思う。
最初に、刺胞動物と微胞子虫の関係性を指摘したのは自身が初めてではなく、数多くの先人達も同様の意見を持っていることを述べた。
・先人達の考え
Richard Christenは、「後生動物は単細胞生物の集合した者ではなく、異なるタイプの原生動物の間で様々な共生があって生じたのではないか」と考えた。
Leo BussとAdolf Seilacherは、「刺胞のない刺胞動物の祖先がいたのではないか。extrusion apparatusを持つmicrosporidiaがこの刺胞動物に寄生したのではないか」と考えた。
Jason Hollandは、「nematocystは刺胞動物でできたのではなく、nematocystに形の似た原生動物のオルガネラまたは遺伝子が刺胞動物に移動して生じたのではないか」と考えた。
・ミクソゾア門の位置付け
博士は、粘液微胞子虫については、刺細胞の源から除外している。ミクソゾア門の生活環では、体細胞と生殖細胞の区別が後生動物のようにはっきりしていない。その中でも、刺細胞の類似点については多くの報告があるが、srRNAコード領域の解析では、刺胞動物の後にミクソゾア門が成立した、という考え方があり、こちらのほうが有力とされている。
ミクソゾア門は、2015年現在では、myxosporaとmalacosporeaに別れている。このミクソゾア門が、高度に退化した刺胞動物なのか、刺胞動物の寄生生活に特殊化した生物体なのかどうかは不明である。
刺胞動物のポリプおよびメデューサのアメーバ細胞や刺細胞からは、哺乳動物細胞の全能性に関わる遺伝子(myc, nanog, klf4, Oct4, Sox2)は持っていないとされている。アメーバ細胞は成体幹細胞であり、刺細胞は通常の幹細胞より一段階分化の進んだtransient amplifying cell(TAC)という位置づけと考える。
・板形動物の位置付け
板形動物センモウヒラムシTricoplaxは上皮細胞のような細胞層を持っている。Hox/ParaHox遺伝子として、Trox-2を持っており、この働きを阻害すると、成長・二分裂が停止する。また、実験室で飼育すると、卵や精子を形成できることがわかっており、後生動物の祖先は有性生殖でできたのではないか、とも想像できる。
・刺胞動物はどのように成立したか?
感染性のあるバクテリアが前段階の刺胞動物のアメーバ細胞内に共生する体制を確立した。このバクテリアの遺伝子が、アメーバ細胞の核遺伝子に水平移動し、競争・選択を経て、今まで発見されているような様々な刺細胞へと進化したのではないか。
刺胞動物のEST解析により、刺胞動物には多くの非刺胞動物の遺伝子があり、転移因子も数多くあるようだ。刺胞動物の遺伝子の中でflip geneというものがあり、これが単細胞生物からメデューサのゲノムに移動し、生殖細胞が作られるようになったのではないか、と考えられている。刺胞動物とバクテリアでは群生ができる、という共通点がある他、EST解析ではヒドラの71もの遺伝子は後生動物よりバクテリアに近い。また、90もの転移因子がヒドラのゲノムに移動したことがわかっている。
・結論
微胞子虫は刺胞動物と刺細胞を説明するには十分な相同性がない。ミクソゾア門の刺細胞は刺胞動物より生じたもので、刺胞動物の刺細胞の起源ではなさそうである。
エディアカラ期にいた前段階の刺胞動物は、上皮様の細胞にアメーバ細胞を蓄積することで、幾つかの方向に進化したのではないか、と考える。
様々な組織を手に入れる進化の過程で、extrusion器官を持つバクテリアが、前段階の刺胞動物(刺胞を持たない)に侵入し、その後、バクテリアの遺伝子が刺胞動物のゲノムに移動し、アメーバ細胞が刺細胞を作るようになった。
このようにして、刺胞動物では、複雑な器官を形成することはできないが、刺細胞の生産に特化した動物へと進化したのではないだろうか。
使用文献
How Cnidarians Got their Cnidocysts Stanley Shostak著 Biological Systems 2015