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未解明、あるいは、揺らぎのある個体発生に関する、個人的な文献調査3件

ナマコの個体発生における巨大化と小型化、および、成体の未解明な「オーリクラリア幼生」について

間接発生の発生様式をとる棘皮動物のナマコの個体発生は、卵→オーリクラリア幼生→ドリオラリア幼生→ペンタクツラ幼生→稚体→成体、の順序で進行する。本川達夫博士の「ナマコガイドブック」p.24によると、前述の個体発生において、幼生段階でサイズが最大になるのはオーリクラリア幼生だというのである。

ウィリアムソン博士の著書「The Origins of Larvae」のp.122には、棘皮動物における幼生転移の推測される順序が、系統樹を用いて記載されている。これに従えば、オーリクラリア幼生の幼生転移はプランクトスファエラ(半索動物)→ギボシムシのトルナリア幼生(半索動物)→ナマコ、となり、その次の発生段階であるドリオラリア幼生の幼生転移は別の動物門(不明)→ウミユリ(棘皮動物)→ナマコ、となるようである。しかし、この書籍には、オーリクラリア幼生で最大になり、その後は小型化していく旨の記載を見つけることはできなかった。

私の手元には「無脊椎動物の発生(下)(①)」と「Atlas of Marine Invertebrate Larvae(②)」があるが、個体発生における幼生とサイズについては、②のp.528-529に顕微鏡写真を並列させたものがあり、少なくとも、オーリクラリア幼生からドリオラリア幼生に進むにつれ、小型化することは理解できた。この幼生段階の途中で巨大化し、その後小型化する現象はウニやヒトデなど他の棘皮動物の個体発生では明記がないので、ナマコ特有のものではないかと、理解している。この巨大化と小型化の現象は、半索動物のプランクトスファエラやギボシムシのトルナリア幼生では報告がないようなので、幼生転移とは直接関連づけることは難しそうである。


しかし、「ナマコガイドブック」には、もう一つ、私の知らないことが書かれていた。オーリクラリア幼生は知られているが、どのような成体に育つか未解明のものがある、というのである。有名なのはオーリクラリア・ヌディブランキアータAuriclaria nudibranchiataと命名された種で、体長が1.3cmになる巨大なオーリクラリアなのだという。ヌディブランキとはウミウシを意味する言葉で、ウミウシの一種のような、海藻に擬態しているような複雑な外観の模式図が掲載されている。まだ成体の姿はわかっていないが、骨片の形よりイカリナマコの仲間だと想像されているようである。この種の現状において、検索を懸命に行ったもう少し読んでみると、①の書籍においては、A.nudibranchiataは大型で繊毛帯の走行が極めて複雑であるとの記載以外には、「ナマコガイドブック」と同じ模式図が掲載されているのみだった。②の文献はもう少し情報があるが、「ナマコガイドブック」と大差ない。「最長1.3cmのサイズで異様に発達した繊毛帯を持っているが、この構造は複雑である。骨片は前端と後端で凝集していて、若い幼生のような体腔の発生がみられる。深度の深い場所で生息すると思われる。骨片より、イカリナマコの仲間と思われるが、完全に同定できていない。他にもオーリクラリア幼生の発見で命名されたものに、A.antarctica、A.bermudensis、A.plicataがある」。しかし、この3種については、文献情報を全く見つけることができなかった。とはいえ、②にはp.523にA.nudibranchiataおよびA.antarcticaの模式図と未記載種の写真がある。A.nudibranchiataはやはりウミウシのようであり、A.antarcticaは一目ではトロコフォア幼生のようにも見えた。未記載種はA.nudibranchiataを簡略化したような外見だが、幾つもの骨片が白く目立っている。


ここまで知見に乏しい幼生もいたのかと、ため息と驚きが入り混じった心境にあったが、挙げてきた書籍よりも半世紀以上前に発表された、4ページの論文に、解決にはならないが、興味深い報告があった。1934年に水産学会誌に発表された論文(https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/2/5/2_5_213/_pdf

)で、A.nudibranchiataに類似したオーリクラリア幼生と稚体の発表である。ニューギニアの北の海底より各2体を採集し、ホルマリン漬けにした標本を観察したということである。幼生については、全長約4㎜で、特に繊毛帯と後腸が他のAuriculariaよりもA.nudibranchiataに似ており、アラベスク様の模様(繊毛帯を含めた全体的な輪郭)はこちらの方が複雑としている。そして、管状の稚体については全長約5mmで、透明で体内の様子が見え、体表に不連続なアラベスク様の模様があり、消化管の形よりイカリナマコと見てよいのではないか、と考察している。

オーリクラリア幼生は、「アラベスク様の模様」でいえば、この論文の模式図の方が、だ円形の輪郭ながらその模様の複雑さゆえ魅惑的であるが、命名されたA.nudibranchiataに比べると、体長は半分以下であり、前述の通りアラベスク様の模様も同等ではなく、同種といえるのかはわからない。ただ、この論文では、その後の発生段階とされる稚体にもアラベスク様の模様の名残があるとされ、興味深い点である。


誰も個体発生を観察できていない、A.nudibranchiataであるが、飼育系などを確立して実際に観察できる段階にならなければ、真実はわからないであろうと思う。オーリクラリア幼生の外観のまま発生を停止して、体の一部から胚または幼生が出芽するかもしれないし、あるいは、既に成体ということで自ら産卵するかもしれないのである。オーリクラリア幼生から脱皮した体内の器官が稚体になる、というのもあるかもしれない。


本記事は、以下のキプリスY幼生から発見された個体発生のその後についての知見に触発されて、掲載した。キプリスY幼生から脱皮して得体の知れないイプシゴン幼生になるなど、誰も予想できなかったであろうと思う。同様のことは、以下の有櫛動物のフウセンクラゲ幼生の知見にもいえる。幼生段階と見なされていたものは、既に成体であり、幼生段階は存在しなかったというものである。この発見も、誰も予想できなかったであろうと思う。このように、A.nudibranchiataの個体発生も、決して過去の知見の類推のみで断定はできないと思うのである。


使用文献

ナマコガイドブック 本川達夫著 阪急コミュニケーションズ 2003年

The Origins of Larvae Donald I Williamson著KULWER ACADEMIC PUBLISHES 2003年

無脊椎動物の発生(下)団勝磨ら共編 培風館 1988年

Atlas of Marine Invertebrate Larvae Craig M.Yang編 Academic Press 2002年

On Some Holothurian Larvae and Young from New Guinea Densaburo INABA著 Published 5 January 1934 日本水産学会誌


サルエビのノープリウス卵・ゾエア卵の報告より、個体発生と発生様式の変遷を思い巡らせて

1992年のResearches on Crustacea誌に、フィリピン大学水産学部と鹿児島大学水産学部の研究チームが、「サルエビの発生におけるノープリウス卵とゾエア卵の出現」と題した英語論文の発表しているのを見つけた(https://www.jstage.jst.go.jp/article/rcustacea/21/0/21_KJ00003289266/_pdf/-char/en)。十脚目クルマエビ科に属するサルエビTrachypenaeus Curvirostrisの個体発生を観察したところ、56.4%は第I期ノープリウス幼生として孵化したが、19.9%の卵はノープリウス幼生のまま卵内に留まり、第Ⅰ期ゾエア幼生に達し、10.3%の卵が孵化したのだという。このようなノープリウス卵とゾエア卵の出現は、クルマエビ科の個体発生では、1992年の時点では初めて見出されたのだという。

本論文の導入では、抱卵亜目では共通してみられる現象であり、コエビ下目ではミシスか稚体まで卵内で過ごすこと、オキナワアナジャコ科では変形したミシス幼生がゾエア幼生として孵化すること、などが記載されている。

ノープリウス卵の英語表記は”embryonized nauplius”であるため、個人的に松田隆一博士の胚化と異常変態(もう一つの非公式の卒業論文 )を想起したが、掲載されている各幼生の卵内およびふ化後の形態写真や発生に要した時間を見ても、発生の遅滞・加速や特定の時期の省略など、異時性は見られなかった。卵内に幼生がいることを除けば、個体発生は通常通りの進行をしているといえた。

研究チームは、この実験を二度実施し、いずれも同じ結果が得られたと述べ、これらの卵内幼生の出現が幼生の環境適応への戦略ではないかと考察している。

この実験結果については、より具体的に内訳が図式入りで記載されており、以下に列挙したい。


① 受精から初期胚まで

初期胚に到達:75.3%➡②へ進む

途中で発生を停止:23.7%

② ノープリウス幼生

遊泳するノープリウス幼生(Ⅰ-Ⅵ期):56.4%➡全個体がその後の個体発生を進行

ノープリウス卵(Ⅰ-Ⅵ期):19.9%➡③へ進む

③ ゾエア幼生

ゾエア卵(Ⅰ期):13.7%➡④へ進む

発生異常を起こしたノープリウス卵:6.2%

④ その後

ゾエア卵から孵化:10.3%➡全個体がその後の個体発生を進行

ゾエア幼生のまま孵化せず:3.4%


ノープリウス卵の運命を辿ると、ゾエア卵を経て孵化できる幼生の生存率は約50%であり、それ以外は発生異常か孵化できずに死ぬことになる。生存戦略にしてはリスクが大きいようにも感じる。


今回の実験でも、ノープリウス卵や初期胚に到達しなかった胚が卵ノープリウス(英語表記はegg naupliusであり、embryonized naupliusとは別物である)になることはなかっただろうし(卵ノープリウスとノープリウス幼生のどちらが歴史的に古いのか、どちらからどちらに進化したのか、等は現在も未解明である。参考文献①を紹介したい)、発生異常を起こしたノープリウス幼生や孵化できなかったゾエア幼生が別の形態の幼生になりかけることもなかっただろう、と思う。発生様式の変更は断続平衡説のように、非常に長い間変わらないが、環境など何らかの引き金により急速に変わるのかもしれない(参考文献②を紹介したい)。


現代の進化学においては、超躍進化は否定されているが、ウィリアムソン博士が生前行ったような系統間の離れた動物間での雑種形成実験は、進化の可能性を垣間見る一つの方法になるだろうと思う。サルエビはクルマエビ科に属し、この科は体外受精をするので、卵の外膜を化学処理して人工授精を試みることは不可能ではないだろう。



『第5章:雑種形成実験その1』<カテゴリー①:同じ系統に属する幼生を持つ種同士が両親の場合>どちらの親も同じタイプの幼生の時期を過ごす場合である。例えば、どちらの親も、甲殻類のゾエア幼生を…

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『第7章:雑種形成実験その2』医師にしてノンフィクション作家のフランク・ライアン氏の手による動物変態の研究史「The Mystery Of Metamorphosis-A Scientif…

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『第10章:雑種形成実験その3』<雑種形成実験の総括がついに論文化>Open Access Scientific Report誌の2012年1巻4号において、博士は、オランダのスペックトスト…

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1992年に報告されたこの現象は孵化の有無に留まるが、再現性のあるノープリウス卵・ゾエア卵の発生様式という、戦略的とは思えない「保守性の緩さ」の存在自体に、個体発生が非常に保守的とはいえない可能性を秘めているかもしれず、幼生転移仮説の夢を見たいと思った次第である。



使用文献

OCCURRENCE OF EMBRYONIZED NAUPLIUS AND PROTOZOEA STAGES IN SOUTHERN ROUGH SHRIMP, TRACHYPENAEUS CURVIROSTRIS(STIMPSON, 1860)(DECAPODA, PENAEIDAE) Jesse Dapon Ronquilloら著 Researches on Crustacea No.21 (1992) : 47-58


参考文献

① LARVAE AND DIRECT DEVELOPMENT Richard R. Strathmann著 THE NATURAL HISTORY of the CRUSTACEA “Life Histories: Volume 5” OXFORD UNIVERSITY PRESS 2018

・p.157-158にノープリウス幼生と起源に関する記載がある。


② Punctuated Evolution of Embryos Gregory A.Wray著 SCIENCE VOL.267 24 FEBRUARY 1995

・本文献の日本語での解説は、「進化理論の構造Ⅱ(S.J.グールド著 渡辺政隆訳 工作舎 2021年)」のp.1303-1304が極めて秀逸である。

魅惑的だが研究の進まない異型発生(ペシロゴニー:poecilogony)について

デンマークのコペンハーゲン大学自然史博物館に所属するクラウス・ニールセン博士が2013年に発表した総説”Life cycle evolution : was the eumetazoan ancestor a holopelagic, planktotrophic gastrea?”における「遺伝学に関連した知見」の章で、異型発生と訳されるpoecilogony(ペシロゴニー)について、明快なイラスト(本記事中に貼り付けたい)と共に、この生命現象について記述している。

ペシロゴニーは同じ種で異なる発生の型が存在することをいう。環形動物や軟体動物で見られる。環形動物では多毛類スピオ科のStreblaspio benedictiで2つの型がある。小さい卵が発生して遊泳するトロコフォアとなるもの、そして、大きい卵が栄養型の幼生になるものである。Boccardia proboscideaでは多くの卵を内包する卵カプセルの塊が生まれるが、いくつかは遊泳する幼生となるが、他は哺育卵(nurse egg)となり、後者はより段階の進んだ幼生あるいは稚体になる。カプセル内のトロコフォア幼生は明らかに形態的に分化していているが、哺育卵の豊富な卵黄を食べる様子はない。
類似した個体発生では、Pygospio elegansにもある。全ての受精卵には捕食姓のトロコフォアになる遺伝情報があるが、その内の僅かなプログラムで直接発生への発生進行が引き起こされる。

※Pygospio elegansの卵カプセルのイラストになります。使用文献に掲載があります。

また、軟体動物腹足類のAlderiaでは、A.modestaは遊泳生活の幼生のみに発生するが、A.sillosiはペシロゴニーの様式をとる。同じ個体でも、全ての卵が栄養型の幼生にふ化したこともあれば、その20日後に負荷した卵では、全体の60%が遊泳型になるということもあった。

ペシロゴニーの研究論文自体は、数多くの報告を検索することが可能だが、個々の動物のペシロゴニーの発見や飼育環境とペシロゴニーの発生率などの研究は多く見られるものの、遺伝情報の改変と個体発生の変更および異種の交雑と発生様式の変更に関する研究報告については、皆無と言って良い。また、ペシロゴニー自体が、環形動物と軟体動物以外では報告が見られない。とはいえ、このような発生様式の存在自体が、幼生期の発現の有無を個体ごとに切り替えているという点において、幼生の起源と進化ひいては幼生転移仮説の実証の上で、有用な生命現象であるという点は、否定できないと考える。

使用文献
Life cycle evolution : was the eumetazoan ancestor a holopelagic, planktotrophic gastrea? Claus Nielsen著 BMC Evolutionary Biology 2013, 13:171


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