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第10章:雑種形成実験その3

<雑種形成実験の総括がついに論文化>

Open Access Scientific Report誌の2012年1巻4号において、博士は、オランダのスペックトストラート大学のボエブーム博士との共著で、ウニとホヤを用いた数十年に渡る雑種形成実験の論文を発表したが、これには、豊富な証拠写真が掲載された。内容は、本シリーズの第5章および第7章と一部重複する。


1.1989年から1995年のホヤの一種Ascidia mentulaの卵とウニの一種Echinus esculentusの精子で雑種形成実験(実験①および②のレビュー)


この掛け合わせで30回の実験を行ったが、卵の分裂は観察されなかった。1~数個の卵は分裂したが、孵化まで至ることはなかった。


1994年3月9日、1個の卵が二つに分裂し、その後一つに再融合した。同年の4月26日には同じ現象が観察された。


1992年4月6日、カタユウレイボヤCiona intestinalisの卵とウニの一種Echinus esculentusの精子を掛け合わせた実験では、卵を精子にさらしてから24時間後、2個の卵が急速に形を変え、卵膜内で2~4個に分裂し、再融合した。残念ながら、染色体の挙動は不明である。


他の17例のホヤの一種Ascidia mentulaの卵とウニの一種Echinus esculentusの精子を掛け合わせたところ、4例では胞胚で孵化、10例ではオタマジャクシ幼生で孵化、3例では胞胚とオタマジャクシ幼生の混成状態(原文ではmixとだけ表現しているが)で孵化した。


残る10例のウニの一種Echinus esculentusの卵とホヤの一種Ascidia mentulaの精子を掛け合わせた場合では、卵の分裂は観察されなかった。


2-1.実験①の対照実験

ウニの一種Echinus esculentus同士の交配を、1989年3月27日に開始した。300個の卵を用いた。


3月28日、受精して27時間後、10-12℃の水温で、99%の卵が繊毛を持った胞胚として孵化した。


3月29日、幼生で原腸形成が起こり、プリズム幼生へと発生がすすみ、3月30日、過去の論文に準じて藻類の一種Pseudoisochrysisを餌として与え、3月31日には口ができ、4月2日には腕4本のプルテウス幼生が見られた。


4月5日、Pseudoisochrysisに加えクロレラを餌として与え、4月9日には6本腕のプルテウス幼生が、4月12日には8本腕のプルテウス幼生が観察され、4月19日には幾つかの幼生でエポレットが観察された。5月6日、1個の幼生が稚体の原基を持つことが観察されたが、死亡率は高く、自由遊泳する稚体を観察することはできなかった。


2-2.ホヤの一種Ascidia mentulaの卵とウニの一種Echinus esculentusの精子で雑種形成実験(実験①)


1989年3月28日に開始。水温10-12℃、Ascidia mentulaの卵250個をフィルター処理した海水で洗い、3時間以上分裂がないことを観察した。前日に用意したEchinus esculentusの濃縮精液に20分間浸した。余った精子を除去し、卵が250個あることを確認した。幾つかの卵は精子の接触から50分後に分裂を開始し、大部分は次の15分後に分裂を開始した。


3月29日-30日、受精から18時間後、250個の卵のうち230個が、いずれも繊毛を持った胞胚として孵化した。幼生を15℃に置き、3月31日からPseudoisochrysisを餌として与え、4月5日よりPseudoisochrysisおよびクロレラを餌として与えた。雑種プルテウス幼生の75%は形態を崩していき、残る25%は対照実験のプルテウス幼生と見分けがつかなかった。死亡率は高かったが、Echinus esculentusの原基の発生は観察された。孵化後5週間で、腕足が短くなり、幾つかは短い腕になった状態で死んだ。1個は球形になり固着した。この最後の幼生は5月30日に死んだ。


3-1.実験②の対照実験

ウニの一種Echinus esculentus同士の交配を、1990年2月2日に開始した。500個の卵を精液に浸し、25-27時間後の2月3日に>95%が孵化した。これらの幼生を18℃に置き、ササノハケイソウNitzschiaを餌として与えた。発生の進行は速く、1989年3月27日の実験よりも死亡率は下がった。2月16日、数多くの8本腕のエポレット付きプルテウス幼生が見られ、2月29日、幾つかの幼生で小さな稚体の原基が見られたが、遊泳する稚体は見られなかった。


3-2.ホヤの一種Ascidia mentulaの卵とウニの一種Echinus esculentusの精子で雑種形成実験(実験②)


1990年2月2日、水温12℃で、Ascidia mentulaの卵3700個(精子がわずかに含まれていたらしい)をフィルター処理した海水で洗い、3時間卵の分裂のないことを確認し、前日に用意したEchinus esculentusの濃縮精液に25分間浸した。これを終えて25分-1時間5分後、最初の卵割が観察された。2月3日、精子と接触して21-28時間後、3438個の卵(全体の37%)が繊毛を持った胞胚として孵化した。1個の卵はオタマジャクシ幼生として孵化した。繊毛を持った胞胚のほとんどは直径0.2 mmで、幾つかは0.1 mmであった。水温は18℃とし、ササノハケイソウNitzschiaを餌として与えた。


2月4日-2月20日、幼生の30%は形を崩して発育不全になり、残る70%は対照実験のプルテウス幼生と見分けがつかなかった。大部分は8本腕であり、2月20日よりこのプルテウス幼生の発生が進行していった。次の(a)と(b)の二通りの発生経路が観察された。


(a)ウニとして発生した雑種幼生(1990年2月21日-1994年4月20日)

8%はウニの一種Echinus esculentusの稚体の原基を左側の中体腔(原文ではmesocoel sac)に見られ、2個の幼生はこの原基を両側のsacに持っていた(これは通常のEchinus esculentusの幼生では大抵見られる)。孵化後37-50日後、これらの稚体は定着し、遊泳した。


1990年3月13日、74個の稚体の生存が観察された。棘を含んで体長1.2 mm、棘を抜いて0.5 mmであった。10月1日、4対の生存が観察された。それぞれ、棘を抜いて体長が10,10,9,3 mmであった。最初の2体は五放射相称であり、後半の2体は四放射相称であった。


1991年11月15日、幼生の住むタンクをCT室(室温下)に移した。4体の体長は、棘付き(棘抜き)で27(18)mm, 25(17) mm, 18(13) mm, 12(8) mmであった。


1993年4月1日、4体の体長は、棘付き(棘抜き)で45(34)mm, 45(34) mm, 35(24) mm, 12(9) mmであった。大きな3体はビーカー内でひっくり返したところ、卵を保有していた。


1993年4月30日、最小のウニが形を崩した(実際には18ヶ月間成長が見られなかった)。


1993年9月2日、五放射相称のウニが12個の卵を産んだ。12月6日、四放射相称のウニが卵を産んだ。


1994年2月7日、3体のウニ全てが卵を産んだ。卵は野生のEchinus esculentusの精子と受精し、全てが繊毛を持った胞胚で孵化し、野生のEchinus esculentusと見分けのつかないプルテウス幼生になった。


1994年2月14日、プルテウス幼生を標本として保存した。4月20日、水供給を停止してウニが死に、棘抜きの体長が64 mm, 52 mm, 43 mmであることを確認し、標本として保存した。


(b)球体形として発生した雑種幼生(1990年2月21日-5月13日)

1990年2月21日-4月2日、プルテウス幼生の92%は、腕足を縮退させ、球体形になった。2-4週間以内で腕は完全になくなった。4月2日-5月13日、球体形のサイズは0.3-0.15 mmであったが、ほとんどは0.25 mmであった。ただし、小さな結節(protuberance)を持っていた。この球体形は遊泳し、結節で接着できた。幾つかの個体では、体内で巻きついたオタマジャクシ幼生(原文はcoiled tadpoles)が見られた。しかし、オタマジャクシ幼生が体外に出現することはなく、これ以上発生の進まないまま、最後の球体形は1990年5月13日に死んだ。


4-1.カタユウレイボヤCiona intestinalisの卵とヨーロッパムラサキウニPsammechinus miliarisの精子で雑種形成実験(実験③)


2002年2月16日に開始。卵を精液と接触させて22時間後に、卵はオタマジャクシ幼生として孵化した。ガラスに固着して変態することなく、72時間後にオタマジャクシ幼生のまま死んだ。この幼生の形態は、表面がざらついたように見える他は、カタユウレイボヤの幼生に似ていた。


4-2.実験③の対照実験その1

2002年9月16日に開始。ヨーロッパムラサキウニPsammechinus miliaris同士の交配。卵は繊毛を持った胞胚として孵化し、プルテウス幼生まで正常に発生した。10月5日、全ての卵は8本腕のプルテウス幼生になった。ただし、夜通しで水温が16℃から14℃になってしまったためか、本幼生は死んでしまった。


4-3.実験③の対照実験その2

2002年9月24日に開始。カタユウレイボヤCiona intestinalis同士の交配。卵に精子を接触させて24時間以内にオタマジャクシ幼生として孵化し、孵化して3-5日で固着した。その後、小さなホヤへと変態を遂げた。


5-1.ヨーロッパムラサキウニPsammechinus miliarisの卵とヨーロッパザラボヤAscidiella aspersaの精子で雑種形成実験(実験④)


2002年9月19日に開始。200個ほどのヨーロッパムラサキウニPsammechinus miliarisの卵をフィルター処理した海水で洗い、酸性海水(pH5.0)で40秒浸し、再びフィルター処理した海水で洗った。その後、ヨーロッパザラボヤAscidiella aspersaの精子に20分間浸した。その後、再度フィルター処理した海水で洗った。最初の分裂は、精子と接触してから69分後に起こった。全ての卵はその次の15分後に分裂した。


酸性海水に浸した卵は、精子と接触しない限り、分裂を起こさなかった。最初の繊毛を持った胞胚は精子と接触後23.5時間後に孵化した。全ての卵はその次の1.5時間後に孵化してプルテウス幼生になり、次の晩には対照実験で得たヨーロッパムラサキウニ同士の幼生と見分けがつかなくなった。14日後には、いずれの幼生も4本腕のプルテウス幼生になった。対照実験のプルテウス幼生は次の晩には8本腕になった。しかし、雑種幼生は4本腕を縮退させ、球体形になった。幾つかのケースでは、棒状になったものがいた。また、非対称な腕の縮退で様々な形態が見られた。最終的には、全ての卵が遊泳する球体形(直径0.1-0.2 mm)になった。接着用の器官は見当たらなかったが、一度固着すると二度と泳ぐことはなかった。底にいつづける球体形は、一時間に1 mm泳いだ。


2002年10月15日、対照実験の8本腕プルテウス幼生は水温14℃で死んだが、雑種幼生の球体形は死ななかった。数ヵ月後、多くの球体形が分裂してより多くの球体形となった。一方、大きくなったものもいた。大部分は滑らかな外観のままだったが、小さな棘をまとった個体もいた。外側の壁に囲まれる形で、様々な形態をとった。球形から楕円球といった具合である。幾つかの「内側の形態」は発生中のホヤのようであった(サイホン管を形成しているように見えた)。しかし、泳ぐホヤの幼生では見られなかった。更に数ヵ月後、扁平で不定形な様々な形態が見られた。おそらく骨化されているのではないかと思われた。体長は6 mmくらいだった。28ヶ月目に標本として保存した。


6.考察

長年の雑種形成実験で、博士が議論の最初の段落で挙げたのは、3-2(b)で生まれた、プルテウス幼生から球形体となるもcoiled tadpoleを内包したまま死んだ個体であった。どの角度からも極めて明瞭な観察像を残念ながら得られなかったが、確かにホヤのオタマジャクシ幼生を思わせる輪郭は撮影できており、かつてミトコンドリアDNAの配列解析で雑種形成実験はEchinusの単為発生に過ぎないと論じたハート博士の論破を否定しきれることは疑いないだろう。現に、前述の幼生のみならず、3-2(a)では自然界では観察されない四放射相称の成体を得られ、しかも産卵まで観察している。また、ハート博士のコンタミネーションは海水をフィルター処理して洗い余分な精子を排除する操作を加えており、反論には十分ではない。博士によると、ハート博士はAscidiaの卵とEchinusの精子を交配させて生まれたプルテウス幼生のうち8%のミトコンドリアDNAしか対象としておらず、彼等は球体形(面白いことに、実験②の球体形は遊泳するが、実験④の球体形は遊泳せず底生なのである)のミトコンドリアDNAをきちんと解析するべきだと述べている。


使用文献

Experimental Hybrids between Ascidians and Sea Urchins Donald I Willamson, Nicander G J Boerboom著Open Access Scientific Report 2012年

(http://dx.doi.org/10.4172/scientificreports.230)

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