備忘録:ストラスマン博士が唱えた、捕食可能な頭部幼生(feeding head larvae)の出現
非公式の卒業論文の<外伝>で登場したストラスマン博士は、ウィリアムソン博士の幼生転移仮説を全面的に否定しているが、彼自身が2020年4月のCanadian Journal of Zoology誌に発表した、捕食可能な頭部幼生(feeding head larvae)の出現についての仮説が、個人的に面白いと思ったので、身勝手に紹介したい。
https://tspace.library.utoronto.ca/bitstream/1807/102654/1/cjz-2019-0284.pdf
彼は、化石の形態データに関する論文やその他幼生の起源に関する論文など多数の文献を渉猟し、脱皮動物・冠輪動物・新口動物については、カンブリア紀初期に捕食可能な頭部幼生が、ほぼ全ての動物において出現したと考えた。この幼生の特徴として、幼生期に頭の部分が完成し、個体発生の進行と共に体の後ろ半分が完成されていく過程に着目している。
その好例として、甲殻類のノープリウス、腕足動物の幼生、棘皮動物のディプリュールラ、軟体動物のベリジャーを挙げ、いずれも、肢・殻・繊毛など捕食機能が幼生の時期に確立していること、食餌機能のある頭部より後部はその後で成長していくことを共通項として挙げている。大多数の幼生については、カンブリア紀初期に一回だけ進化したものと考えている。
彼は、頭部幼生の捕食機能が備わるように個体発生の変更があったことを踏まえると、直接発生から間接発生という幼生を持った発生様式への移行は考えにくいと述べている。この幼生の出現の原因はわかりかねるが、卵が小さいことは捕食機能の獲得と関係があるかもしれない、としている。現存の動物種を見てみても、早く孵化し、移動でき、捕食して成長できることは繁殖の可能性を高めており、幼生の喪失は未来への可能性を閉ざすと思われる。
発見されている動物種では捕食しない幼生を持つもの、直接発生のように幼生の時期が全くないものもあるが、幼生を持つ発生様式の種が選択的に絶滅した証拠は確認出来ず、大量絶滅で消えたと考えた方が良さそうだ、としている。
この総説では、甲殻類のゾエア幼生は体軸が形成されてから捕食できるようになるので、捕食可能な頭部幼生とは言わず、ノープリウス幼生とは別物であるという考えをストラスマン博士は披露している。しかし、この考えは、幼生の時期の明確な分離という点では、幼生転移を示唆するものとも言うことができる。しかし、ウィリアムソン博士が既にこの世の人ではないからなのか、全く議論しておらず、引用文献もない。
一つの考えとしては面白いという感想を持っているが、近年は、直接発生の起源を示唆する発表もあることから、この総説で幼生転移仮説の全否定も、是非やっていただきたかったと思う。