闇堕ちへの誘い(いざない)②
スタスタと歩みをすすめながら、ダメージデニムのイケメンは話を続けた。
「お姉さん、かわいいですね!芸能界に興味ありませんか?」
ことわっておくが、わたしの容姿はごく一般的。
飛び抜けて目を見張るような美人だとか、学校で話題になるようなかわいい子、というわけではない。
至って普通、地黒だし、背は小さいし、スタイルだって中肉中背で、可もなく不可もなくと言った具合だ。
芸能界だなんて自分とは無縁で、わたしとは全く違う煌びやかな人種が活躍する場所だと思う。
「え?わたしなんて一般人なので、芸能界なんてとても無理ですよ。笑」
「いやいや、お姉さんかわいいから!僕達今ね、地方で原石を探そうってことで、今日も東京からかわいいコを探しにきてるんだよね!
ほら、東京の子って声掛けられ慣れちゃって、こうやって話も聞いてくれないしね。」
そういう事ね。それでセダン何台かで数人で移動してきたってわけか。
東京から小一時間程にあるこの街はほどほどに田舎で人間性も全体的にのんびりだ。発掘プロジェクトにはおあつらえ向きなんだろう。
はぁ……と、わたしは小さくうなずいた。 あまりにも現実味がなさすぎて、ピンとこない話だった。それにうさんくさい。
「良かったら電話番号教えてもらえな……」
「あ、お断りします。」
被せ気味で答えた。
イケメンとはいえ、怪しい見知らぬ人間に心は開けない。それにその"発掘プロジェクト"とやらだって、本当の話か定かではない。見えすいたお世話に乗せられて話を鵜呑みするほど単純ではないぞ。
ダメージデニムのイケメンはわたしとまるでカップルかのような距離感で一緒に歩きながら、なおも諦めずに話を続ける。
「じゃあ、気が向いたらでいいんで!僕の名刺をもらってくれないですか?」
「連絡はしないと思いますよ。」
「万が一気が向いたらで!お願いします!」
そう言って名刺をわたしに差し出した。
名刺には○○プロダクションと言うそれらしい社名と、彼の名前が記載されていた。
渡したことでミッションコンプリートしたのか、さっきまでの距離感が嘘だったかのように、ダメージデニムの彼はあっさりとセダンの方へ戻って行った。
初めておかしな体験をしたわたしはなぜかドキドキしながら、本来の目的だった買い物を一人続けた。
一体なんだったんだろう。
こんな田舎に芸能人の原石なんているんだろうか。目の付け所がおかしい。
わたし以外にどんな女の子たちが声をかけられたのか気にはなったけれど、わたしにはどうせ関係のない話だ。
まぁ、わたしはイケメンを見れただけラッキーだったな。
その日はどうということもなく終わった。
つづく。
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