暗殺者の眼差し③
ある日事件が起きた。
彼氏であった男と、男の友人と、3人で隣町のファミレスで夕飯を食べることになり、別々の車で向かい落ち合った。
男は食事中にまたいつもの流れで、わたしの元カレの存在を勝手に思い出して機嫌が悪くなった。
男の友人が同席していてもおかまいなしに。
どんなに男が考えたところでわたしの過去は変わらないし、他人なのにそこまでわたしの元カレに対して固執される言われもない。
いい加減うんざりだった。
「今日は話にならないからもう帰るわ。」
自分の食事代をテーブルの上に出して、わたしはそのまま店を出て駐車場に向かった。
何回同じことを繰り返すんだろう、本当に女の腐ったやつ。めんどくさい。
こんな奴と今後も付き合っていっていいのか?
なんとなく惰性で付き合い続けてはきたけれど、時間の無駄だし身体が持たん。
嫉妬深いにも程があるし、それを言われたところでわたしができることは何も無いのだ。
どうして欲しいんだ、一体。
今後どうしていくかを考えないといけないなと、ようやく思った。
わたしのメンタルは、ちょっとやそっとでは動じないレベルにどっしり構えるようになったけど、身体はそうはいかない。
傷だってアザにだってなる。文字通りの骨折り損のくたびれもうけである。
わたしが小さくため息をついて自分の車に乗り、エンジンをかけ、ベンチコラムのシフトノブをドライブに入れた、その時。
「待てコラァァァァ!!」
聞き覚えのある耳障りの悪い声が聞こえてきた。
うわ。めんどくさ。追いかけて来やがった……!!
「テメェ、俺の連れの前で恥かかせてんじゃねーよ!!!」
駐車場の通路まで進んだわたしの車の前に追いかけてきた男が立ちはだかったかと思うと、わたしが座る運転席側のドアを開け、なにやら叫びながらわたしの身体を車内から引きずり出した。
えっ、車動いちゃうんだけど!何コイツ!!
咄嗟のことながら、男のキレスイッチに耐性が付いていたわたしはどこか冷静だった。
引きずり出されながらも、左手でシフトノブをパーキングに入れる。
運転席のドアは半開き、ライトはついたまま、エンジンはかかったままのわたしの車は、運転手を失い通路の真ん中で虚しく鎮座していた。
男に胸ぐらを掴まれたわたしは、駐車場の裏手側のフェンスにガツンと背中を押し付けられた。
そう言えば、男の友人は?なにしてる?止めに来ないのか?
薄暗い駐車場にチラッと目をやると、男の友人は一緒に乗ってきた男の車の助手席に乗り込んで、こちらを見ないように下を向いている。
すんげ〜ヘタレ……。ここは止めるとこだろ。
駐車場では他のお客も何人かコチラを見ていたが、誰も男を止めたりはせず、遠巻きにこちらを見ている。
カップルの痴話喧嘩くらいに思ってるんだろうが、こちとらガッツリねじ伏せられてるんだよね。
助けてもらいたいのはやまやまだけど、面倒事はごめんだよな。よくわかるよ。騒がせてすみませんね。
こんな時他人はどうにかしてくれない。
自分で自分を護るしかない。
力では物理的に無理だ。かなうわけがない。
だったら口でメンタルをへし折ってやる。いつまでも女だからってナメやがって……!!
わたしは正面から力任せにわたしをフェンスに押しつけている男を見据えて言った。
「女にしかイキれないクズが。だっせぇな。」
鼻で笑ってやった。
「なんだと、テメェ!」
逆上した男はわたしをアスファルトの上に転がすと、蹴りを入れ始めた。
つづく。