暗殺者の眼差し⑦
薄暗い駐車場は静かで、他の店舗の従業員もパラパラ通っている。
おおごとにしたくないので、極めて冷静に。
男が勝手に停めた男の車の横で、わたしは憤慨して腕組みをしながら目の前の男を諌めた。
「職場まで来るってどういうこと?考えられない!迷惑だって思わないの?」
「電話、出てくれないし。」
「出る訳ないでしょ?もう終わり!あれだけ暴力振るっといて、まだ付き合えると思ってたらやばいよ頭の中。いい加減身体が持たない!」
「それは……ごめん。自分でコントロールできないから」
「もういい?帰りたいんだけど。」
「いや、ちょっと!!」
男はポケットから何かを取りだした。
「これ……。」
「なにこれ。」
渡されたのは封筒だった。
「手紙、書いてきたから読んで欲しい。」
いやいやいや。
あれだけ痛めつけておいて、まだ弁解の余地があると思っているのか。それだけわたしに愛されているとでも?
まさか!
ここまでズルズル惰性できてしまったけれど、愛情なんかとっくにないし、わたしはM気質ではない。ノーマルだし痛いことは嫌いだし。
なにより男の人間性に嫌気がさしていて、人としてもリスペクトできるところなんてもはや1ミリもない。
職場の仲間の前でも恥をかかされ、しつこく追いかけ回され、そのうえ手紙……。
首筋がゾワゾワして思わず身震いした。
それと同時に、これまでにないくらいの嫌悪感が湧き上がってきた。
「こんなもの貰って読むと思う?読んだところでわたしの気持ちは変わらないし、どうせやり直したいとかそんなところでしょ?昨日も言ったけど、もう終わりなの!話が通じないの?気持ち悪いからわたしの前に現れないで!!」
男の目の前で封筒をビリビリに破いて男に突き返した。
「お疲れ。」
絶句していた男を横目に自分の車に乗り込み、わたしは駐車場をあとにした。
こうして、クソ野郎とようやく決別することができた。長い戦いだった。
次の日起きたら自宅のわたしの車の横に、大きな紙袋が置いてあった。中身は男の部屋に置いてあったわたしの着替えや荷物だった。
気持ち悪いのでそれらはすべて捨てたと思う。
夜中にわたしの荷物を返しに来たことすら気持ち悪く、もう二度と会いたくないと強く願った。
しかしその願い虚しく、5年ほど経った後に居酒屋で男とばったり出くわしてしまう。
馴れ馴れしく話しかけてきたので「話すような仲ではない」と一蹴し、「反省している」と言うのでその場で土下座させた。
その後は二度と会うことなく、現在に至る。
そんなことで心の傷がチャラにはならないし、付き合っていた時間は帰って来ない。早々に決断しなかった自分の責任でもあるけれど、何があってもパートナーに対して殴ったり蹴ったりしていい言われはない。
こんな経験をしたが、なにもプラスにはならないしマイナスしかない。でも、あまり人が経験し得ないことなので、こういう人も居るんだという事実をこうやって発信している。
女性に気をつけて頂きたいと同時に、時間は無限ではないので、こういった輩に出くわしてしまったらすぐに見切りをつけて欲しい。
自分を守るのは自分しかいない。どうぞ、自分を大切に。
そして、わたしに残されたのは気合いの入った負けず嫌いの精神と、微妙な殺気だった。
それらを察知する人に、これからもわたしは聞かれるのだろう。
「元ヤンですか?」
と。
終。