お笑いと性欲の桶狭間④
「琥珀」
ベッドのうえで姿勢をほとんど変えないまま、首をすこしだけ振り向かせて彼が言った。
「琥珀、こっちに来なよ。せっかくだから一緒に観た方が楽しいじゃん。」
相変わらずの涅槃像ポーズで、身体の上に上げた右手でヒラヒラと手招きしている。
これは……
彼は完全にやる気モードなのでは……!!
やはり警戒しておいて正解だったかもしれない。
わたしに好意を持ってくれていたらいいな、なんて頭の片隅にあった淡い期待が音を立てて崩れていく。
鼻の奥がツンとした気がした。
と同時に、思い通りにさせてたまるかという闘志に似た気持ちも湧いてきた。
ずーっと憧れていたから自分の気持ちを全て否定された気がして、悲しいやら情けないやら。
これ以上バカにされたくない……。
ここから彼とわたしの攻防戦が始まる。
まるであの有名な永禄三年の桶狭間の戦いさながらである。
攻めの今川軍が彼、正面から迎え打つ織田軍がわたし、と言ったところか。
「この部屋空調が効きすぎて寒くない?とりあえず隣に来なよ。暖を取ろう。」
「わたしタバコ吸ってるし、お布団焦がしたら大変だからここで大丈夫だよ。」
「一緒にゴロゴロした方がリラックスしてテレビ観れるじゃん。」
「寝タバコ良くないし、ソファーでもゴロゴロまったりしてるよ?」
「俺の隣に来るのが嫌なの?」
「そうじゃなくて、わたしここが好きだから動きたくないの。ほら。リラックスしてるもん。」
「いいじゃん、こっちに来てよ〜!!」
ソファーへ深く沈み直したわたしは、アラブの石油王のようにふんぞり返った。
どうだ。さぁ、どうでる。
テコでも動かないわたしを前に、彼の発言にも焦りの色が見えてきた。
つづく。