誕生日おめでとう。仙台を振り返れ。

・お世話になっております。粉骨です。

・誕生日だ。おめでとう。25才。わけわからない。30歳が近づいているのに、学生をしている。幸せ者だ。昨年までは誕生日であることをTwitterに書くことをなんか恥ずかしがっていたが、今年は言っちゃう。学生最後だし。

・ラジオをちょっと撮ってみたが、全然合わない。聞き返しても全く面白くない。全三回で最も面白かったのはめっちゃ低音で走る電車が通った時だった。文章に起こすのが好きです。まだまだへたっぴだけど。

・この節目に仙台での生活を簡単に振り返りたいと思う。細かい部分は別途書くつもりで、ざっくりと。この文章は、実験が嫌すぎたので、結果を取っていたパソコンで衝動的に書いている。皆さんの税金の一部は国立大学の資金となり、今私の隣で垂れ流されてるレーザーとして無駄になっています。

・大学での学業は6年間で大きく失敗した。入学時のやる気は、年度ごとに綺麗に落ちていった。特にリモート授業に移行した2年生の間は数単位しかとれず、3年進級時に「成績不良者面談」が行われた。ここで話してくださった教授に強く励ましてもらうことになる。自分の中のどのような部分を変えれば授業についていけるのか、真剣に話し合ってもらった。ただ、この面談の中で「この単位取得状況だと留年は避けられない」と言われてしまった。しかし、シラバスとにらめっこすると、針の穴を通すような時間割を組めば進級できることが分かった。これは二年間分の授業を3年生の一年間につぎ込むようなものだったので、かなりしんどかったがなんとかフル単位を取得し留年を免れた。しかし、成績が悪いことには変わりないので研究室配属は「特別配属」となった。本来、100近い数の研究室から自由に選べるが、自分に渡された選択肢は2つの研究室だった。最初に選べるポケモンより種類が少ない。ここで選んだ研究室もかなり気に入ってたが、ある授業で一目ぼれした先生の研究室が諦めきれず、院試で挑戦する。30/100くらいの割と良い順位を取り、今はその憧れの研究室でレーザーを垂れ流している。

・だらだらと大学生活を書いた。ここからわかることは、「管理されなければめちゃくちゃサボる」「危機が近づくor自分の意志でめっちゃやりたいことは割と頑張れるし、そこそこの結果も出せる」というところだろうか。これを基に、就職する企業はトップレベルに社員の管理が厳しいところにした。間違った選択では無いと思う(思いたい)。あとは「全部理解してから作業に入ろうとする癖」があることも分かった。授業をめちゃくちゃ理解しようとするあまり、初めから細かく勉強してしまう。ここに自分のサボり癖が重なることで、ついていけず諦めてしまう。ハチャメチャにADHDだ(加えて多動がひどい)。

・次に大きな要素としてマジックがある。大学一年の夏ごろに国分町のマジックバーに入った。4年生頃まで在籍してたが、めちゃくちゃ楽しかった。単にマジックそのものも好きだが、初対面のお客さんにマジックを見せて楽しませる、ということの繰り返しから数えきれないことを学んだ。見た目が悪くてもできるホストだ。ステージのあるバーだったから人前で話す力も大きく養われた。

・このマジックバーの先輩であり、現在MAGIC×MAGICという店で店長をしているユノさんにとてもお世話になった。手品の腕、初対面の人と打ち解ける能力、随所で笑いを取る瞬発力と知識量。どれをとっても一級品でこれから出会う人の中でも超える人はいないんじゃないかと思う。ユノさんの手品を隣で長いこと見れたのは財産だ。

・私は何事も60点までの到達速度が速く、80点に到達するまでが果てしなく遅い。というか到達しないことがほとんど。マジックバーである程度経験をつめたので、居酒屋でチップをもらう形式でのマジックも、先輩の援助のもと始めたが、学生にしては稼いだものの、先輩方には及ばずすぐにやめてしまった。お金を稼ぐことが苦手なら、マジック自体の腕を磨いてコンテストなどで活躍したいと思うようになる。ユノさんから大阪のマジックバーでの修行の場を頂いたが、そこでかなり辛口のフィードバックを受け、泣いて辞めてしまった。情けない。大阪のマジックバーにもかなり迷惑をかけてしまったし、本当に落ち込んでしまった。

・この後、あけちにお笑いに誘われ、本格的に活動するようになる。このように興味の対象がコロコロ変わっていることを自分では「飽きっぽい」という性格で処理していた。しかし、最近就職支援団体での活動をやめたときに、そこのリーダーの人から「それは逃げ癖があるということではないか」と指摘を受けた。まさしくだ。ダンスサークルでも上達が遅くすぐ辞め、その就活支援団体でも思うような成果が出ず辞めてしまった。80点に到達できない、というより何か壁に当たったタイミングで辞めてしまう弱さを持っていた。この指摘を卒業間近にしてもらったのは運がよかった。

・お笑いは本当に楽しい。自分たちが考えたことが面白ければウケて、つまらなければ滑る。どんなにつまらないマジックでも一応「不思議」というリアクションは取ってもらえるが、お笑いはそうはいかない。その分成功した時の気持ちよさはえげつない。初年度からM-1グランプリを通ったものの、そこからは3回連続で一回戦落ち。逃げ癖のある私なら、あけちがいなければイギナリライブへの出演の継続も絶対にしていなかった。そして今年無事一回戦通過。今さっき結果が出たが、宮城予選一位通過だった。お笑いの活動としては80点は行ったんじゃないか。

・お笑いは仲間にめちゃくちゃ恵まれている。人前で面白いことをしようとしている人たちなので基本的に面白い。先輩芸人、特にふあんさんには多くの活動の場とフィードバックをもらった。そして何よりサークルの後輩といるときが本当に楽しい。スイパラにも誘ってくれるし、M-1予選で一位を取ったことも本当に喜んでくれる。もっと早くから彼らと出会って、長い間一緒に過ごしたかったなと思う。これも、お笑いに誘ってくれて、ぼんやりと思い描いてたお笑いサークル設立を表立ってやってくれたあけちのおかげだ。

・あけちは馬力がすごい。私だってマジックの世界に飛び込んだりして、かなり活動的だと思うが、あけちにはかなわない。行動に動く速度と遂行力がすさまじく、見習わなければならない。

・仙台での生活で自分を大きく変えてくれたのは成績不良者面談の教授、ユノさん、逃げ癖指摘ニキ、ふあんさん、あけちか。。。後、彼女にも性格をマイルドにしてもらったし毎日を楽しくさせてもらってる。もちろんその他大勢の方との関わり合いの中で大学一年の時と比べたら見違えるように「良い」人になったと思う。

・そろそろ日が変わり、誕生日フィーバーも終わるので終わろう。M-1予選で一位になり、彼女とおいしいご飯を食べ、最高の一日だった。

・今度は仙台という地の特性について思うことを書こうかな。

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