アニクラは楽しいぞぅ! 12/28
明日の29日、仙台で開催されるのでは、今年最後のアニクラが有る。
会場は、仙台でも最大級に大きな箱、ライブスペース「レンサ」である。
どうも、子供のころから「踊る」という事が好きでたまらない。
見るのも好きだし、自分が踊るのも大好きだ。
しかし、運動神経の悪い、体育では「もう少し」と「2」しか、成績表につけてもらえなかった、太めの人間は、身体を動かす関係は、全方位に道が閉ざされている。という年代に生まれたのである。
夏の盆踊りは、毎年楽しみにしていた行事だった。
踊りの輪が出来上がって、最後を迎えるまで、ずっと踊っていた。
同じ団地の知らないおばさんに、
「日本舞踊、習っているの?」
毎年聞かれた。(もちろん、そんな衣装代のかかる習い事はしていない)
大人になり、パラパラが流行る前の時代のディスコにも行った。
クラブの黎明期では、今はもう無い箱なのだが、大工事の前の「X橋」の橋の上にあった「スラム」というクラブに、数回行ったのは、忘れられない楽しい思い出だ。
脳梗塞で右半身麻痺にはなったが、医者とリハビリの先生に、
「リハビリの進み具合によっては、車椅子生活になるかもしれない」
そう言われて、めちゃくちゃ自主リハビリをしたおかげで、杖を突いてカタピコ歩く生活を送っている。
右半身の中では、右の体幹筋肉(足を持ち上げる筋肉、腸腰筋の上の方)が、一番麻痺が酷く、最初は、膝を持ち上げることが、まったくできず、右足をベタリと地面に張り付けて、引きずる歩き方だった。
しかし、欠片でもつま先を持ち上げられなければ、車の運転はできない。
ので、本当に頑張ってリハビリをした。
おかげで、宮城県運転試験場の事務棟の中にある公安では、医者からもらった書類を出して、ちょっと歩き方を見てもらって、すぐに『運転OK』の書類を貰えたことは、運命に感謝している。
埼玉と仙台の半々生活をやめて、仙台(実家)に帰ってきて、身体障碍者手帳を貰って、杖を突いてクラブに行く。
アニクラにはまってから、昔、クラブで踊って楽しかったことを思い出して、色んなクラブに行ってみた。
今のクラブって、黎明期のクラブに比べて、本当に、踊る人が少ない。
これって仙台だけ?
クラブの遊び方が変わったの?
そういうのを経て、自分は「アニクラが一番面白い!」という結論に達した次第である。
第一に、ガンガン踊っても、踊りもしないで踊っている人を見て「プー、クスクス」する人がいない。
盛り上がると、オタを打つ人がかっこいい!
あの、背骨周りの柔軟性は、とてもとても羨ましい!
最近、それ以外に、一番アニクラが楽しい原因に思い当たった。
アニクラで踊るというのは、新舞踊を自由形で踊るような感覚なのだ。
新舞踊は、出始めたばかりは『歌謡舞踊』と呼ばれていた。
演歌を流して、その曲の世界観に合わせた振り付けを自分で考えて、衣装も揃えて踊るのである。
アニメソングは、そのアニメ作品の世界観を背負った音楽だ。
歌詞やメロディーのイメージで、ステップを踏み、手振りが決まる。
これは『物語を踊る』という事なのだ。
なぜ、そういう結論に至ったかというと、自分の部屋で、音楽を流して踊る時に、懐かしの特撮「魔人ハンターミツルギ」のOPを流して、踊ったのだが、歌詞に合わせた身振りになり、
「これは『新舞踊』の踊り方ではないか!」
そう気が付いたのだ。
脳梗塞右麻痺で、歩くのがカタピコでも、それは、爪先があがらないだけで、かかとは自由に上下が出来る。
幸い、リズム感は麻痺していない。
アニメソングもそうだが、クラブで踊る時は、
1,リズムを的確に掴む。
2,掴んだリズムを、ダイレクトに表現する。
この2点だけをやれば、音ゲーでピタリと音に合わせられた時の快感が得られる上に、かなり上手に踊っているように見せることが出来るのだ。
一つのステップで、パズルが一つ解けたような快感が得られる。
この快楽は、辞められない!
というわけで、明日、アニクラに行ってきます!
そして、開催時間の間、ずーっと踊りまくります!
踊りのに、
1,簡単に覚えられる『的確なリズムの掴み方』
2,簡単に覚えられる『カッコ良く踊っているように見えるステップの踏み方』
が有るのだが、それはまたいつかの話題でしよう。
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