公募の賞内定をいただいているとき、そいつは何を考えているのか
※アイキャッチ部分、みんフォトよりお借りしました。ありがとうございます。
こんにちは、廃公募勢のfuneno(フネノ)です。
しばしば、「公募にボツった時どうしてるか」という日記をここに上げるので、ははーんコイツさては総ボツだな?
と思われるのは、おおむね正しいんですけど(特に文章系は超高確率で落ちる)、このアカウントはfunenoというイラストレーターの宣伝窓口としての意味合いもあるので、たまには、公募での実績のことも書いてみたいと思います。
でも別に、人の自慢とか、多くの人は興味ないと思うので、こういうのを書いてみます。
題して、
「公募の賞の内定をいただいているとき、そいつは何を考えているのか?」
です。
なおこれはイラスト系の話です。ちなみに今年の実績はこちら↓
賞と言っても、賞金額から発表体裁までまちまちですよね。
中には、〇月〇日に公式発表なのでそれまでは公開NGで、というケースもあります。
入賞の通知は、メールか郵送で来ることが多いです。1回だけ、電話が来たこともありました。「この応募作は、二重応募してませんか? 賞出すけど大丈夫ですか?」というような確認と同時でした。
賞金がいくらの場合でも、いただけるとどれも嬉しいです。まず受賞の喜びが来て、お金がふところに入る喜びが遅れて押し寄せます。もちろんお金がふところに入る喜びは強いです。
そして喜んだ次の瞬間から襲ってくるのが、これです。
「この受賞が取り消されたりはしないだろうか?」
私の場合、おもにそれについて、公式発表になるまでの間、ずっと危惧している感じです。
たとえば、受賞お知らせのメールに返信したけど、じつは不備があって開催者に届いていなくて、受賞を取り消されてるんじゃないか、とか。
うっかりSNSでなにかしら燃え上がり、なんやかんやで取り消されるんじゃないかとか。
自分が知らないだけで既存の有名作品にダダ被りしていることが発覚して、取り消されるんじゃないだろうか、とか。
とにかくさまざまな受賞取り消しリスクについて思いを巡らし、勝手にしばらく、幸せとも不安ともつかない、得も言われぬ気分になります。
受賞って、本来想定していない、降ってわいた幸せなので、それはすぐに、手をすり抜けてどっか行っちゃうんじゃないか?
と、賞金が届くまでずっと思っています。
なんだったら、賞金が届いても、これ使っても大丈夫かな、あとで返還しろとか言われたりする想定外のインシデントが起きたりしないかな、などと考えたりします。
これって初仕事に似ていて、たとえば、年賀状のカットイラストを生まれて初めて企業様に納品したけど、自分の仕事がHPに載ってると思えなくて、サイトオープン日に表示されているのを確かめないと現実を呑み込めない、みたいな感じです。
たぶん、「入賞うれしい!」とだけ思える人は、幸せを受けとめるキャパシティが広いんじゃないかな。
不幸を受け止めるキャパシティが人それぞれにあるように、幸せを受け入れられる器の大きさは、人によって違う感じがする。
受賞すると私の器はすぐにあふれてしまうんですよ。受賞を重ねることで、自分の心の幸せ限度容量も上げて行けたらいいなと思ってる。たぶんそれが、己の仕事への自信につながるのではないかなと最近感じます。
そんなことを考えながら、発表日まで結果を黙っている感じ。
なお、公募の話はここにまとめてあります↓