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あばら屋と黒塗りカーの思い出

ユンへちゃんはヤンキーだったと思う。あの目つき。スタイルの良さ。肌の綺麗さ。はあっ?という時の眉毛の角度など。ヤンキーだ。と断言できないのは、学校が玉の輿聖母マリアみたいな感じを目指す校風だったために、ユンへちゃんといえども三つ編みで膝が隠れるセーラー服にタイツだったからだ。

ユンへちゃんには明るいギャルのミッチャンや、小学校からもちあがり組のバスケ部のエースのモスちゃん達という、核爆発してるみたいに元気で楽しそうな仲間がいた。そのまわりで落ちこぼれ気味だった暗い子達が猛烈に憧れて病みギャルとなり、城とお掘り位違う性質の人達だったけど、病みギャル達の執念と努力とド根性で同じグループ風味に持っていった。

ユンへちゃんは、病みギャルがウザいとマジ切れして泣かす事が何度もあって、なんとなんとグループからハブられる事になった。見事な本末転倒だ!

その頃、わたしはだいたいひとりでいたような気がする。女子校ならではの、やたらめったらおじさんくさいクラスメイトと「よっ!おっちゃん」「おう!じっちゃん。」などと挨拶するくらいが和みで、それ以外の誰かに「ひとりで何してるの?」と聞かれる度に『黄昏れてんだよ、、byあぶない刑事のタカ)』とか『僕は、孤独を愛しているんだ(byスナフキン)』とか本当に引用で話す非常に恥ずかしい人物だった。知識が少ないからオタクではないと思ってたけど、変人枠は間違いない。
小学校から仲の良かった人物達が相次いで自由で賢い学校に転校してしまって、残った同じグループの人はみんな推薦狙い。(すごいぞ、こいつら!絵に書いたようなチキン発言!)と思うような私とは、お互いに全く安らげなかった。

一人になったことだし、いつも好きな余生を夢見ていた。紅葉の楽しめる自分の席のことをあばら屋と呼んだ。誰もあばら屋なんて近づきたくないので、どこからともなく回ってくる「恋愛カタログ」や「ワンピース」に目を通したあとはよく寝れて天国だった。(怖い、全く今と変わってない!!)
あばら屋の庭に手負いのユンへちゃんが住み着いた。はじめてユンへちゃんと私がペアになって二人三脚やった時はお掘りの底からヤジが飛んでたけど、思った以上にユンへちゃんは面白かったので久しぶりに腹が捩れるほど笑って学校をエンジョイした。二人三脚がほんと〜に下手な人っているんですな!

一回、ユンへちゃんが読んでる雑誌に「ふなみちゃんに似てる人が出てる」と興奮気味に見せてきたことがあった。初めて見るその雑誌は、お化粧が下手くそすぎる珍妙なふつうの中高生しか載ってなくて、たしかにその中でも最も珍妙な一人のギャルが私に似ている顔だった。あまりの事に手の込んだおフザケなのかと本気で一瞬悩んだ。ユンへちゃんは私の反応を怪訝そうに見ていたが、お返しに見せた私のnon・noを開いた瞬間ブフォッッッッ!ってむせた。どうしていいかわからないくらいお互いに混乱したいい思い出だ。隣にいるんだしもっと仲良くなれたら良いなとどちらも想ってたと思うけど、結局ずっとこんな感じだったように思う。

だからユンへちゃんとの思い出は、たいした会話もなくしばらくの期間横にいたね、という以外はあんまりないのだが、不思議なことにユンへちゃんの車で一緒に帰る時間が好きだった。私は車が苦手で吐きまくって窓の外に半分くらい逃げる猿のような生き物だったのに、なぜかユンへちゃんちの運転手(コタローさん)付きの、中の見えない怖ーい黒いピカピカの車だけは平気だった。投げやりなのに安心できる空気で。

“やってらんねえ!通学も、団体も、服も靴も髪も、校則も、先生も、家も。生きてる全部がよおっっ!”とは言えないが、私達はたまに車内でヘドバンしてうおおおおおっ!と絶叫したり(笑)。コタローさんにアイスを買ってきてもらって食べたのもいい思い出。あんな秘密の時空間があって、少し休めてたと思うと今でもとても嬉しく思う。私は、ユンへちゃんにすごくお世話になったのだ。

しわっぽいスーツのコタローさんは父より年上と思われたが、内にこもった感じでそっとしていてくれた。「別にコタローに挨拶しなくていーから!一言も喋んねえからっ。」「いやいやいやいや!えーいつもユンへちゃんに大変お世話になっております」というのを毎回やっていた。ユンへちゃんは「いいから」とは言ったけどちょっと楽しそうだった。ある時急に甘えたくなってユンへちゃんの細い細い肩に頭のせてみたら、そのままでいてくれたから調子に乗って寝た。次の日からモフモフの毛布と枕が用意された。


 ユンへちゃんのばかにする笑いとか暴言の数々がそんな怖くなかった上に、まったく嫌な記憶がないのは不思議なことだ。コタローさんもそう感じてたんじゃないだろうか。私もコタローさんもなかなか荒んでたけど(笑)失礼なユンへちゃんを内心で嫌ってる人間ではなかった。そうだったら私は車に乗れない。ユンへちゃんが何をどう荒れても、さみしい、という音波だけが私やコタローさんには届くみたいだった。たぶんミッチャンにも。本当には、別に誰のことも馬鹿にしてなかったのかもしれない。あのひとは寂しすぎてそれどころじゃなかったんではないでしょうか。


謎すぎる修学旅行や遠足も超えた。ミッチャンがちらりほらりと、私に話しかけて様子を伺って来た時は親心のように(お似合い同士うまくやれよ)と思ったものだ。
いつだったか、なぜかミッチャンに、欲しい服があるから2人で買い物に行こうと言われて行ったことがある。いつもなら断るのだけど、急にその時、ミッチャンてユンへちゃんよりさらにさみしいんじゃないか。と真っ暗な気持ちになって、どうして良いかわからなくなって、行くよと言ったのだ。

それはちっちゃーーーいキャミソールだった。ミッチャンならなんだってかわいい!で、それは単体で外に出るものなの?上に着るの?と驚いて、そーだよん!もー!いけるっしょ!?と言われた(笑)マリオンクレープでみっちみちのチョコクリームをがっつり食べてお互いにプッリプリのほっぺで帰った。

ミッチャンとユンへちゃんと、取り巻きの病みギャル達が一気に10人くらい退学になったのは、中学だったのか高校だったのかも思い出せない。玉の輿聖母マリア学園の先生達がギャル達が増え過ぎた事によってヒステリーをおこし漫☆画太郎ワールドみたいに狂った挙げ句のことだった。胸糞出来事だ。思い出せなくてもよい。
私達はもう離れてかなり経っていたし、あばら屋には新たな隣人(優秀グループで一番優秀な子がキレてハブられ…以下略)が来ていたし、ユンへちゃん達にはあまりにもがっちり取り巻きか先生がくっついてたので、ふっと話せるようなシーンはその頃はもうなくなっていた。
お別れのホームルームで、辞める子たちが窓際に立った。一人ずつ挨拶していく、久しぶりにミッチャンの声を聞いた。久しぶりにユンへちゃんの長い首と細い肩を見た。小学校の頃からいいやつだった運動神経抜群のモスちゃんも。学校中に声が響くあやめちゃんも、あんな元気な人たちがみんなうつむいて、照れくさそうにボソボソと、迷惑をかけてごめんなさい、ありがとうございましたとか言っている。これはなんなんだよ。これは。

全部終わって、とってつけたように馬鹿大人しい姿に矯正されたギャル達が、いつもと同じようにしっかりロッカーに座っていた。ざわざわと帰っていくみんなが、ギャル達に手を振って出ていく。
心臓がドキドキした。この狂った学校をやめたいと思ったけど、考えるまでもなく家のが狂ってるので無理そうだった。

近づく。ドキドキドキドキ。ギャル山は遠いなあ!「ん?ふなみちゃん?何?」とミッチャンが見つけてくれて、たぶんみんなこっちを見た。「ミッチャン達の、スピーチ泣いたよ。」と私は言った。なんで辞めちゃうの。いい子じゃん。わるくないよ。さみしいです、と言いたかったけど。モスちゃんもミッチャンもユンへちゃんも、みんなの目がみるみるまんっ丸に開かれていくのを見て、(え??何?何?)と思った。
ミッチャンがユンへちゃんの腕に抱きつきながら、えーーー?と言って一瞬止まってから、大きく息を吸って小さい声で、ありがとうー。あなたがそんな事言うなんて驚いちゃって。と言った。
ユンへちゃんもウンウンとうなずいていた。
「ほんとびっくりだね、ウチラやめてみんな喜んでると思ってたよね〜。」と誰かの声がしたけど緊張してて声の方を向けなかった。みんな惜しまれつつ辞める人気者だとばかり思ってた。こんな場所はおっちゃんには眩しすぎて身体にこたえるんよ。
「いや、さみしいって。」とかろうじて言ったらちょびっと泣いてしまい、ミッチャンとユンへちゃんは顎が外れるくらい口をあんぐりあけた。ぞろぞろクラスの大勢がやってきて、もみくちゃになり慌てて帰った。


あ。そうそう。
ユンへちゃんがギャルチームと和解した直後のこと。廊下でばったりすれ違ったことがあった。ちょっと気まずい顔をしてたから、全然いいのにと思った。その頃まだ微妙にユンへちゃんとぎこちなかったミッチャンが勢いよく来て「あ、ユンへの黒歴史じゃん!」とギャグっぽく言った。私はえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。と白目と音程だけで反撃し、ミッチャンと爆笑してたら、ユンへちゃんが「黒歴史ではねえ」って照れくさそうに私に言った。そしてミッチャンが凄くやきもちを焼いたという(笑)