ゴマダラチョウの幼虫の角 ~角は盾~ 論文紹介
ゴマダラチョウの幼虫の角 ~角は盾~
論文名 Long horns protect Hestina japonica butterfly larvae from their natural enemies
ゴマダラチョウの幼虫は長い角で天敵から身を守る
著者名 Ikuo Kandori, Mamoru Hiramatsu, Minako Soda, Shinya Nakashima, Shun Funami, Tomoyuki Yokoi, Kazuko Tsuchihara & Daniel R. Papaj
掲載誌 Scientific Reports
掲載年 2022年
リンク https://doi.org/10.1038/s41598-022-06770-y
ゴマダラチョウの幼虫の突起物の役割を明らかにした2022年の論文です。
まずは何と言っても論文にある図2のインパクトが強烈でしたので、紹介することにしました。チョウ類の幼虫の突起物というと、アゲハチョウの幼虫の臭角が有名です。普段は体内にありますが危険が迫ると体外に出し、刺激臭を放つことで天敵を撃退します(漫画「頭部の突起物の役割」参照)。本論文では、臭角とは異なる突起物を持つゴマダラチョウの幼虫の角を研究対象にしています。ゴマダラチョウの幼虫は、図1、2を見ればわかるように、非常に立派で特徴的な角を持っています。この角の役割を明らかにするために、角を切り取った幼虫の生態を調べています。
生物の生態を研究する際に一番難しいことは、自然状態での生態です。例えば、ある生物を捕まえてきて飼育しながらその生態を観察した場合、飼育されている環境はその生物が生活する環境とは大きく異なります。例え生活環境に近づけたとしても観察者の存在などがあり、全く同じであるとはいえません。また、飼育されている生物を観察した結果だけですと、実際に自然環境(野外)ではどうなのか?という質問に対して回答することができません。そのため、どうしても自然環境での観察が必要になります。本論文では、ゴマダラチョウの幼虫があまり動かないという性質を利用して、野外のこれまでにゴマダラチョウの幼虫が見つかった場所に幼虫を放ち、定点カメラで記録することで観察を行っています。
インパクトの大きい図2ですが、角の切断と、切断後に別の角の取り付けるという手術を行っています。論文の方法によると、単純に角をハサミで切り取ると弱ってしまうために、脱皮前の幼虫の角に火傷を負わせることで、脱皮後に角を失うようになるようです。角の取り付けは脱皮殻の角を瞬間接着剤で貼り付けています。このような創意工夫も興味深いところです。
本論文の考察の最後で、チョウ類の幼虫の突起物の進化について触れられています。チョウ類の中でも突起物の役割は異なっており、さらに同じ役割であってもアゲハチョウの臭角とゴマダラチョウの角のように機能が異なっていることから、突起物は多様に進化していると思われます。そのような進化がどのようにして起こったのか、どのような環境に適応してきたのかという点も非常に興味深いところです。チョウ類の角については引き続き研究が行われているようですので、続報を待ちたいと思います。
論文の著者の所属は近畿大学、つまり近大の農学部です。近大というと近大マグロに代表されるように応用研究や開発研究を中心に行っていると思っていましたが、このような基礎研究も行っていることが分かり驚きました。筆頭著者は花粉媒介や送粉昆虫の生態を研究されているようなので、今後もチェックしていこうと思います。
補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。
この論文で分かったこと
ゴマダラチョウの幼虫の主な天敵はアシナガバチである。
幼虫の角を取り除くと、アシナガバチによる攻撃に対する生存率が低下することから、ゴマダラチョウの幼虫の角はアシナガバチの攻撃に対する物理的な盾として機能している。
[背景]
動物は、角、枝角、牙、大あご、ひげ、触角などの目立つ突起を頭部やその付近に持つことがあります。これらの突起は、その役割によって大きく4つのグループに分けられます(漫画「頭部の突起物の役割」参照)。1つ目は、成熟したオスだけが持つ突起で、種内での性的競争でメスを惹きつけるためや、仲間を惹きつけたりするために使われるものです。哺乳類の角、枝角、牙や、甲虫の角、大あご、そしてハエの眼柄など、多くの例があります。2つ目は、牙のように突き出た歯や角などの突起で、ハダカデバネズミや砂地に生息するアリモドキ科のホソアシイッカクが土を掘るため、またケシゲンゴロウの幼虫が獲物を捕らえるためなど日常生活の道具として利用されています。3つ目は、表面に多くの機械的および化学的な感覚器を持つ突起で、エサや宿主植物、仲間などの資源を探すための探査装置として利用されます。このような突起には、魚類のひげ、昆虫や他の節足動物であるムカデ、ヤスデ、エビ、ヤドカリ、ダンゴムシの触角があります。4つ目は、対捕食者用の武器として使用されることがある突起です。例えば、ツノトカゲやウシ科動物のメスの角などがあります。また、別の例として、天敵に対する化学的防御のために利用される、頭のすぐ後ろから一時的に突出するアゲハチョウの幼虫の反転突起があります。しかし、昆虫をはじめとする節足動物の頭部突起で、捕食者に対する物理的防御に特化したものは知られていません。
チョウの幼虫の中には、一対の長い突起を頭の上や近くに持つ種があります。これは触角のように見えますがそうではありません。実際の触角は口器の近くにあり、小さくて短く3節からなる構造をしています(漫画「ゴマダラチョウの幼虫の突起物」参照)。これらの突起の機能は一般によく分かっていません。例外として、アオジャコウアゲハの幼虫は、突起を使ってエサの位置を突き止め、確認することができます。タテハチョウ科のゴマダラチョウの幼虫にも一対の長い突起があります。アオジャコウアゲハの幼虫の頭のすぐ後ろに生えているしなやかな肉質の可動性のある突起とは異なり、ゴマダラチョウの幼虫の突起は硬く、頭に直接付いていて曲げることができないため、角と言えます(図1)。この幼虫は1齢を除いて一対の角があります。
本研究では、ゴマダラチョウの幼虫の角の役割について調べました。天敵から身を守るための物理的な盾として幼虫は角を利用していると仮説を立てました。実験1では、ゴマダラチョウの幼虫の天敵を明らかにするために、野外調査を行いました。実験2では、ゴマダラチョウの幼虫の主要な天敵であるアシナガバチの攻撃から、角を物理的な盾として利用することで幼虫が効果的に身を守ることができるかどうかを調べました。
[結果]
実験1:ゴマダラチョウの幼虫の天敵についての野外調査
ビデオカメラ録画を利用した野外観察を生駒山と近畿大学のキャンパスにて行いました。約140匹の幼虫に対する約500時間の撮影から、天敵による計121回のゴマダラチョウの幼虫に対する攻撃が観察されました。幼虫が攻撃を受けたとき、ほとんどすべての幼虫は宿主木の葉の表側でじっとしていました(図1)。主にセグロアシナガバチとヤマトアシナガバチからなるアシナガバチたちが、攻撃の86.8%を占める最も多い天敵でした。次に多い天敵は鳥たちで、攻撃の8.3%を占めていました。3分の2の幼虫はアシナガバチの攻撃から生き残りましたが、鳥からの攻撃から生き残った幼虫はいませんでした(図2、動画「Supplementary Video S1」、「Supplementary Video S2」)。
実験2:セグロアシナガバチから攻撃されたゴマダラチョウの幼虫の生存
角はそのまま、角を取り除く、角を取り除いた所に別の個体の角を取り付ける、の3つのうちの1つの実験的処置をゴマダラチョウの幼虫にランダムに施しました。その後、セグロアシナガバチが攻撃することができる野外用の檻に幼虫を入れました。アシナガバチが幼虫に攻撃した時に、ほとんどの幼虫は単純に頭をアシナガバチの方へ向けました。時折、幼虫は噛み付いたり、角でアシナガバチを攻撃したりといった反撃を見せました。幼虫がアシナガバチの攻撃から自身を守ることが出来なかった場合、アシナガバチは常に幼虫の“首”(頭蓋のすぐ後)に噛みつきました。処置を施された幼虫のうち、角はそのままの幼虫(正常な幼虫)と角を取り除いた所に別の個体の角を取り付けた幼虫は、アシナガバチの攻撃から自身を守ることにたびたび成功しました(図3、動画「Supplementary Video S3」)。対照的に、角を取り除いた幼虫は自身を守ることが出来ず、アシナガバチに首を噛まれ殺されました(図3、動画「Supplementary Video S4」)。セグロアシナガバチによる攻撃直後の幼虫の生存に対する影響を一般化線形混合モデルにより調べた所、幼虫に対する処置は有意な影響があり、幼虫の大きさ、虫齢、アシナガバチの群れは有意な影響が無いことが分かりました。(補足:一般化線形混合モデルは結果に影響を与える要因を調べる統計手法。)事後比較では、自身の角を持つ幼虫と他個体の角を持つ幼虫の間で、生存頻度に違いは無く、これらの幼虫は角のない幼虫と比べて高い生存頻度を持つことが分かりました(図3)。これらの結果から、ゴマダラチョウの幼虫の角はアシナガバチの攻撃から自身を守るために効果的であると考えられます。別の個体の角を取り付けた幼虫の生存が角はそのままの幼虫と比べて違いがなかったことから、人工的に角を取り除くことによって幼虫が受けた傷が、攻撃から生き残るための効果を低下させることは無いと考えられます。
[考察]
チョウの幼虫の中には、一対の長い突起を頭の上や近くに持つ種があります。本研究は、ゴマダラチョウの幼虫が一対の長く硬い頭部の突起、つまり角を、主な天敵であるセグロアシナガバチから物理的に自身を守るために利用することを明らかにしました。ある種の脊椎動物が角を天敵から身を守るための物理的な盾として利用することは知られていますが、本研究結果は、無脊椎動物のそのような防衛法の初めての例となります。
天敵に対する鱗翅目の幼虫の形態的防御としては、全身を覆う毛やトゲ、硬い表皮、枝や苔や鳥の糞への擬態、警戒色、隠蔽色があります。本研究によって、鱗翅目の幼虫の形態的防御法に新しい方法、つまり物理的な盾としての角の利用が加えられました。
実験1の予備実験での観察によると、アシナガバチは攻撃の時に、ライオンが獲物の首に噛み付くように、たびたび鱗翅目の幼虫の“首”(頭蓋のすぐ後)に噛みつきました(動画「Supplementary Video S5」)。(補足:本実験の前に短期間の予備実験を行っている模様。)アシナガバチやスズメバチが同様の狩猟戦略を採用していることを記載した論文を見つけることは出来ませんでした。しかし、実験1で野外撮影された映像から、アシナガバチのこの狩猟戦略が確認できました。アシナガバチが攻撃に成功した場合(つまり、幼虫は身を守れなかった場合)については、アシナガバチが最初に噛み付いた幼虫の体の場所(幼虫の血リンパが流れ出た最初の場所)を数えました。結果として、アシナガバチの主な3種は例外を除いてほとんど幼虫の首に噛みつきました(どこに噛み付いたかが明確に分かる場合のみ計測、セグロアシナガバチ、21/22回;ヤマトアシナガバチ、3/3回;キアシナガバチ、3/3回)。
この狩猟戦略によって、アシナガバチは幼虫の頭を切り、反撃を受けること無く幼虫を無力化している可能性があります。実験2での観察では、どの処置を施された幼虫も攻撃してくるアシナガバチの方向に単純に頭を向けることが分かりました。この反応行動は、アシナガバチが角を持つ幼虫の首に噛み付くことを難しくしているように見えます。そのため、ゴマダラチョウの幼虫の角は首を守るための盾として機能しています。
幼虫の角はアシナガバチ以外の天敵にも有効でしょうか?実験1の結果から、鳥類に対して角は全く有効ではないと考えられます。体の大きさが全く違うために、幼虫は鳥類による攻撃から守ることができるようには見えず、獲物として狩られていました。クモ、捕食性昆虫、アリ、カマキリ、寄生バチ、寄生バエもこれらの幼虫の天敵である可能性があります。しかし、実験1で撮影された映像内でこれらが観察されたのはまれで、写っていた場合も幼虫に向かって行くことはありませんでした。つまり、本研究では、幼虫の角がこれらの天敵に対して有効であるかどうかは分かりません。
獲物の大きさが大きいほど、天敵に対して獲物が自身をより有効に守ることが知られています。(補足:天敵からの攻撃に対して、体が大きいほど生存しやすくなる。)しかし、実験2では、幼虫の体の大きさが攻撃に対する生存に有意な影響を与えませんでした。本研究では、限られた大きさの範囲の幼虫(最終齢中期の典型的な大きさの幼虫)を使用したことが理由である可能性があります。おそらく、より幅広い虫齢の幼虫を使用し、体の大きさにより幅があれば、生存に対する体の大きさの影響を検出できた可能性があります。
最後に、チョウの幼虫の頭の上や近くある前方に突き出た長い突起は、大きく2つのタイプに分けることができる可能性があります。ひとつは、頭蓋のすぐ後から生えた柔らかいタイプで、もう一つは、頭蓋から直接生えた硬いタイプ(つまり、角)です。後者のタイプに限っては、タテハチョウ科の12亜科のうちPseudergolinae(スミナガシの仲間が含まれる亜科)、コムラサキ亜科、イシガケチョウ亜科、クビワチョウ亜科に属する全ての属、カバタテハ亜科、フタオチョウ亜科に属するほとんどの属、ドクチョウ亜科、タテハチョウ亜科、ジャノメチョウ亜科に属する一部の属の少なくとも9亜科で見られます。知る限りでは、幼虫の角はタテハチョウ科内で繰り返し進化したように見え、鱗翅目の他の系統では見られません。他のチョウ種を研究することで、アオジャコウアゲハの幼虫で見られたように、前者のタイプの突起は宿主植物を探索するために広く利用され、本研究のゴマダラチョウの幼虫で見られたように、後者のタイプは天敵に対する防御に利用されているという仮説を現在検討中です。