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088 ニットのようなあたたかさ

さむさが厳しくなってきたので、プチ衣替えとしてもこもこのニットを出しました。
自分で購入して自分が着ていたニットなのに、出している最中に「あ、こんなニットあったな」と発見もあります。なつかしい人に久しぶりに再会するようで、なんだかうれしくなります。

ニットをあれこれ出していると、ほこりが立ったのか、突然目がしばしばとしてきました。思わず、ニットを持ったまま目をつむりました。
すると、あることを思い出しました。

それは、先日再会したとある女の子のことです。

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私は駅の中を歩いていました。本屋さんに用事があったのです。
そこで、携帯電話にメールが入りました。そのメールを確認しようと立ち止まり、スカートのポケットに手を入れた途端、後ろから抱きつかれたのです。
びっくりして振り返ると、
「うふふふふ」
と笑っている女の子がいました。
その子は、私が過去に仕事で知り合った女の子でした。
髪を明るい色に染めて、お化粧もしています。彼女は今、大学生なのでした。
「あらら、べっぴんさんになって」
と私が言うと
「えぇ〜」と言いながら満更でもない様子。「あたしが誰かわかりますかぁ?」
私はもちろんわかります。そう答えると、彼女はくすくす笑いながら
「なにしているんですかぁ?」
と訊きました。私は
「本屋さんに行くの。あなたは?」
と言いました。彼女は待っていましたとばかりに
「彼氏を待っているんですぅ」
と答えました。

その答えに、私は微笑まずにはいられませんでした。
髪の毛をきれいにそめて、カラーコンタクトをして、ピンク色のリップをつけた彼女がとてもかわいらしかったのです。

華やかな容姿で人懐っこい彼女は、高校生のとき一生懸命勉強していました。
模試の前日に徹夜で勉強をして、なんと当日模試中に居眠りをしてしまうということもありました。模試のあと、ぽろぽろと涙をこぼしながら私のところへやってきたことを覚えています。
「どうして徹夜なんてしたの。当日のパフォーマンスが悪くなるのはわかるでしょうに」
と私は努めてやわらかく問いました。すると
「あたしはばかだし、これまでもあんまし勉強してないから、人よりも時間を使わなきゃって思ったんです」
とのこと。
なんという直向きさでしょう。やり方は間違えてしまったかもしれませんが、自分の未来のために一秒も無駄にせず努力した姿勢はすばらしいと思いました。

その後も、彼女は模試の結果を持ってくる度に泣いたり笑ったりして、努力を続けました。第一志望の大学には届きませんでしたが、無事大学生になれました。

高校卒業後に私を訪ねてきたときも、突然抱きつかれました。
「ちゃんと、楽しんでます〜」
と言いながら。

それからまた間があいて、駅で出会ったのです。
私が日々仕事をして、本を読んで、なにかをかいて…そんな風に暮らしている間に、当たり前ですが、彼女もどこかで暮らしていたのです。
どこかで髪を染めようと思い、どこかでカラーコンタクトを買おうと思い、どこかでお化粧をしようと思ったのです。
彼女の変化を見て、時間はきちんと流れていると感じました。
そして、同じ時間を生きているんだな、としみじみ思いました。

「あっ彼氏がもうすぐ到着するみたい〜紹介しますっ!」
と彼女がスマートフォンの画面を見ながら言いました。私はぎょっとして
「いいよいいよ。彼、びっくりするでしょ。私は本屋さんに行くから。楽しんでおいで」
と言いました。
「いいんですかぁ」
と彼女。眉毛がはの字になっています(これが彼女の「残念」を表す表情です)。私は
「そうね、でも、〇〇さん(彼女の名前)を泣かしたら許さないよ〜って彼に言っといて」
と言いました。彼女はけたけたと笑いながら
「こわ〜い」
と言い、すぐに
「やさしいですねっ」
と言いました。満面の笑みでした。私は、なぜか少しだけせつなくなりました。
しかし、その理由はわからないまま、笑顔で手を振って彼女と別れました。

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目をあけると、ほこりっぽさはなくなっていました。
手にはもけもけのニット。オレンジ色のあたたかなニットです。
そういえば、彼女が抱きついてくると、とてもあたたかいのです。
体温が高いこともあるのかもしれませんが、なんとなく、彼女の人柄も関係があるような気がします。
彼女の声がまた聞こえます。
「やさしいですねっ」

私は、あなたのほうがずっとやさしいじゃない、と思います。
私を見つけたら、必ず声をかけてくれるじゃない。

それから、祈りに似た気持ちが湧き上がります。
あの子が、ぽろぽろと涙を流すようなことが極力ありませんように。
それから、あの子のやさしさがどうかずっと守られますように。
ニットのようなあたたかさをいつも心に持った女の子でありますように。

そう願いながら、オレンジ色のニットをたたみました。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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