047 でも、コーヒーが飲めない
仕事で休憩時間を取り損ねて、16時ごろ休憩することになりました。
なんとなく会社内にいたくなくて、散歩をしていたら、コーヒーの香りがしました。
香ばしくて深いその香りは、ほんのり秋もようの空にぴったりでした。
香りのする方向に歩いて行くと、カフェがありました。
ドアの近くに出ている看板を見てみました。
コーヒー以外の飲みものもあるようです。そのカフェで休憩することに決めました。
私はコーヒーが飲めないのです。
お店に入ると、思ったよりもずっと小さなお店で、カウンターとテーブル席が三つありました。全体的にシックな色合い。お客さんは二人くらいで、ジャズが流れていました。そして、やはりこっくりとしたコーヒーの香りがしました。
店員さんに「お好きな席にどうぞ」と声をかけていただいたので、カウンターの隅っこに座ることにしました。
メニューはシンプルで、コーヒーのバリエーションはたくさんあるようでしたが、コーヒー以外の飲みものは、オレンジジュースとココアのみでした。
私はココアをお願いしました。
カウンターから店員さんを見ていると、どうやらコーヒー豆を挽いているようでした。
大きなコーヒーミルでこりこりこり、と音を立てながら手で挽いています。
まさしく、お店の外まで風に乗ってきた香りでした。
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私は、コーヒーの味が苦手で飲めないのですが、香りは大好きです。
そのため、コーヒーショップに行くのも、だれかのためにいれるのも好きでした。
以前は、お仕事でコーヒーを出す機会がわりとありました。
職場の人や会議に来てくださったお客さんに。
コーヒーを出す相手が十人ともなるとインスタントにしていましたが、四〜五人であればドリップで入れていました。
電気ポットでいれていたので、上手なドリップはできていませんでしたが、なるべくそっとお湯を注ぐ、コーヒーの粉がきちんとふくらむのを待つ、を守っていました。
給湯室の窓からは外が見えていたので、コーヒーの香りがしっかりと出るまで空をながめていました。
他の人に比べたら、コーヒーを出すのに時間がかかっていたと思います。
でも、お客さんや職場の人に「おいしかった、ごちそうさま」と言われると、私自身はコーヒーの味はわからなくても、おいしくいれられて良かった、と思っていました。
おいしくいれるこつは、あせらないことみたい。
家族や家にくるお客さんに出すこともありました。
家にはドリップ用の電気ケトルがありますので、職場よりもちょっと楽しくいれられます。目分量でささっと粉を入れて、お湯をゆっくり静かに注ぎます。カフェのマスターになりきることがポイント。お湯を見つめて、ふくふくとふくらんでくる粉を見つめて。やっぱり、香ばしい香りに包まれながら。
叔母さんの家に行ったときは、叔母さんと一緒にコーヒーの準備をします。
叔母さんの家にはコーヒーミルがあるので、私が豆を挽く係、叔母さんがカップやおやつを準備する係。業務分担をします。
ミルのハンドルを持って、一定のリズムで挽きます。ご機嫌だと、なおのことおいしくできる気がします。
できあがったコーヒーは、もちろん私以外の家族や叔母さんが飲みます。
おいしいね、と母が言うので、どんな味?と訊くと
「香りが深くて、まろやかな苦味ね」
と言われました。この時ばかりは、コーヒーの味がわからないことをくやしく思います。
自分が飲めないものを誰かのためにいれるのは、しあわせなことです。
味の良さがわからないので、正直なところどんな風にいれたら正解なのかもわかりません。でも丁寧にご機嫌で、少しでも美味しくなりますようにと思いながらいれられたら、きっと成功すると思っています。
「どうぞ」
と言って、誰かにコーヒーを出す瞬間もうれしいものです。
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「どうぞ」
その言葉と一緒に私の前に出されたのは、ココアでした。
コーヒーはやっぱり飲めないので、甘くてまったりとしたおいしいココアをコーヒーの香りと一緒にいただきました。
今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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