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115 祝福のプリン・ア・ラ・モード

幼いころに夢見た職業はなんですか。
私はケーキ屋さんでした。保育園からもらった卒園アルバムの一番最後のページは将来の夢を描くようになっていて、私は絵と一緒に大きな字で「ケーきやさん」と書いています。
ケーキの「キ」をひらがなで書いてしまっているのも、私(と思われる女性)の手の長さが右と左で違うのも、今見るとなんだかほほえましいものです。

その絵は、私がお客さんに包んだケーキを渡すところが描かれていて、私の頭上にある吹き出しには「おめでとう」と書いてあります。
(「め」の字があやしい…。今は字を書くのは大好きですが、当時は字を書くのが苦手だったのかしら)

おめでとう。


相手を祝福する、しあわせな言葉です。

その後、私は大学生になり、ケーキ屋さんでアルバイトをしました。
そこで働く日には、たしかに「おめでとう」と一回以上は言いました。
ケーキを買いに来るひと・注文をするひとの目的はさまざまでした。
お誕生日。結婚式。還暦のお祝い。定年退職される方へ。
それから、なにかのごほうびに。

ケーキ屋さんで働くことは、毎日がだれかの特別な日であることを私に教えてくれました。

アルバイト先のケーキ屋さんは、私に色々と挑戦させてくれました。
接客はもちろんのこと、ラッピングの講習会に参加させてくれたり、新聞の折り込みチラシのイラストを描かせてくれたり、果物の飾り切りやケーキのトッピングもさせてくれました。

その中で私が特に好きだった仕事は、店前に出している黒板にイラストと文字を描くことでした。退勤前、お店の外に出している黒板をおさめて、内容を次の日用に書き変えるという、心おどる作業です。

黒板には、おすすめのケーキのイラストとちょっとした言葉(「春の宝物いちごをたっぷり使ったタルトです」とか「心とろける濃厚ショコラはいかがですか」とか)、それから翌日誕生日の子の名前をかきます。

次の日、ケーキを受け取りに来た子が「ぼくの名前がある!」とよろこんでもらえるように、小さなイラストも添えて。
お店を閉めたあと、灯りを最小限まで落として、ショーケース裏でもくもくとチョークを走らせるのは、その日の疲れを癒す素敵な時間でした。


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大学四年生になり、ケーキ屋さんをやめなければならなくなりました。
最後の出勤日、パティシエさんと社長が私に用意してくれたのはプリン・ア・ラ・モードでした。

そのケーキ屋さんの看板商品はアップルパイです。
なぜプリン・ア・ラ・モード??
そう思っていると、パティシエさんがこう言ってくれました。


クリスマスが近づくに連れて忙しくなる中で、ふむさんにも居残りもらって果物を切ってもらっていたときのこと覚えてる?
パティシエたちがリポビタンDを飲んでなんとか疲れをごまかしながら作業をしていたら、ふむさんはぽつんとこう言ったの。みんながもくもくと作業をしていて、しぃんとしている中、ぽつんとね。

「プリン・ア・ラ・モード食べたいなぁ」

プリン・ア・ラ・モード!
こんなに甘いものに囲まれて、生クリームやチョコレートでエプロンをべたべたにしながら働いていて、スイーツに嫌気がさしつつある中で、さらに甘いものを欲している!
それを聞いて、その場にいたパティシエみんながほほえんだのよ。
注文されているケーキを早く作らなければ、とはりつめていた空気がゆるんだ瞬間ね。

そして、こんな状態でもスイーツを食べたいと思うほどのスイーツ愛をもったこの子を雇ってよかった、と思ったの。

パティシエさんはそこまで言うとふぅ、と息を吐きました。
私は、自分がなにも考えずにぽろっと言った言葉を覚えてくれているなどとつゆほどにも思っていませんでした。あの時もその場を和ませようと思ったのではなく、ただただ体が感じる疲労と欲望を口にしただけなのでした。
こんな風に、ちょっとしたことでも言葉はひとの心に残ることがあるんだな、としみじみ思いました。

すると、パティシエさんは、続けてこう言いました。

でもね、その時に
「ふむさんはプリン・ア・ラ・モードが好きなの?」
と聞いたら
「一度も食べたことがありません」
って言うじゃない。食べたことないんかいって思ったわ。

そこでほかのスタッフさんたちは笑い出します。
なんだか恥ずかしくなってきました。

パティシエさんも笑いながら、さらにこう言いました。

それで、ふむさんの退職祝いはパティシエ満場一致でプリン・ア・ラ・モードに決まったの。

これまで、ありがとう。そして、大学も留年せずに卒業できそうなのね。卒業のときには立ち会えないから、先に言っておくわ。おめでとう。


ぱちぱちぱち、と拍手が起こりました。
パティシエさんたちや他の売り子さん、社長、みんなが笑顔でした。

おめでとう。


出勤すると、必ずだれかに「おめでとう」と言っていた日々。
「おめでとう」を言う相手のことを想像しながら作られた甘いものたち、黒板のメッセージ、そのほかにも、店内の掃除や店前にある植物の世話、季節に合わせた店内の飾り…。
「おめでとう」を言うまでには、小さくてもたくさんの準備の物語がありました。
それを私にもしてもらえる時がくるなんて、と胸がいっぱいになりました。


たまごをたっぷり使ったプリン、いちご、メロン、みかんや桃の缶詰め、生クリーム…。
ひとつの器にいろいろなものが詰め込まれているプリン・ア・ラ・モードは、さまざまなことに挑戦させてくれたアルバイトの日々そのものでした。

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今はケーキ屋さんとは全く関係のない業種で働いています。
でも、仕事の中で学生に「おめでとう」と言うことはあり、その機会が訪れるたびにあの祝福された日を淡く思い出します。

あの時はじめて食べたプリン・ア・ラ・モードの、甘酸っぱいしあわせの味は一生忘れられません。

今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。


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