みんなの小説講座 第一回
「みんなの小説講座」
中高生から始める基礎講座
アキツ フミヤ著
「第1回」
小説を書いてみたい。でも、書き方がわからない。
小説の書き方って、学校では教えてくれませんよね。だから、どう書いていいのか分からず、書くことをためらっている人も多いかと思います。
頭の中には素晴らしいストーリーがあるのに、文章力がないので小説にできない。そんな人が大勢いるはずです。
中には、自己流で書いている人も多いことでしょう。でも、それだと、いつまで経っても上達しないどころか、悪化するばかりです。
最悪なのは、こんなケースです。自己流で書いた作品を『新人賞』に応募したが『一次選考』さえ通過できなかった。なので、書くことを諦めてしまった。
今、プロとして活躍されている作家さんたちは、まず、小説を書く講座を何年も受講して、基礎から書き方を学んだはずです。その後、何度も小説雑誌の『新人賞』に応募して、ようやく受賞し、何とかデビューできたという感じでしょうか。
さらに、新人の内は、編集者から何度も書き直しを命じられて、鍛えられたからこそ、今の地位があるのです。
次のデータを見て下さい。
2022年『オール読物』新人賞
応募者数 827 名
受賞者 1名。19歳の大学生
2022年『江戸川乱歩賞』
応募者数 365名
一次選考通過者 69名
二次選考通過者 21名
最終候補者 4名
受賞者 1名。23歳の女性
ライトノベルの新人賞
電撃小説大賞(第30回)
応募者数 4467名
一次選考通過者 190名
二次選考通過者 95名
三次選考通過者 40名
最終候補者 10名
(受賞者)
大賞 2名
金賞 1名
メディアワークス文庫賞 1名
銀賞 2名
選考委員奨励賞 3名
小説の『新人賞』の中で最も注目を集めている「江戸川乱歩賞」ですが、応募者数に対して『一次選考』『二次選考』『最終候補』と進むにつれて、人数が極端に減っていくのが分かると思います。
受賞者の年齢を見て下さい。『オール読物』の場合、19歳の大学生。『江戸川乱歩賞』の場合、23歳の女性と、どちらも若いですよね。気づいている人もいると思いますが、小説の『新人賞』には年齢制限があります。
ライトノベルの『新人賞』だと、応募者が桁違いに多いのが見て取れます。
こちらも『一次選考』『二次選考』『三次選考』と進むうちに通過者が激減しているのが分かります。
この原因は、応募者の多くが若者(大半が学生)で、自己流で小説を書いているからだと考えられます。ラノベは簡単に書けると思って、見よう見まねで書いて応募している人が大多数なのでしょう。
これで、お分かりだと思いますが、小説の書き方を学ばずに小説を書いても『一次選考』さえ通過できないのが現状です。
逆に言えば、自分には小説なんて書けないと思い込んでいる人も、ちゃんと勉強さえすれば、小説家になれる可能性は高いと思います。特に、読書やアニメ鑑賞が趣味だという人は、面白い小説・マンガ・アニメを多く読んだり観たりしているはずなので、書き方さえマスターすれば上達も早いでしょう。
まあ、小説を書くのは楽しいので、勉強や仕事の合間、最初は趣味として始めてみましょう。ハマること間違いなしです。
学生なら国語・現代国語の成績が飛躍的にアップしますので、たとえ小説家になれなくても損することはありません。
面白いストーリーを思いつかないので小説なんて書けないよ、と思っている人も安心して下さい。この『みんなの小説講座』では『ダメな例文』(まだ小説とは呼べないような文章)を、ちゃんとした小説の文章に書き直す、という方法で学んでいきます。
つまり、物語の設定・人物設定・あらすじは、すでに用意してあるので、それを基に『ダメな例文』の書き直しをするだけです。
この『みんなの小説講座』は、中学生・高校生の内から小説の書き方を学んで、大学を卒業するまでに、文芸雑誌などの『新人賞』を獲ってデビューしましょうというプロジェクトです。
その理由は、学生が最も『新人賞』を獲りやすいからです。社会人になると忙し過ぎて、小説を書く余裕なんてなくなります。
もうひとつの理由は、出版社は、なるべく若い人を採用したいと思っているからです。
文章が未熟で『新人賞』が獲れなくても、作者が若くてユニークな発想の持ち主ならば、編集者の目に留まる可能性があります。さらに、伸びしろがあると判断されたら、編集者がデビューに向けて指導してくれます。
上記のように、2つの『新人賞』の受賞者は、19歳の大学生と23歳の女性です。中学生・高校生から小説を書く勉強を始めなければ、この年齢で『新人賞』を受賞するのは無理だと思います。
皆さんの実力は、二段階に分けてみました。
初心者
まだ小説を書いたことがない人。または、どこかの『新人賞』に応募したが『一次選考』を通過できなかった人。
目標は『一次選考』を突破することです。これって、かなり難しいので、まずは基礎をしっかり学びましょう。
中級者
文芸雑誌の『新人賞』に応募すると、いつも『一次選考』は通過できるけど、どうしても『最終選考』まで辿り着けないという人。
目標は『最終選考』に残って、編集者の指導を受けられるようになることです。
この講座での学習方法
小説を書くためには『文章力』と『ストーリー力』を極限まで鍛える必要があります。
マンガに例えると『文章力』は『画力』で、『ストーリー力』は、そのまま同じモノだと思って下さい。どちらも重要なのは明白ですよね。
文章力とは
小説の文章は「描写」「セリフ」「説明」の3つから成っています。
作文や小論文は「事実の説明」と「作者の意見」だけですよね。なので、特に「描写」と「セリフ」に力を入れて勉強するようにしましょう。この二つは学校では教えてくれませんので、この講座でしっかり身に付けて下さい。
ストーリー力とは
「発想」「構成」「仮のあらすじを考える」「仮のあらすじに沿って物語を細分化する」などです。
まずは「発想」です。どんな話なのかを決めます。なるべく他の人が書いていないような分野を開拓するべきです。今、流行っているような話を書いても、編集者の目に留まることはないでしょう。
『新人賞』の意味を考えて下さい。何か新しさを感じさせるような作品に与えられる賞です。「今はこれが人気なのか。そうすると、次に来るのは、これかな」と未来を予想して物語を作るように心掛けましょう。
初心者は基本を学ぶことに力を入れるべきですが、中級者になったら、まだ他の人が書いていないような分野を開拓すること(つまり、発想)にも力を入れるべきです。
小説やマンガを読んでいて「ああ、自分も同じような話を作品にしたいと思っていたのに、先にやられた。しかも自分より上手い」と、悔しい思いをしたことはないでしょうか。特に、アニメとかを見ていると、私は、よくそう思うのですが、皆さんはどうですか?
いいアイデアを思いついたら、すぐに小説にできるように、日頃から「文章力」と「ストーリー力」を鍛えておきましょう。
構成とは
アニメや映画などを見ていると、話が時系列に進んでいくわけではないことに気づくと思います。現在のシーンに、過去のシーンが出てきたりしますよね。シナリオ用語ですが、長いモノだと「回想」一瞬だと「フラッシュ」と呼びます。
物語をどこから語り始めるのか、次は、どのシーンを書くのか、最後はどこで終わるか、などを決めるのが「構成」です。この「構成」を上手く使えるようになると、読者を「あっ!」と言わせたり、感動させたりすることができます。
ストーリーは「細かいシーン」が集まって出来ています。さらに、そのシーンも、ひとつのカット、さらに、ひとつの「セリフ」や「動作」に分けることができます。
ドラマやアニメなどを見ているときに面白いと感じたり、感動するのは、登場人物のひとつの「セリフ」とか「動作」ですよね。この細部をいかに上手く書けるかで、作者の力量を計ることができます。「小説の神は細部に宿る」と言いますが、まさに、そうだと思います。
「仮のあらすじ」って何だ、と思った人がいると思います。
『新人賞』(特に長編物の場合)に応募するときに「あらすじ」を付けて下さい、と書いてある場合があります。
この場合の「あらすじ」とは、小説をすべて書き終えてから書くモノです。作品のストーリーを正確に、最初から結末まで、しっかり書かなければなりません。 これも採点に含まれますので手を抜かないで書きましょう。
それに対して「仮のあらすじ」とは、物語を書く前に、こんな感じの話を書きたいと、前もって作った仮のストーリーです。ですので、箇条書きやメモ程度でも構いません。
本文を書いていく内に「仮のあらすじ」から話が逸れてしまうことがあります。その場合は、より面白い方へと進めましょう。
何の手がかりもなく小説を書き始めるのは不安ですよね。登場人物の設定、時代、場所などの決めた後、大体、こんな風に物語が進んでいくということをラフに決めておきます。これが「仮のあらすじ」です。
『みんなの小説講座』では「仮のあらすじ」は、こちらで用意しています。 人物設定、時代設定なども決めています。つまり、同じ話を私と一緒に書いて行く訳です。
そして、私が書いた作品と自分が書いた作品と読み比べて、自分で自分の弱点を見つける。次に書くときは、この点に注意して書くようにする。これを繰り返すことで自然と書き方が身につくはずです。
この講座は一年間続けるつもりです。毎月、同じ作品の続きを書いていきます。
小説講座の講師に添削してもらうと、提出した課題がボロクソにけなされて返ってくるので、初心者は絶望感に打ちひしがれてしまいます。でも、自分で採点するとなると気が楽ですよね。
自分に足りないモノ、負けている点などを見つけて強化するようにして下さい。
ただ、小説には正解がありません。同じあらすじから作品を書いても、作者によって文章、セリフ、細かいシーンなども違ってくるのが当然です。細かな部分が違っても問題ではありません。小説として、上手く、面白く書けているかどうかです。
ですので、このレベル以上で書かなければいけないのだと思って下さい。私の書いた作品が一定の基準となる感じです。
自分の方が上だな、アキツ フミヤなんて大したことない、と感じるようになったら卒業です。そのレベルになったら、恋愛小説、推理小説、歴史小説小説、SF小説など、自分の書きたい作品をどんどん書いて『新人賞』に応募してみましょう。
ライバルは星の数ほどいます。一度の失敗でダメだと諦めずに何度でも挑戦しましょう。
次の点に注意して書きましょう
・読者の頭の中に鮮明な映像が浮かぶような「描写」
・読者の心に響くような「セリフ」
・読者が、状況をよく理解できる「説明」
ここで、みなさんが抱く疑問に答えようと思います。
(質問)
なぜ、中学生・高校生から小説を書く勉強を始める必要があるのですか? 小説なんて社会人にならないと書けないのでは。
(答え)
小説の『新人賞』には年齢制限があるからです。元文芸雑誌の編集者の話によると、30代後半から40歳が限界だということでした。
スポーツや楽器の演奏もそうですが、子供の内から練習を始めなければ、プロのレベルに達するのは無理ですよね。
40歳くらいだと、20年近く小説を書いているはずですよね。それだと、もうその人の書き方が完成していて修正しようがない、と編集者に思われているようです。つまり、伸びしろがないということです。
マンガ家は10代か20代でデビューしていますよね。高校を中退してマンガ家になる人も多くいます。小説も同じで、人より早く勉強を始めて、若い内にデビューしなければチャンスを逸してしまいます。
出版社は才能のある「若者」を求めています。小説の読者層は10代から20代前半が最も厚いので、読者と同じ年代の人を作家として優先的に採用しています。
今、売れているベテランの作家さんたちも、デビューは20代だという人が多いですよね。そんな人たちも、デビュー作は大した事ない場合がほとんどです。
ただ、何かその人にしか書けないような独特の世界観や文体を持っていて、それを編集者が見出し、人気作家に育てる。こんな感じで小説家は誕生します。
マンガ雑誌では、編集者が育てたマンガ家がヒット作を生めば、編集者も出世するようになってますよね。文芸雑誌の場合も同じことが言えます。編集者も、お互い競争しているので、自分が担当している作家に売れる作品を書いてもらおうと協力を惜しみません。
出版社が、お金と手間をかけて『新人賞』を開催するのも、若くてユニークな発想ができる人材を見つけるためです。さらに、新人を売れっ子作家に育てるには何年もかかるので、なるべく若い人を採用しようとしてるのです。
では、40歳以上の人はどうすればいいのかというと、ネット上に自作の小説を発表すればいいと思います。特に、この『note』では販売もできますので、お金を稼ぐチャンスです。若者にウケる面白い作品を書けば、副業としては十分な収入になると思います。
ただし、この講座を一年間受講し、基礎的な書き方を身に付けてからにして下さい。
私の失敗談をお話します。
社会人になって、だいぶ経ってから、最初は脚本家を養成する講座を受講しました。
初めて書いた作品が最終選考に残り、賞状をもらったので、プロの脚本家になれるかもと思い、こちらの勉強に何年も費やしてしまいました。
挫折して、次に始めたのが映像翻訳家という仕事です。アメリカのドラマやドキュメンタリーを翻訳して字幕を入れる仕事です。
この仕事を長年やっていると、やはり自分でも作品を書きたくなりました。そして、ようやく、39歳で小説を書く講座を受講しました。
脚本の勉強と海外ドラマの翻訳とで「セリフ」と「ストーリー作り」には自信がありましたが「描写」は、ちゃんと勉強した方がいいと思ったからです。
ただ、私の受講した講座が上級者向けのクラスだったために、最初は講師の言っていることが、よく理解できませんでした。当初は手探り状態で課題を書いて提出していました。
テキストや課題も純文学の作品ばかりで、ストーリー物など書かせてもえらません。課題も自分(または自分の分身)を主人公にした話を書かなければなりません。
純文学は苦手で、あまり読んでなかったので、どう書いていいのか分からず苦労しました。
当然の事ですが、毎回、原稿がボロクソにけなされて返ってきました。ここで、いかに小説を書くのが難しいか思い知りました。脚本では褒めてもらって自信を持っていたのですが、小説では惨敗続きで落ち込みました。
何とか頑張って合格点をもらえるようになったのは、講座が終わりに差し掛かった頃です。
さらに、講師の話の内容を完全に理解して、ちゃんとした小説を書けるようになるまで、何年もかかってしまいました。年齢的にも小説家としてデビューするには遅過ぎます。
高校生くらいから小説を書く講座を受講して勉強を始めていれば、と残念で仕方ありません。私が「中高生から小説を書く勉強を始めて、大学を卒業するまでにはデビューしましょう」というのは、これが理由です。
ただ、これだとハードルが高すぎますよね。なので「20代でデビュー」これを目標に頑張って下さい。
そんな訳で、私はプロの作家ではありません。小説を読むのと書くのが好きな、ただのおっさんです。あえて名乗るなら小説の書き方研究家ですね。どうすれば、いい小説を書けるようになるか、どんな作品がいい小説なのかを長年、研究してきました。
紙の本を出版したこともありません。でも、以前、ブログに自分の小説を連載していました。それが好評だったので、今後『note』での販売も考えています。
そして、もうひとつ残念に思うのは、初心者向けのやさしい小説講座がないことです。私が受講した小説講座では、講師はプロの純文学作家、文芸評論家、元編集者などで、講義内容もかなり高度なモノばかりでした。初心者には難し過ぎて、ついていけませんでした。途中で辞める人が多くいたほどです。
基礎から学べる講座があればいいのにと思い『みんなの小説講座』を立ち上げることにしました。
課題を与えられ、それに沿ったストーリーを自分で考えて、小説にする。この学習法は、初めて小説を書く人には難しいと思います。小説には正解がないのですが、せめて、手本となるモノがあった方がいいと感じました。
小説やライトノベルの『新人賞』は多くあり、毎回、受賞者が華々しくデビューしていますよね。それも、高校生とか大学生とかがです。さらに、それらの作品はアニメ化されて、世界中で大ヒットしています。
そんな状況を見て、自分も小説・ラノベを書いてみたいと思った人は多くいると思います。でも、どうやって書いていいのか分からない人がほとんどでしょう。私も、そうだったのでよく分かります。
残念なことに、小説の書き方をやさしく解説した本や動画がありません。あるのは小説を書く際の心構えとか、簡単なアドバイスを書いた本などですよね。
初心者がそれを読んだところで、あまり役に立たないと思います。教えて欲しいのは、実際に、どんな文章で、どう話を展開していけばいいのかですよね。
そこで、この講座では、私も「ダメな例文」の書き直しをします。私が書いた作品と、皆さんが書いた作品とを読み比べることによって、自分の欠点を見つけて克服していきましょう。この方法なら初心者でも理解しやすいと思います。
小説を書く自信がある人もない人も、とりあえず一年間、この講座を受講して基礎を身に付けて下さい。この講座は、世界一やさしい小説講座だと自信を持って言えます。
ストーリーは、すでに作ってあるので、それに沿って話を細分化していけばいいだけです。手本となる作品も掲載しています。
一年間、受講して、もう少し頑張れば『新人賞』が獲れそうだと思ったら、さらに勉強を続けてみましょう。他の小説講座を受講するのもいいと思います。基礎ができているので、高度な内容の講義にもついていけるでしょう。
プロになるのは無理だと思っても、ここで勉強したことを基に、他の分野への進出を考えるのはどうでしょう。たとえば、ドラマ・映画・アニメ・RPGの脚本家などを目指すのもありです。小説家志望から脚本家志望へ転向するのは可能ですが、逆は無理です。
マンガ家になる場合、絵が苦手な人は原作者として、絵の得意な人と組むという方法もあります。この講座でストーリーの作り方を学んだので、自分にしかできない発想で、面白い話を考え出す能力は上達しているはずです。
また、マンガ家志望の人も、ストーリーを作るのは得意なはずですから、基礎さえ学べば小説も書けると思います。
社会人や定年退職した人も、自分の経験を基に小説を書いてみてはいかがでしょう。『note』なら販売もできます。売れる売れないの問題ではなく、自分が生きた証となるような作品を書いて下さい。
(質問)
小説は難しそうだから、簡単そうなライトノベルを書きたいのですが。
(答え)
ライトノベルは、小説で中級者以上になってから挑戦するようにしましょう。
ラノベの方が簡単だと勘違いしている人が多くいますが、大間違いです。小説では5行で描写する場面を1行で書かなければなりません。これって、かなりのテクニックと語彙力が必要だとは思いませんか。
ラノベはスラスラ読めますが、書いている方は、かなり慎重に言葉を選びながら書いています。決してラノベの方が楽に書ける訳ではありません。
今、ラノベで活躍している作家さんたちは、元は小説を書いていたプロです。そんな人たちが小説だけでは食べていけないので、ペンネームを変えて(変えない人もいます)、ライトノベルに大挙して進出してきました。
その結果、名作も多く出て、どんどんアニメ化されるようになって、ラノベの人気が爆発していますよね。出版社の人の話では、ラノベは海外でも翻訳されて、よく売れているそうです。
今、最も競争率が高い分野はラノベではないでしょうか。
上に書いた『新人賞』の応募者数を見て下さい。ラノベの方が桁違いに多いのが分かると思います。応募者が4467名なのに対して『一次選考』通過者は、わずか190名しかいません。
ちゃんと小説の書き方を勉強した人なら『一次選考』は通過できるはずです。
「文章力」と「ストーリー力」を小説で鍛え上げたプロ作家が、ラノベには大勢います。そんな作家たちと競うには、やはり、小説を基礎から勉強して、実力を付けなければ勝負になりません。
小説の基礎も知らずに書いた作品をラノベの『新人賞』に応募し続けても、一生、入選することはないでしょう。
(質問)
文芸雑誌の『新人賞』って、どうやって決めているのですか?
(選考過程)
・一次選考
主に新人作家が、アルバイトとして選考を行っています。
いわゆる「下読み」と呼ばれる人たちが担当し、編集者はまだ参加しません。
『一次選考』で落ちたということは「あなたの作品は、まだ小説にもなっていません」という意味です。
応募作品の大半は『一次選考』を通過できないのが現状です。
・二次選考
ここからは編集者が選考を行います。
『一次選考』を通過した作品の内『二次選考』を通過できるのは、編集者の目にかなった作品のみです。
『新人賞』を獲れなくても『最終選考』に残ることができれば、編集者の指導を受けてデビューできたという人が多くいます。
中級者は『最終選考』に残れるように頑張って下さい。
・最終選考(入選作決定)
有名な作家さんたちが『最終選考』に残った数本の作品から、話し合いで入選作を選出します。入賞作が2作品だったり、入賞作なしの場合もあります。
文芸雑誌が行う『新人賞』には「長編物」と「短編物」があります。
上に書いた「オール読み物」新人賞は短編。「江戸川乱歩賞」は長編で、推理小説の賞です。
紙の文芸雑誌の『新人賞』は、こんな感じで行われます。
なお、ネット専用の文芸サイトやライトノベルも同じだと思って下さい。
『新人賞』を受賞してデビューするのは、どれもかなりの難関ですので、小説の書き方を基礎から勉強して、実力をつけてから挑戦するようにしましょう。
(質問)
『みんなの小説講座』では、どんな方法で学ぶのですか?
(答え)
ここでは『ダメな例文』を小説の文章に書き直すことで「文章力」と「ストーリー力」を鍛えます。
つまり、私と一緒に書いていくと方法です。毎月『ダメな例文』(まだ小説にもなっていないような文章)を書き直して、ちゃんとした小説にしていきます。
「文章力」は、もちろん「ストーリー力」も鍛えます。あらすじは、すでに作ってありますが、小説にするには、それをもっと細かく、ひとつのシーン、ひとつのカット、さらに、ひとつの動作、ひとつのセリフまでに分解して書かなければなりません。
ここで、その作品が面白いどうかが決まってくるので、もっと良い表現やセリフはないか、何度でも書き直しを行って下さい。書いては書き直す、この作業を繰り返すことで「文章力」と「ストーリー力」のレベルアップを図りましょう。
それから、皆さんが書いた作品は消去せずに保存しておいて下さい。この講座を受講した後、読み返してみましょう。一年で自分が確実に成長していることに気づくはずです。
この講座では『クロノス王戦記』というファンタジー小説の書き直しをします。
ファンタジー小説にした理由は、下準備なしに書けるのと、学生は書きやすいのではと思ったからです。
推理小説を書く場合、何か斬新なトリックを考えなければいけないですよね。これに時間を取られていては、小説を書く勉強になりません。何も思いつかなければ、いつまで経っても書くことができませんよね。
歴史小説だと、その時代のことを事細かく調べなければ書けません。
ここは小説の書き方を学ぶ講座ですので、今の段階では、トリックとか時代考証に時間を費やすより『文章力』と『ストーリー力』を向上させることに力を入れましょう。
ファンタジー小説ですが、小説を書くための例文なので、現実的なストーリーにします。魔法使い、超能力者、ドラゴン、エルフなどは出てきません。正確に言えば、ファンタジーの要素を取り入れた時代小説となります。
中世を舞台に、クロノスという名の王子が、敵の王子と戦うという話です。また、敵であるラムジンという名の王子の視点からも書きます。
つまり「三人称複数視点」です。ファナス王国のクロノスとレバーン帝国のラムジンの二人の視点から、同じ話を交互に語ります。
(質問)
私は推理小説にしか興味ないし、推理小説以外は書きたくないのですが。
(答え)
今の段階は、基本的な書き方を身につけることに重点を置いて下さい。自分が書きたい作品を書くのは基礎が身についてからです。
この課題は「文章力」と「ストーリー力」を向上させるための例文に過ぎません。この講座を一年受講して、書き方の基礎を学べば、推理小説でもSF小説でも恋愛小説でも、何でも書けるようになると思います。
それから、プロの小説家を目指すなら、他のジャンルの作品も読む必要があります。たとえば、純文学はストーリーに重点を置いていないので、初心者には理解しにくいですが「文章力」に関しては優れた作品が多いので、読んで参考にしましょう。
では、課題です。この『ダメな例文』(まだ小説にもなっていない文章)を書き直して、ちゃとした小説の文章にしてみましょう。
この講座では、毎月、課題を出します。自分で書き直した文章と私が書いた文章と比較して、自分で評価して下さい。
初めて小説を書く人だと、手も足も出ないと思います。そんな人は、先に、私が書いた作品に目を通して、参考にしながら書いても構いません。これはテストではなく、小説の書き方を学ぶ講座です。自分のレベルアップにつながる方法でトライして下さい。
それでも書けない人は『ダメな例文』と『書き直しの一例』をよく読み比べてみることから始めましょう。あわてる必要はありません。中高生なら、大学卒業までには、まだ年月がありますよね。少しずつ確実に上達するように頑張って下さい。
最終的な目標は、20代で作家デビューすることです。
まず、小説を書く習慣を身に付けましょう。「週末にだけ書くのではなく、毎日、わずかな時間でもいいので書くように」これは、小説講座を受講したとき、講師から言われた言葉です。
スポーツや楽器の演奏をしている人は「3日も練習をさぼると、カンを取り戻すのが大変だ」と言います。小説を書くのも、まったく同じです。
それでは「課題」です。
次の『ダメな例文』を小説の文章に書き直しなさい。
「ダメな例文」
18歳になったばかりのクロノス王がアメーネ城に到着したとき、城内は混乱の極みにあった。
この城も敵勢力の手に落ちているかも知れない。そう考えたクロノスは、城の堀の外、雪の中に伏せた状態で、城内の様子を伺っていた。
城内から言い争う声が聞こえてきた。城主のギロンと守備隊長らしい。
「守備隊長のお前が逃げたら、この城は誰が守るのだ」
ギロンが言った。
「強大なレバーン帝国と戦っても勝ち目はない。この際、レバーン帝国と同盟を結び、長年の敵であるセシス王国と戦おう」
そう主張する守備隊長。
「それは間違いだ。我がファナス王国は自由で平等な社会を謳歌してきた。レバーン帝国の属国になれば、それこそ終わりだ」
「敵は15万の大軍だぞ。ここには3000人しかいない。どうやって戦うというのだ」
「クロノス様は必ず、ここに来られる。援軍を連れてな」
「来るものか。あんなガキ、とっくに他国に逃げ出しているぞ。それに、俺はクロノスが王だとは認めてはいない」
「必ず来られる。私はクロノス様の教育係だった。国民を見捨てるようなお方ではない」
「よく聞け、ギロン。敵はセシス王国だ。ひと月前の戦いで、前王と多くの仲間を亡くした。誰もが復讐に燃えている。前王の弟のマローン公は、レバーン帝国と組んでセシス王国を討つ構えだ。俺たちも、その軍に合流する」
「敵はレバーン帝国だぞ。マローン公の考えは間違っている。クロノス様が到着するまで我らだけで耐えてみせようぞ」
「クロノスなどあてにするな。東隣のローハル法王領の兵士も、戦わずに我が国へと逃げてきた。レバーンは強敵だ。戦うより仲間になろう」
「早まるな。レバーン帝国の属国になったら、この国の未来はない」
「もういい、話にならん。俺は、これからレバーン軍に合流する。お前はここで討ち死にするがいい」
そう言うと、守備隊長は部下を引き連れて、城を出ようとしていた。
クロノスは、城から逃亡しようとした守備隊長を弓隊に命じて殺させる。
「おお、これはクロノス様、お待ちしておりました」
クロノスが雪の中から姿を表すと、ギロンが走り寄ってきた。
「この男は裏切り者だ。仕方なく殺した」
「ここへ来られることを信じておりましたぞ。さあ、中へ」
ギロンが城の中を案内した。城の中は、敵に侵入された場合に備えて、様々な防御策が施されていた。
クロノスは、ギロンの部屋で暖を取りながら作戦を打ち明けた。
「セスシ王国と手を結んだ。レバーンの大軍に立ち向かうには他に手はない」
「何ですと! よりによって長年の宿敵であるセシス王国と」
川を挟んだ西隣のセシス王国との戦いで、クロノスは父と兄二人を亡くしていた。ほんの、ひと月前のことだ。父の死により、急遽、第三王子であるクロノスが王位に就くことになった。
優秀な兄が二人もいるので、クロノスは王になることは考えてもいなかった。
クロノスは王宮を出て、王立アカデミーで貿易商人になるための勉強をしていた。
ファナス王国は、東西貿易で栄えた西側諸国の中で最も豊かな国だった。そのため、この国では、貿易商人の地位が高く、貴族にも劣らないほどだった。
クロノスも、来月には完成したばかりの大型船で海外へと旅立つ予定だった。
父と兄二人が戦死したとの一報を聞いて、クロノスはショックを受けた。あの強い父が戦死するなど考えられない。今にも、セシス軍が攻め込んで来るようで恐怖に震えていた。
貴族のタフス卿に強引に戴冠式に連れ出されたクロノスだが、何も考えられないほど怯えていた。今にもセシス軍がファナス国に攻め込んで来るような気がした。どうせ、皆、死ぬのだろう。王となった自分が、真っ先に殺されるに違いない。
「国民は、強い王を望んでいます。あなたが王位に就かないかぎり、セシス軍に攻め込まれます。それに、マローン公が王位を狙っています。あの方に先を越されたら、あなたの命もないでしょう」
タフス卿は、そう主張した。
「俺は貿易商になるつもりです。王になどなる気はありません。来週には船で海外へと乗り出す予定です」
「諦めて下さい。あなたはもう、この国の王です」
そう言われて、クロノスは絶望感に打ちひしがれた。
そのとき、クロノスは、二人の兄の未亡人と子供たちがいるのに気づいた。夫を亡くして悲しみにくれているはずなのに、毅然とした態度で自分の戴冠式を見守ってくれている。その姿を見て、クロノスの心に変化が現れた。
そうだ。自分はもう学生ではなく、王になったのだ。彼らはもちろん、全国民を守る義務がある。
王としての自覚が芽生え始めた。
「何としてもセシス軍を国内に入れるな。西の砦に住民を集め、夜はかがり火を灯し、昼間は我がファナスの旗を高く掲げよ」
クロノスは、強い王を演じることを決心した。
セシス軍が国境から退いて安心したのも束の間、今度は遥か東方から大国レバーン帝国が使者を送ってきた。レバーン帝国からの親書には、ファナス王国はレバーン帝国の支配下に入り、何事も帝国の指示に従うように、とあった。
クロノスは、自由で文化的なファナス王国を守るために戦うことを決意する。ただ、強大なレバーン帝国と戦うにはファナス一国だけでは無理だ。そこで、長年敵対してきた西隣のセシス王国と軍事協定を結び、共に戦うことを考えた。
「セシス王国に商人を装い潜入することに成功した。俺自身でミリア王女と会った」
「ミリア王女は、あなたのお父上を殺した憎き敵ですよ。まだ一か月しか経っていないのに危険すぎます」
「心配ない。一夜を共にしたが、この通り、無事、戻って来られた。ミリア王女は戦略家として優秀だ」
クロノスは、セシス王国のミノア王女と会い、恋に落ちた。
「王が死ねば、この国も滅びます。どうか危険なマネだけはなさらないよう」
「分かった。レバーンとの戦いに勝利できたら、セシス王国も我が領土にしよう。友好的な方法でな」
「ほほう、それはそれは。クロノス様が先に陥落されましたか」
「我がファナスだけでは相手にならない。西側諸国が結束する必要がある。セシスの軍事力も必要だ」
あわてた口調でクロノスが言った。
「長年の敵と組むとは複雑な気持ちですが、仕方がありませんな」
「この城を突破されたら、我が国は滅びる。死ぬ気で守り抜け」
「この城は、長い年月をかけて地下を要塞化しています。ご心配なく。そうだ。我が二人の息子、ロペとシアをお供につけましょう」
「おお、ロペか、懐かしい。子供の頃は一緒に遊んだ。シアというのは?」
「施設から養子にした息子です。頭も良く、剣の腕前もいい」
「では、よろしく頼む」
戦いのときが迫る。
(以上、ダメな例文)
さて、もし、この課題作をこのまま文芸雑誌の『新人賞』に応募したとすれば、最初の一行で、下読みの人が「ボツ!」と判定するでしょう。
「城内は混乱の極みにあった」などと書いても、読者はイメージできません。実際にどうなっているのか具体的に「描写」する必要があります。
上手く「描写」するには、これがアニメ化、映画化されたときに、どんな絵になるのだろうと思い浮かべながら書くといいと思います。
この例文は、小説ではなく、ただのメモですよね。内容に乏しく、文章も説明だらけで、ひどい状態です。ダメな部分を挙げていきます。
・「描写」が、ほとんどない。
小説の文章は「描写」「説明」「セリフ」からなっていることは説明しました。その中でも、プロと素人の差が最も出るのが「描写」ではないでしょうか。
「描写」が上手くできないと、小説家にはなれません。ラノベだと、さらに簡潔で的確な「描写」が求められます。
マンガ・アニメなどには絵がありますよね。でも、小説は文字だけで人物、風景、心理などを表さなければなりません。読者は文字を読みながら、頭の中で、それらを映像化しています。その手がかりとなるのが「描写」です。
「描写」が下手だと、読者は物語の中へ入っていくことができずに疎外感を感じて「つまらない。読む価値なし」と感じて、読むことを止めてしまいます。
・「セリフ」も特徴がなく、感情もこもっていないので、その人物が言ったようには聞こえません。
セリフは、その人物ならではの口調で書くようにしましょう。例文のセリフは、ただ、状況を「説明」しているだけです。
・全然、迫力がない。
この文章だと、緊迫した雰囲気が伝わってこないですよね。全体的に迫力も緊張感もありません。
小国のファナス王国に、今にも大国のレバーン帝国が攻め込もうとしています。新米の王であるクロノスは、どう戦えばいいのか、すぐに決断して行動しなければなりません。
・主人公に魅力がない。
若きクロノス王の描き方が不十分で、ちっとも魅力的に思えません。これでは読者が感情移入できないので、たとえクロノスが、この後、大活躍したとしても、面白いと感じられないでしょう。
特に、弱虫のクロノスが、強い王になろうと決心する場面は、もっと丁寧に「描写」すべきでしょう。
キャラを立てるために、自分で様々なエピソードを考えて書いてみましょう。私が書いたモノと違っても構いません。主人公が魅力的に思えるような話を書けていればOKです。
・内容がない。スートリー不足
もっと話を膨らませて、読者の心をつかむように書きましょう。話を練りに練って、ストーリーの細部までしっかり描く。ここに小説家の技量の差がでます。
この課題作は『三人称複数視点』となっています。次回は敵であるレバーン帝国のラムジンの立場からもストーリーを描きます。二人の王が、死力を尽くして戦う波乱の展開となるでしょう。読者は、そんなストーリーを期待しているので、作家は、ちゃんと答えなければなりません。
では、この「ダメな例文」をちゃんとした小説の文章に書き直すことから始めて下さい。登場人物の設定とストーリーが、大体同じであれば自由に書き直しても構いません。もっと、いろんなエピソードを自分で考えて加えましょう。
「クロノス王戦記」とは、どんな話?
「書き出し」は、いきなり緊迫した場面から始めましょう。最初の一行目から読者の心を鷲掴みにして、その世界に引きずり込まないと続きを読んでもらえません。
初心者は「書き出し」に余計なことを書きがちです。最初の一行から、緊迫したシーン(またはセリフ)を書いて、読者の注意を引くようにしましょう。
「クロノス王戦記」のあらすじ
ファナス王国は、東西交易で栄えた西側諸国でも最も豊かな国です。そのため、この国では貿易商人は地位が高く、憧れの職業となっています。
王国は、国土の七割が山岳地帯で、農業には適していません。しかし、南北に連なる山脈を東から西に横断するにはファナス王国を通るしかありせん。このため小国にも関わらず、西側諸国では最も豊な国となっていて、国民は自由で文化的な生活を謳歌しています。
東門(ドラゴンゲート)と西門(ライオンゲート)は強固な城壁で守られ、人や物の出入りを監視しています。その東門を守るためにアメーネ城があります。
第三王子のクロノスは、貿易商人になるために王立アカデミーで勉強中の学生でした。
しかし、18歳になったばかりのある日、事態は一変します。長年、国境争いをしている西隣のセシス王国との戦いで、国王である父と兄二人を一気に亡くしてしまいます。
優秀な兄が二人もいるため、クロノスは王になるつもりはありませんでした。貿易商人として世界中を旅して、珍しい物を探すつもりでした。外洋に出ることのできる大型船が完成して、まだ見ぬ外国を訪れることを夢見ていました。
しかし、王が不在では隣国のセシス王国に攻め込まれてしまうと、貴族のタフス卿に説得され、仕方なく王位に就きます。
元々、気が弱く、争いごとが嫌いなクロノスでしたが、戦死した兄二人の遺族の毅然とした姿を見て、自分が弱気になったら国が滅びてしまうと覚悟を決めます。国民を守るために強い王を演じることにします。
主人公が心変わりをする重要な場面ですので、ここはしっかり描く必要があります。
セシス軍が国境から退いたとの報告で一息ついたとき、今度は、はるか東方から遊牧民族のレバーン帝国が、15万の大軍で攻めてきました。中東の国々は戦火に包まれ、東隣のローハル法王領の領主と兵士たちも戦うことなく避難してきました。
レバーン軍は、ファナス王国の東端にあるアメーネ城の近くまで迫っています。ここで食い止めなければ、自国はもちろん西側諸国は全滅するでしょう。
ファナス王国の王に即位したばかりのクロノスは、重大な危機に立ち向かうことになります。
しかし、将軍たちの多くは、クロノスが王になったことを認めていません。内部分裂の危機もはらんでいます。
亡くなった前王の弟、つまりクロノスの叔父に当たる人物(マローン公)は、レバーン帝国と手を組んで、長年の宿敵であるセシス王国を攻め滅ぼそうと画策しています。もし、そうなった場合、セシス王国には勝利できるでしょうが、ファナス王国は大国レバーン帝国の支配下に入って、圧政に苦しむことになります。
そうなることだけは避けたいクロノスが、どう国をまとめてレバーン帝国と戦うのかが、話のキモとなってきます。
クロノスは、長年の宿敵である西隣のセシス王国に単身乗り込んで、ミリア王女と面会し、軍事同盟を結ぶことに成功します。
そして、今度は東門にあるアメーネ城に行き、混乱状態にある城を平定させます。
この話の時代は、あえて、はっきりと設定していません。でも、武器が刀や弓ということから、まだ鉄砲は発明されていない時代のようです。
場所も、一応、アジア、中東、西側諸国などが出てきますが、小説でのお約束「小説のある場所は現実とは異なる次元」ですので、現実の地理とは異なっています。
モンゴル帝国が勢力を拡大した13世紀を想定して、即席で話を作ってみました。 この時代、日本にも元寇として知られていますが、ヨーロッパ諸国もモンゴル軍と戦って大敗しています。世界史の授業で習ったと思いますが、ワールシュタットの戦い(1241年)が有名ですよね。
この時代のことをネットで調べたり、想像力を発揮してストーリーを作ってみましょう。小説を書く講座ですので、現実には存在しないような武器などを登場させても構いません。
実は、翌月、レバーン帝国の王子ラムジン(25歳)の視点からも物語を語ります。つまり、この小説は『三人称の複数視点』となり、二人の立場から交互にストーリーを語っていきます。
この場合、どちらも優秀な王にしなければなりません。クロノスもライバルであるラムジンも、同じくらい魅力のある人物として描きましょう。
二人の有能な王が知恵を絞って、壮絶な戦いを繰り広げる物語にしたいと思っています。
ただし、現実的な話にして下さい。魔法・超能力などは出てきません。純粋なファンタジー作品ではありませんので注意しましょう。
「文章力」と「ストーリー力」を鍛えるための書き直し作業です。納得のいくまで何度でも書き直しをしましょう。
この講座では、皆さんが書いた作品を他人が読んで批評することはないので、初心者でも恥ずかしい想いをすることはありません。自分から積極的に書き方を学ぶという姿勢で臨んで下さい。
最初は上手く書けないと思いますが、それでも構いません。今の段階では、小説を書くことを習慣にしましょう。毎日、勉強や仕事の合間に、息抜きとして小説を書く時間を作って下さい。
では、書いてみましょう。期間は一か月、字数制限は特に指定していません。この内容だと、かなり長くなると思いますが、練習ですので「描写」と「セリフ」に重点を置いて、自由に書いて構いません。
この後、私が書いた作品を掲載します。私との勝負ですが、自分の作品の点数は自分で付けるようにして下さい。
自分で書いた文章を何度も読み返して、どこが悪いのかを見極める力を養って下さい。書いては書き直す、これを繰り返していれば、少しずつですが確実に上達していくはずです。
早い話、自分が『新人賞』の『一次選考』の審査員レベルになればいい訳です。
審査する点
・「書き出し」で読者の興味を引くことができているか。
『新人賞』の『一次選考』を担当する若手の作家さんの話では、応募作の最初の3ページを読んで、このまま最後まで読むか、ボツにするかを決めているそうです。
一人で100本もの応募作を短期間で審査しなければならないので、全部の作品を最後まで読むなんてことはしません。
『一次選考』を突破できるのは100本の内、3本~5本だそうです。
・登場人物が魅力的に描かれているか。読者が主人公に感情移入できるように書きましょう。
・ストーリーが破綻していないか。複雑な話だとストーリーが途中で変になってしまうことがあります。何度も読み返して確認しましょう。
・「構成」は上手く機能しているか。
話を時系列に進める必要はありません。マンガ、アニメ、ドラマ、映画などでは、過去、現在、未来が入り組んだ構成になって描かれていますよね。これって結構、話を面白くするのに効果的です。
・最後に面白いかどうかです。自分が書いた小説に、読者がお金を払って読んでくれて、満足してくれるかどうか。プロにとっては、これが最も大事なことだと思います。
この講座は、月額490円です。その代わり、それ以上の価値があり、役に立ったと思えるような講座にします。
では始めて下さい。
この後、私が書いた「書き直しの一例」を掲載します。
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書き直しの一例
「みんなの小説講座」#001
アキツ フミヤ著
「クロノス王戦記」第1話
「貴様、逃げる気か! この城の城主は私だ。敵前逃亡など許さんぞ!」
城の中から怒鳴り声が聞こえてきた。
クロノスは、雪の中に這いつくばったまま顔半分だけを外に出し、城を見上げた。
城壁の上に、二人の人物が立っているのが見える。
夜が明けようとしていた。まだ薄暗く、二人の顔は定かではない。長身の男と小太りの男だ。ただ、城主の声には聞き覚えがあった。
昨夜から降り続いた雪は、明け方になってようやく止んだが、空も大地も凍り付いたままだ。だが、城の中からは異常なほどの熱気が感じられる。
クロノスは、この城に来た事はなかった。ここはファナス王国の東端の要塞で、強固で高層な城壁と関所がある。
通称「ドラゴンゲート」と呼ばれるこの東門は、はるばるアジアや中東から訪れる商人たちにとって、ファナス王国への玄関口となっている。同時に、敵の侵入を防ぐ関所としての役割も担っていた。
東門を守るため、近くの山の上に作られたのがアメーネ城だ。この城からは東門へと迫る敵の軍勢を、いち早く発見することができる。
将兵たちの話から、城の門を入ると、すぐ広場になっていると聞く。今、広場には城内の兵士たちが集まり、城壁に上がった二人の男の討論に耳を傾けているようだ。
「愚かだな、ギロン。レバーン帝国の軍勢は15万。ここにいる兵は、わずか3000。勝てる見込みは万に一つもない」
小太りな男が声を上げた。
「守備隊長のお前が逃げたら、この城は誰が守る。ファナスの軍人としての誇りを忘れたか!」
「すでにレバーン軍との話は通っている。どちらに付くかは、俺たちの自由だ」
城の中から、兵士たちの声が響いてきた。ギロンを罵倒する声ばかりだ。
「クロノス様は必ずここに来られる。援軍を連れてな。それまでは我らだけで持ちこたえてみせようぞ」
「バカな! あの臆病なチビが、ここに来るだと? 東隣のローハル法王領の領主は、すでに我が国へと逃げ込んできた。クロノスも、とっくに西側の国へ逃げているぞ」
「クロノス様は、国民を見捨てるような方ではない。教育係だった私が、よく知っている」
「急遽、王に即位したばかりのガキだぞ。商人ごときに王の役目など務まるものか。将軍たちは、クロノスよりマローン公を支持している」
マローン公は、前王の弟だ。クロノスの叔父である彼は、レバーン帝国と組み、宿敵セシス王国を討とうと主張している。
「クロノス様こそ、正当な王位継承権を持ったお方だ。王に即位されたからには、必ずレバーン軍と戦う道を選ばれるはずだ」
「今、戦ってる相手はセシス王国だ。ひと月前の戦いで多くの将兵を亡くしたばかりだぞ。仲間を殺され、誰もが復讐心に燃えている。レバーン帝国の助けを借りて反撃に出る。これはマローン公のご意思でもある」
「よく考えろ。レバーン帝国こそ、我ら西側諸国を滅ぼす元凶だ。援軍として国内に迎え入れたら最後、我々は完全に奴らの支配下に置かれる。ただの属国に成り下がっても良いのか」
期待通りだ。クロノスは、ギロンがこの城の城主で良かったと心から思った。
「ではこうしよう。俺の言うことが正しいか、ギロンの方が正しいのか。兵たちに決めてもらおう」
広場の兵士たちが声を上げ始めた。ギロンを支持する声は、たちまち大勢の反対派の怒号にかき消された。
「これで分かっただろう。俺はギャンブルが大嫌いだ。俺の親父は、それで身を滅ぼしたからな。地位や名誉のために、勝てもしない戦いに命を賭けたりはしない」
東の空が明るくなってきた。城壁の上にいる二人の表情も、はっきりと見える。
「これからマローン公と待ち合わせて、共にレバーン軍へと合流する。ファナスの軍服は返すぞ。敵に間違われると困るからな」
男は、甲冑を脱ぎ捨て、下に落とした。石畳に重い金属音が響く。ファナス軍の上着も脱ぎ、代わりに毛皮のコートを羽織った。
「バカなマネはよせ。私の敵になると言うのか!」
「そうなるな。俺は生き残るために城を出る。お前は、ここでくたばればいい。さらばだ!」
男が、視界から消えた。
「待て、お前が逃げれば、兵たちも…」
「黙れ! 脳なしめが。もう、お前に従う者など、おらぬわ。俺は部下を連れてここを出る。門を開け!」
広場に降りた男の声は、石の壁に反響して、悪魔じみた感じに聞こえた。
重々しい金属音が、静かな山あいに響き渡った。太い鎖を幾重にも巻きつけた巨大な滑車が回り始めたようだ。
全長15メートルにもなる橋は、三つに折り畳まれ、入口に立て置かれていた。この状態だと城の門としての役目も果たしている。幅4.5メール、厚さ50センチの木の板に、厚さ5ミリ、幅4.5メートル、長さ1メートルの鉄板が15枚も張り付けられている頑丈な橋だ。
門の両側には、高さ25メートルの二本の太い鉄製の棒が立っていた。棒が傾き、先端に取り付けられた歯車から鎖が繰り出されると、橋が外側へと送り出される仕組みだ。
折り畳まれた橋が、ゆっくりと開いて堀の外へと伸びてきた。
この時期、堀の水は抜いてあった。幅11メートル、深さ5メートルの堀は、冬場は凍り付いて何の役にも立たない。
クロノスたちは、堀の近くの地面にうつ伏せになった状態のまま、その時を待った。
「皆の者、続け!」
兵士たちの歓声が大きくなる。
クロノスは、雪の中に伏せたまま、右手の手首から先を雪の上に出した。指先をまっすぐ上に向けたのは「構え!」の合図だ。
平らだった周囲の雪面が、頭の形に盛り上がっていく。その数20。
朝日が差してきた。
先ほどまで、その姿がおぼろげにしか見えなかったアメーネ城が、白く輝き出した。
城は低い山の頂上にある。傾斜を利用して建物群は手前から奥へ三段あり、上へと伸びていた。
手前の一段目には、円形の塔が4本そびえ、白い城壁でつながれている。塔の屋根は、三角すいの形状をしていて、明るいブルーに塗られていた。見張り台としての出窓もある。
城壁の上には弓兵、広場には重装歩兵が敵を迎え撃つのだと聞いた。
塔の先端には、旗がひるがえっていた。緑色の地に、黒の縁取り、中央には赤い炎を吹く銀色のドラゴンが描かれていた。ファナス王家の紋章だ。
二段目には、建物群があった。中央の一際高い建物が教会の聖堂だ。その両側に、兵たちの居住用の建物群、武器庫などが連なっている。
三段目には、真ん中に天を突くほどの高い塔がある。四角く太い塔だ。ここは城の指令所として、戦いの際、将軍たちが詰める場所となっている。その両側に細くて円形の塔が二本、寄り添うように立っていた。建物の外側には食料を蓄えるための巨大な倉庫群が連なっていた。
まぶしいほどの白と明るいブルーで、華麗かつ華奢に見えるが、この城には要塞として数々の機能が備わっている。城の地下には、堅い岩盤を掘り抜いた無数の地下道が張り巡らせてあった。
工事が始まったのは160年も前からだという。地下道を掘るにあたって、特殊な技能を持つ80名の石工たちを北アフリカの国から好待遇で雇い入れたという。彼らが石を加工する技術は、どの国の石工にも勝ると聞く。
石工たちは、この地に根を下ろし、何世代にも渡って、新しい地下通路を掘り続けていた。現在でも石工の数は30名ほどいるのだという。
軍事用に掘られた無数の通路を使えば、至る所に隠された出入り口から、敵兵に悟られずに攻撃することも可能だ。まさに山全体が要塞だと言えるだろう。
橋の上に、馬に乗った男が姿を現した。50代前半、先ほどの守備隊長のようだ。甲冑と制服は脱いでいるが、鋭い目つきと胸を張った姿勢から、一目で軍人だと分かる。
守備隊長を勤めていたくらいだ。腕は確かだろう。少なくともクロノスが一騎討ちを挑んだところで、勝てる相手ではなさそうだ。
馬の吐く息が、白い帯となって後ろへと流れていた。
馬の背から左右に大きな荷物がぶら下がっていた。革製の袋からは銀製の燭台がはみ出している。城内の礼拝堂から奪った品のようだ。
橋は頑丈だが、一度に大勢の人間が乗ることはできない。男と馬の重みで橋が軋み、耳障りな音を立てている。
歩兵たちは背後に一列になって控え、男と馬が渡り終えるのを待っていた。
男は城の方を振り向くと、大声を上げた。
「ギロンよ。城の宝はもらっていくぞ。レバーン軍の手に渡るくらいなら、この俺が…」
ハッとした表情で、男が前を向いた。同時に、腰の剣に手を伸ばす。
空気を切り裂く矢の音を聞いたのだろう。兵士として長く仕えてきた経験から、身に迫る危険を察知したはずだ。
だが、遅すぎた。
衝撃で男の上半身が、一瞬、後ろに大きく傾き、すぐに元に戻った。驚きの表情を浮かべ、男が心臓の辺りを見ている。何が起きたのか、すぐに理解したようだ。
顔をゆがませ、男が唇を動かした。叫ぼうとしたらしい。だが、声の代わりに、吹き出てきたのは大量の血だ。
剣を半分、抜いたままの恰好で、しばらく間、男は震えていた。やがて、全身の力が抜けたように動きを止めた。そのまま、ゆっくりと馬から滑り落ちる。
男に後に控えていた兵士たちが、凍り付いたように動きを止めた。
何事もなかったかのように、馬は城の中へと戻っていく。
「いい腕だ。さすがは近衛連隊の弓隊。すべて同じ場所を射貫いている」
20本の矢の束が、一本の丸太に見える。
「恐れいります」
雪の中から、たくましい身体つきをした男たちが姿を現した。
全員、目以外を白い布で覆っている。水鳥の羽毛を詰めた防寒服に身を包み、手には矢を射るための弩、背中には矢筒、腰にはゆるくカーブを描く短剣を差している。
クロノスも立ち上がると、純白のマントについた雪を払った。同じく全身、白装束だ。左の腰には、細く長い剣、右の腰には太く短い剣を差していた。亡き父の遺品だ。
頭を覆った白い布を外すと、金色の長い髪が風になびいた。顔の下半分は白い布で隠したままだ。
「クロノス様! おお、立派になられて」
ギロンが駆け寄ってきた。50代前半、190センチの長身で、細くしなやかな体格をしていた。頭髪は薄くなっているが、長く立派な顎ヒゲを蓄えている。
見た目こそ聖職者のように柔和な男に見えるが、槍の名手として、国の内外に、その名を轟かせていた。軍人で戦術家だが、諸外国の情勢にも詳しく、クロノスの教育係をしていたこともある。
「5年ぶりか、ギロン。よく、この城を守ってくれた。礼を言うぞ」
クロノスは13歳で王宮を出て、王立アカデミーの寮で生活していた。貿易商としての知識を身に付けるためだ。
ファナス王国は東西貿易で栄えた国だ。西側諸国の中で最も豊な国でもある。このため貿易商の地位が高く、貴族に匹敵するほどの力を有していた。
クロノスが王宮に行くことは年に一度、建国記念日だけだった。軍人ではないため、アメーネ城を訪れるのも、これが初めてだ。
「申し訳ありません。守備兵の脱走を止めることができず…」
頭を下げるギロンに、クロノスは「気にするな。俺の責任だ」と言った。
弓隊が、橋の出口を囲んだ。
「この男、俺をチビだと言った。5年の年月が経っていることさえ気づいていない。俺が臆病なことは認めるが」
倒れた男を見下ろしながらクロノスが言った。
男は、仰向けの姿勢で、目を見開き、口を大きく開いたまま息絶えていた。心臓を貫いた矢の束が支えとなり、男の上半身が少し浮いている。
男が吐いた血が、橋の上に真っすぐ5メートルほど続いていた。すぐに凍ったようで、ごく薄い氷の下に、血の赤が透けて見える。
死体を目にするのは嫌な気分だ。正直、怖い。たとえ裏切った将兵とはいえ、味方だった者を殺すことには抵抗があった。
だが、この場では、王としての威厳を示す必要がある。まだ、自分を王として認めていない軍人は多かった。反乱は、ただちに鎮圧しなければ国の存亡も危うい。
ここは強い王を演じることにする。
クロノスは橋の上に立ち、城の中の兵をにらみつけた。
「お前たちの望みを聞いてやろう。城の外へ出たい者は前に出ろ」
口調こそ落ち着いているが、相手の抵抗力を奪うには十分な迫力だ。
恐怖に引きつった表情で、兵士たちがこちらを見ている。
「断っておくが、我が近衛連隊の弓兵の腕前は、空高く飛ぶ鷲の目をも射抜くほどだ。城を出る者は、両手で目をふさいで逃げるがいい」
クロノスが城へ向かって歩き出すと、兵士たちは我先にと持ち場へと戻り始めた。
ギロンの案内で、城内へと足を踏み入れる。
広い空間があった。先ほどまで兵たちが集まっていた場所だ。
「ここは、侵入してきた敵兵を迎え撃つための広場です」
敵兵たちは、正門から侵入し、真っ直ぐ進むと、高い石壁に阻まれて行き場を失う。正面と左右の石壁の高い位置に、縦に細長い穴が三十個ずつ空いていた。この穴から弓を射て、敵を殲滅(せんめつ)する仕組みのようだ。
「この扉は、戦闘中は閉じておきます」
左の壁に、開いた状態の石の扉があった。閉めると壁と同化して、どこが扉なのか見分けがつかない。
ギロンが再び扉を引き開けた。
「私の部屋へ案内いたします」
通路を進む。わざと道を狭くしたり、何度も角を曲がるような造りになっていた。敵兵を迷わす構造のようだ。
道を上ったり下ったりして、ようやく三段目の建物群の前に到着した。
先ほどの馬が、クロノスの姿を見ると近寄ってきた。
麓から、この城に至るには、険しい山道を進まなくてはならない。ここに馬がいるということは、あの男が部下に命じて無理矢理、引き上げさせたのだろう。守備隊長としての見栄を張るためだけにだ。
もう、下へ降ろすことは困難だ。当分の間、馬は、この城の中で暮らすしかない。
「よしよし、お前は俺の味方のようだな。しばらく、ここで我慢してくれ。いつかは広い草原に降ろしてやるからな」
馬の鼻筋をなでながら語りかけた。
城主の部屋へと入る。
中は狭く、簡素な机とイスが二脚、壁一面に本が詰まった本棚、それにベッドがあるだけだ。だが、暖炉には炎が立ち上り、ヤカンからは湯気が吹き出ていた。暖かく湿った空気に包まれ、仮死状態にあった身体が息を吹き返した。
胸一杯に息を吸い込んだ。凍えた大気の中にいると、肺が痛く、呼吸が浅くなる。暖かく湿った空気が、胸に心地いい。
昨夜は降る雪に紛れて、城の堀の手前まで這って進み、一晩中潜んでいた。身体の上に雪が降り積もったため、体温の低下を防ぐのに苦労した。雪の中に空洞を作り、なるべく身体が雪に触れないようにしていた。雪の表面に小さな空気穴を開け、呼吸を確保した。
こっそり城を訪れたのは、反乱軍に城が乗っ取られている可能性があったからだ。状況が分からない以上、城内に入るのは危険だと判断した。
「熱いお茶をどうぞ」
カップに茶が注がれ、部屋中に甘い香りが漂う。
防寒用のマントを脱ぎ、イスに腰を下ろす。顔の下半分を覆っていた布を外し、茶を飲んだ。
乾き切ったノドには何よりの贅沢だ。身体の中から熱くなり、かじかんだ指先にも血が巡ってきた。
「昼には援軍が到着する。とりあえず1万だ。まあ、寄せ集めだがな」
机の上に地図を広げながら、クロノスが言った。
ファナス王国は3000メートル級の険しい山々に囲まれた小国だ。4つの国々と国境を接している。
南北に伸びる山脈の東側から西側へと抜けるには、ファナス王国を通るしかない。このため、東西貿易の要所となり、西側諸国の中では最も豊かな国となった。
世界中から人や物が集まり、自由で文化的な暮らしを謳歌してきた。
ファナス王国の西端の一部は海に面していて、小さな港があった。ここ数年、その港の拡張工事を続けてきた。外海へと乗り出せる大型船も完成したばかりだ。
陸路での交易が減りつつある一方、船による物資の輸送が急増していた。新たな海路も開拓されつつある。これからは海の道での交易が中心となるだろう。
クロノスは王立アカデミーでの教養課程を終えたばかりだ。来月からは貿易商としての実践課程が始まる。大型船で世界中を旅しながら珍しい品々を探す予定だった。
まだ見ぬ異国のことを想うと、心が踊った。すでに海外へと派遣された先輩たちからの報告書を読むのが、何よりの楽しみだった。色鮮やかな家々が並ぶ街並み、奇妙な姿をした動物、味わったことのない料理などが、色付きの図入りで詳細に書き記されていた。
世界は何と広く、不思議な人々や物に満ちあふれているのだろう。一刻も早く、自分の目で確かめてみたい。期待と興奮が抑えきれなかった。
予期せず、王となった今では、それはもう夢でしかなかった。
「ローハルの領主が、貴重な食糧と情報をもたらしてくれた」
東隣のローハル法王領は、ファナスの17倍と広大な国土を持つ。土地も肥沃で農業が盛んだ。
領主の話では、国民の大半は、国の南端にあるローハル第二の都市ナギトへと避難させたという。ナギトは強固な城壁で守られ、攻略するには何年もかかるようだ。
ファナス王国へ避難してきたのは3万人ほどで、大半が兵士だ。
「ええ、ドラゴンゲートの通行許可を与えました。領主も我が軍に加わりたいと」
国土の七割が山岳地帯のファナス王国は、東西に細長い形をしていて平地は少ない。唯一、牧畜は盛んだが、食料の自給はできていない。このため農産物の多くをローハル法王領から仕入れている。
ローハル軍の騎馬兵は、数万台もの馬車に農作物を満載してやってきた。ヤギやヒツジ、それに牛などの家畜も一緒にだ。生きたニワトリを詰め込んだ大きな箱も、数えきれないほど馬車に積まれていた。
さすがは農業国だ。ファナスの巨大な倉庫群にも入りきれないほどの量だった。さらに、運びきれない食料は、自国で焼き払ったと語っていた。
「レバーン軍に食料を奪われなかったのは、何よりですな」
長い顎ヒゲをなでながら、ギロンが言った。
「ありがたい話だ。領主は中々のやり手だな」
15万の大軍を率いての遠征となると、食料の調達にも苦労するはずだ。レバーン軍は、攻め込んだ国から調達するつもりだっただろうが、ローハルの領主も、その点は、お見通しのようだ。
祖国奪還のために戦いたいと申し出るローハルの兵士も多い。セシス軍との戦闘で多くの将兵を失ったファナス軍にとっては、頼もしい戦力となるだろう。
「過去、オルル川を渡って西側諸国へと侵入してきたレバーン帝国の王は三人。いずれもローハルで命を落としている。愚かな死に方でな」
二人は部下による暗殺。一人は病死でだ。
ローハル法王領の東には、川幅が16キロもあるオルル川が流れている。この大河を渡れば、もうそこは中東と呼ばれる地だ。西側諸国とは宗教や文化、言語さえも異なる。
さらに、その先にアジアがあり、遥か東にはレバーン帝国がある。
レバーン帝国は、遊牧の民として数千年の歴史があった。年中、羊の群れと共に牧草のある場所を探して放浪の旅に出ていた。だが、150年ほど前、漢民族を滅ぼし、その都を自分たちの都として定住するようになった。
そして、いつしか遊牧を止め、他国への侵略を繰り返す帝国となってしまった。
「懲りない連中ですな。たやすくファナス王国を攻略できると考えておるとは」
「中東諸国を滅ぼすのに3年もかからなかったようだな。進軍の速度が思ったより早い」
中東の商人によって、刻々とレバーン軍に関する情報がもたらされていた。彼らは、こう訴えていた。
「黄色い大波が大地を覆うと、あっという間に街も村も飲み込まれてしまう。レバーン軍が去った後には、草木さえも残らない」
レバーン軍は黄色い軍服に身を包んでいた。首には黄色い布を巻き、軍旗も黄色。15万の大軍となれば、大地を埋め尽くす黄色い波のように見えたのだろう。
42年前、父が王に即位した年も、レバーン軍がオルル川を越え、西側へと侵攻してきた。過去の戦いでは、いずれもローハル法王領が戦場となった。法王の名の下に集まった西側諸国の兵力は、18万とも言われている。
しかし、20年ほど前から、法王の力が弱まり、西側諸国から兵を集めることが困難になった。ローハルでは、領主が法王の権威を軽んじて王のように振る舞い、独立国家の様相を呈している。
ただ、ひとつ評価できる点は、領主は単独で戦わず、国民を避難させ、兵士をファナス王国へと連れてきたことだ。
「今の領主は67歳。レバーン軍との戦闘も経験しております」
「なら、敵の強さは身に染みているだろうな」
「賢い選択と言えます。我が軍に迎え入れても問題ないかと」
レバーン軍は難なく無人のローハル法王領を横断して、ファナス王国との国境まで30キロの地点まで迫っていた。
西側勢力の中心となるはずのファナス王国とセシス王国も、国境紛争が激化して関係は悪化する一方だ。
「今は東門の守りを強化しよう。偵察隊の報告では、レバーン軍の本陣は30キロ先のネフル湖にあるらしい」
「しかし、それでは西門の守りが。またライオンゲートをセシス軍に攻められますぞ」
セシス王国は、長年、敵対してきた西隣の大国だ。国土はファナスの6倍。人口は3倍。西側では最強の騎馬兵団を有していた。
両国は川を国境としているが、毎年、冬になると川が干上がり、境目が曖昧になる。そのたびに小競り合いが起きていた。
クロノスの父と二人の兄も、その戦いで命を落とした。ほんの、ひと月前の出来事だ。
「問題ない。セシス王国と軍事同盟を結んだ」
「何と、いつの間に!」
「三日前だ。俺一人でセシスの王宮に乗り込んで決めてきた。ミリア王女は信頼できる」
あの夜の出来事がよみがえって、クロノスの胸が高鳴った。以来、ミリア王女のことが頭から離れない。時折、胸が締め付けられるようになる。生まれて初めてのことに戸惑った。女を好きになるとは、こういうことか。
強く惹かれながらも、後ろめたさもあった。相手は、父と兄二人を殺した憎き敵の王女だ。
「ミリア王女に会われたですと? それは危険すぎます!」
ギロンが、勢いよく立ち上がった。
「落ち着け、ギロン。一晩、共に過ごしたが、この通り、無事に戻って来れたぞ」
ファナスの民にとって、ミリア王女は悪魔のような存在だ。歳はクロノスより三歳年上だが、病床にある父親に代わって、女ながらに最強の騎馬兵団を指揮している。
しかも、ファナスとは互角以上の戦いを続けていた。その強さは、とても若い女が指揮しているとは思えないほどだ。
会うまでは、彼女のことを醜くく、悪逆非道な女だと信じて疑わなかった。悪魔でなければ、軍神とまで称された父や兄二人が殺されるはずはない。
「王が死ねば国も滅びます。王となれるお方は、この国にはクロノス様以外にはおられません。危険なマネはなさらぬように。もしものことがあれば、ああ…」
部屋の中を歩き回りながら、ギロンが言った。
「わかった。単独行動はこれっきりだ。だが、ミリア王女も同じ意見だった。共にレバーン帝国と戦うと約束してくれた」
一刻の猶予もなかった。国内では、マローン公がレバーン帝国と組んで、宿敵、セシス王国を攻め滅ぼそうと画策している。
二日前、マローン公が密かにレバーン帝国へと送った使者を捕らえた。その手紙には、レバーン帝国と手を組む、その代わり自分をファナスの国王にして欲しい、と書いてあった。当然のことながら、それはクロノスを殺し、王位を奪うことを意味する。
機密保持のため密使は牢獄に閉じ込めてある。しかし、レバーン帝国からの返事がないことをマローン公一派が不審に思うのも時間の問題だ。
「セシス王国の攻撃力と我が国の防御力。力を合わせれば、レバーン帝国を退けることは不可能ではない。それが俺が出した結論だ」
平地の多いセシス王国では、騎馬兵が主力だ。一方、山に囲まれたファナス王国では、歩兵と弓兵が主力となる。どちらも西側諸国では最強の実力を持つ。互いの長所を活かす戦い方でレバーン軍に挑めば、勝機も出て来る。
腕組みをして聴いていたギロンが、うなづいた。
「確かに、それが最良の策だと思います。しかし、さすがに複雑な気持ちです。セシスとの戦いでは、前王と二人の優れた武将を一度に失いましたからな」
ギロンは目を閉じ、祈りを捧げるように両手を胸の前で組んだ。
「まだ信じられん。あの父が戦死するなど…。兄二人もだ」
覚めない悪夢を見ているようだ。
前王クレイウス3世は、ドラゴンを討ち取り、その血を浴びたために不死身だと噂されるほど勇猛果敢な王だった。
戦場で出ること21回。16歳で王位に就いた年には、レバーン軍との戦いにも参加した。なのに、ケガひとつしたことがなかった。
毎年のように繰り返えされる国境紛争は、両国にとって、冬の始まりを告げる恒例行事のようになっていた。両軍とも、水量が減った川を挟んで弓を射かけるだけで、直接、剣を交えることは、めったになかった。毎年、双方に負傷者が十数名出る程度だ。
だが、今年の戦いは、全く違う展開となってしまった。初雪が例年以上に多く川の上流に積もり、雪のダムを築いていた。両軍が対峙している最中、そのダムが崩れ、せき止められていた川の水が、一気に下流へと流れ出した。
突然の鉄砲水に、両軍とも逃げ場を失い、川の中州へと殺到した。その結果、両軍は正面からぶつかることとなってしまった。
狭い中州では、敵を殺し尽くすしか生き延びる術はない。壮絶な戦いの末、犠牲者は膨れ上がり、ファナス軍1750名余り、セシス軍1560名余りが命を落した。川は赤く染まり、中州は死体の山で地面が見えないほどだったという。
増水した川に流され溺死した兵も多くいた。重い甲冑を着て、氷のように冷たい川に落ちれば、手足の感覚がマヒして泳くことさえできない。馬ごと濁流に飲み込まれたら、それまでだ。
クロノスが、父と兄二人が戦死したことを聞いたのは、王立アカデミーの寮でのことだ。顔中、血まみれの伝令は、伝え終わると、その場で息を引き取った。
伝令が運んできた二本の剣は、確かに父の物だった。見間違えることなど、ありえない。
全身に震えがきた。
王を失った国家ほど弱いモノはない。すぐにでもセシスの騎馬兵たちが雪崩れ込んでくる。喪失感と恐怖で胸が張り裂けそうだ。
夢であって欲しい。この現実を受け入れるには、千年の年月がかかるだろう。
「この戦いが終わったら遠乗りに行こう。アラブの商人より手に入れた馬が三頭ある。一頭はお前にやろう。飛ぶように早く駆けるぞ」
出陣する朝、父は寄り道をして王立アカデミーを訪れた。
「それは楽しみです。約束ですよ。ご武運を!」
銀色に光り輝く甲冑に身を包んだ父の姿は、軍神のごとく無敵な存在に思えた。いつものようにケガひとつなく、帰ってくる。そう信じて疑わなかった。
馬をもらえることが待ち遠しく思ったくらいだ。
子供の頃、母が病気で亡くなった。
あのときは、さほど悲しいとは思わなかった。クロノスを生んだ二年後、母は病に倒れ、郊外の館で療養していた。以来、会った記憶もなく、顔さえよく覚えていない。
その母は、クロノスが5歳のとき亡くなった。盛大な国葬が執り行われたが、他人事のようにしか思えなかった。
それに比べると、父と兄二人の死は、あまりにも衝撃が大きい。これは自分にとってだけではなく、国家的な危機なのだと直感した。
事実を受け入れられず、心が悲鳴を上げていた。友人たちが心配して声をかけてくれるのだが、放心状態で言葉が出て来なかった。
すぐに迎えの馬車が来て、クロノスは王宮へと連れて来られた。
そのまま王宮の『黄金の間』で、急ごしらえの戴冠式が行われた。
大司教の手から王冠を頭に乗せられたとき、クロノスは不思議な感覚に陥った。魂だけが身体から離れ、広間の天井の辺りから、大司教の前に跪いた自分の姿を見下ろしている。
あの呆けたような顔で泣いているのは自分なのか。何と弱々しく、情けない表情をしているのだろう。この世で、最も王として似つかわしくない者のように思えた。
そうだった。自分は泣き虫だ。末っ子で甘やかされて育ったせいか、子供の頃は、よく泣いていた。飼っていたネコが死んだとき、半日も泣き続け、父に「男のくせに見苦しいぞ!」と叱られたこともあった。
成長するにつれ、もう泣くことなどないと信じていたが、涙は勝手に流れ出て来る。涙を流すことで、わずかながら悲しみが体から流れ出ていく気がした。
「よくお聞き下さい。国王がいない国家は、羊飼いのいない羊の群れと同じです。狼からすれば恰好の獲物となります。あなたが命令を発しないかぎり、軍は動けません!」
厳しい表情で、貴族のタフス卿が言った。
「何か悩み事があったら、タフスに相談するといい。この男は頼りになるぞ」
以前、父は、そう言って彼を紹介してくれた。
タフス卿は、元は遥か西方にあるトゥーラ王国の王党派の貴族だった。しかし、内乱が起き、反乱軍が勝利した。
身の危険を感じたタフスは、家族を連れ、ファナス王国へと逃れてきた。今でも、トゥーラ王国では、タフスは国賊として指名手配されたままだ。
頭脳明晰、外国の事情にも詳しい彼は、父に気に入られ、この国の貴族として迎え入れられた。前王の信頼も厚く、相談役の地位にまで上り詰めた。
父が死んだ今、クロノスにとって最も信頼できる貴族はタフスただ一人だ。
「今、この国に必要なのは強い王です。マローン公が、その座を狙っています。あなたが王位を継ぎ、それを阻止しなくてはなりません」
クロノスを新王にすることは、タフス卿と侍従長の二人が密かに計画したのだという。マローン公に気づかれない内に戴冠式を行い、クロノスの王位継承を確実なモノとするのが急務なのだと諭された。宮廷での政治的根回しは自分が行うので心配さならないよう、とも言われた。
「俺は貿易商になるつもりです。来月には新造船で出航します。そのために今まで一生懸命、勉強をしてきました。王になど、なるつもりはありません」
この5年間、王立アカデミーで経済、貿易、税務、歴史、数学、外国語、航海術、天文学などを学んできた。その知識を活かして、海外へと船出することを夢見ていた。
「諦めて下さい。あなたは、もうこの国の王です。外敵から国民を守ることこそ、あなたの使命なのです」
そう告げられ、クロノスは呆然とした。今まで必死に学んできたことが何の役にも立たない。貿易商になるための学科では、どれも優秀な成績を収めていた。だが、王になるための知識など誰も教えてくれなかったではないか。
父の戴冠式のときの絵が、この広間に飾られている。
父は16歳で即位した。自分より2つも若いときの姿だが、描かれた父の表情は晴れやかで、態度も堂々としている。王となるべく人物だと、誰もが認めたことだろう。
絵には、着飾った貴族や礼服に身を包んだ軍の将校も大勢描かれていた。祝いの席は三日三晩続き、国中が祝賀ムードに包まれたという。
「今、この国は存亡の危機にあります。貴族たちは自分の領地へと戻り、王宮には私しかいません。将軍たちは勝手に軍を動かそうとしていて、統率が取れない状況です」
父のときと比べて、自分の戴冠式は、あまりにも質素だ。出席者は、大司教、タフス卿、5名の王宮に仕える者たち、そして、戦死した二人の兄の妻たちと子供たちだけだ。
用意された宴の席には、戦時に兵士に配られる石のように固いパン、それにワインしかない。
広間の中央、クロノスたちがいる周りだけにローソクが灯されていた。まだ夕方だと言うのに、冬のこの時期、室内はやけに暗い。わずか8本のローソクでは、この広すぎる空間を照らすことは到底できない。本来、晴れやかなはずの戴冠式が、暗く陰鬱な雰囲気の中で執り行われていた。
自分はダマされているのかも知れない。タフス卿が言っていることは本当のことなのだろうか。
脳の機能が著しく低下していた。何も考えたくなかった。頭に浮かぶのは、セシスの騎馬兵たちがファナスの国民を虐殺している光景だ。
「西のライオンゲートに兵を集中させるよう命令を出して下さい。何としてもセシス軍の侵入を防がなければなりません」
そんな忠告をクロノスは上の空で聞いていた。
この先、自分はどうなるのだろう。
二カ月前、完成したばかりの大型船を見に行った。三本マストの帆船で、いかにも早そうに見えた。これなら世界の果てまで行けるだろう。もうすぐ海外へと船出するのか思うと、興奮して眠れないほどだった。
「今夜は、近衛兵団を西門へ移動させましょう。セシスの騎馬軍団に侵入されたら、この国は終わりです」
衣装部屋から侍従長が引っ張り出してきた礼服は、クロノスには小さすぎた。緑の地に金のモール。胸には、王家の紋章である火竜の姿が、銀糸で描いてあった。
手足が真っ直ぐ伸ばせないし、エリ元がきつくて、吐き気がする。
16歳の父が戴冠式で着た服を、まさか18歳の自分が着ることになろうとは。
クロノスは、自分の運命を呪った。
今の自分は無力で惨めだ。あの大型船で外洋に逃げれば、誰も追いかけては来ないだろう。いや、その前に、王である自分は、セシス軍に捕らえられて殺されてしまう。大勢の国民の前でなぶり殺しになるくらいなら、みずから命を断った方がマシだ。
どうあがいても、皆、死ぬのだろう。相手は強大な騎兵軍団を持つセシス王国だ。弱小なファナス王国では相手にもならない。
ならば、もう、どうでもいい。偉大な父と兄二人でさえ、命を落としたくらいだ。戦場に出たこともない弱虫の自分に、王など務まるわけがない。
頭が完全に思考を停止した。大司教が長々と祝辞を述べているが、何も理解できない。大司教の前に立ち尽くしたまま、一刻も早く、この場所から逃げ出したいと願った。
24金の王冠には7種類の宝石が嵌め込まれていていて、見た目よりも重い。普段、王冠は保管庫に厳重に仕舞われていて、クロノスでさえ、目にしたことはなかった。頭の王冠の重さだけが、これは夢ではなく現実だと告げているようだった。
そのとき、背後で子供の笑い声がした。振り向くと、二人の兄の妻たちが喪服姿で立っていた。ひとりは、男女の幼児を連れている。もうひとりは、赤ん坊を胸に抱いていた。
夫を失い絶望の淵にあるはずなのに、二人とも、しっかりと前を向き、気丈にもクロノスの戴冠式を見守ってくれていた。子供たちも、いつもと違う王宮の雰囲気に、はしゃいだ声を上げている。
脳が再び活動を始め、状況を確認している。
自分は、もう学生ではない。父と二人の兄を亡くした今、この国の王となったようだ。第三王子として生まれたからには、選択の余地などなく事実を受け入れるしかない。
王として自覚を持とう。もし、自分のせいで、この国が滅んでしまったら、死んだ父や兄二人に対して申し訳ないではないか。
王宮の隣にある教会の鐘が一斉に鳴り始めた。新しい王が誕生したことを国民に告げている。
一度死んだ自分が、今、生まれ変わった。逃げることしか考えていなかった弱い自分は、強い王へと生まれ変わり、戦うことを選んだ。
国民を守るために命を捧げよう。刻々と変化していく状況を見て、最良の判断を下す。それは商人も王も同じだ。国家的な危機に直面した今、王立アカデミーで身につけた知識だけで乗り切るしかない。
目を閉じ、深く息を吸い込んだ。息を吐くと共に、恐れや迷いが消えていく。
人は生まれながらの役者だ。誰にでも役が与えられ、短い人生で、その役を演じ切らなければならない。貿易商になることを望んでいたが、不運にも王という役が与えられた。少しずつだが力が湧いてきた。
台本が間に合わないまま、今、芝居の幕が上がる。
「ライオンゲート付近の住民を集めろ。夜の間、全員にたいまつを持たせれば、大軍に見せることができる。セシス軍に対抗するには、これしかない。それから、近衛兵団を西の国境に派遣しろ。今すぐにだ!」
父なら、たぶん、こんなセリフを言うはずだ。父を手本として王という役を演じればいい。
ちぢこまった背筋を伸ばし、胸を張って立つ。目線はまっすぐ前を向く。落ち着いた口調で話し、ゆっくりと堂々とした態度を取る。そうだ、父のマネをするだけでいい。
命令書にサインする手は、震えていない。いいぞ、何とか対処できている。自分は変わり始めている。強い王を演じようとしている。そう確信した。
「すぐに手配いたします!」
タフス卿が笑顔でうなずき、走り去った。
二人の兄の遺族の元へと向かった。
「心からお悔やみ申し上げます。兄二人は勇敢に戦い、この国のために尽くしてこられました。ファナスの国民は、王である私が命をかけてお守りいたします。どうか、ご心配なさらぬよう」
自分でも驚くほど落ち着いた声だった。
翌日の夕刻、国境付近に集結していたセシス軍が姿を消した。
ファナスの国民は胸をなで下ろした。つかの間の休息が訪れ、領地に戻って戦いの準備を整えていた貴族たちも王宮へと戻ってきた。クロノスも、王としての心構えを身につけてようと、タフス卿から教えを請うことにした。
だが、本当の国難は、その直後に訪れた。
遙か東方の騎馬民族であるレバーン帝国から4人の使者が訪れ、クロノスに面会を求めた。彼らは西側諸国の言語に訳された親書を携えていた。
親書による要求はふたつ。ファナス王国という名は残すが、レバーン帝国の支配下に入ること。そして、執政官を派遣するので、その命に従うこと。
つまり王としてのクロノスは、執政官の手先となり、国民を厳しく統治しなければならなくなる。
もうひとつは、ファナスが毎年、得ている通行税の半分を上納しろということだった。
親書の最後には、できれば兵を用いることなく、平和的な関係を構築したいともあった。脅しともとれる文面に、クロノスは即座に拒否することを選んだ。
西側諸国は、自由で文化的な社会を営んでいる。特にファナスでは、王でさえも法を遵守して政治を行い、国民にために、よりより国家を作ろうと努力している。
侵略によって他国を服属させるような国の支配下に入るなど、絶対に受け入れられない。
かといって、レバーン軍と戦って勝つことも不可能に思えた。もし戦いを挑み、敗れたら、国家は消え、国民の多くは殺されるか奴隷にされるだろう。
クロノスはレバーン帝国からの使者にねぎらいの言葉をかけて、鉄製の重い箱を持たせた。中には、クロノスからの親書が一枚入っているだけだ。言葉こそ丁寧だが、レバーンの提案は拒否する、攻撃してくれば全力で排除する、と書かれていた。
親書は、王立アカデミーの教授に頼んでレバーン語に翻訳してもらった。
兵士に、4人の使者を東のドラゴンゲートまで馬車で送らせた。親書を納めた箱に二本の木のサオを差し4人で担がせた。そして、ここから先はレバーン帝国までは徒歩で帰るように言った。
他国の使者は丁重にもてなす。それが文明国として最低限のルールだ。
ただし、彼らの靴だけは取り上げた。この先の道は荒れて岩だらけだ。靴なしでは、レバーンに戻るころには血まみれになるはずだ。今の時期だと凍傷になるかも知れない。大国に対する小国のささやかな嫌がらせだ。
「俺は戦う道を選んだ。この国の未来のためにな」
もし連中の言う通りにしたら、この先、子孫までもがレバーン帝国の臣下にされてしまう。兵士として駆り出され他国と戦うことになるだろう。それだけは絶対に受け入れられない。
「良い王になられましたな。このギロンも、お手伝いいたします」
ギロンが、親指で涙をぬぐった。
「頼りにしているぞ。戦術については、いろいろ教えて欲しい」
「何なりと。そうじゃ、おひとりで行動するのは危険です。私の息子二人を護衛に付けましょう。ロペとシアです」
「ロペか、懐かしい! 王宮にいた頃は、よく遊んだ。どうしている?」
嬉しさのあまり声が出た。
「士官学校に通っております。勉強はさっぱりなようですが、槍の腕前なら誰にも負けません」
そういえば、彼は背が高く力も強かった。父親譲りの槍の名手になったに違いない。
「シアというのは?」
「4年前、孤児院から養子にした子供です。ロペと同学年ですが、勉強も武術も、ずば抜けた成績です。戦術家として、きっとお役に立てるでしょう」
「そうか、では、よろしく頼む」
ロペが一緒だと心強い。王は孤独だ。何事も一人で決めなければならない。気が休まることがなく、話し相手が欲いと思っていたところだった。
「これからの戦いは、どのようになさる、おつもりですか?」
「地の利を活かした戦術を考えた」
ファナス王国の国土の7割は山岳地帯で、国民は言わば山岳民族だ。
対するレバーンは遊牧民族。騎馬兵による攻撃力ではかなわないが、山奥の狭い場所に誘い込み、歩兵と弓兵で個々に撃滅すれば勝機も出てくる。
「さらに、セシスの騎馬軍団がレバーン軍の補給を絶ち、持久戦に持ち込む。食料を確保できないかぎり冬を越せない。レバーン軍は、今いる場所から退却するしかないだろう」
ギロンは目を閉じ、腕組みしたまま考え込んでいる。
「正直に申し上げれば、セシス軍と手を結ぶことには抵抗があります。しかし、レバーン軍と戦うには、セシスの騎馬軍団は必要不可欠です。まさに最良の戦術だと思います」
ミリア王女と一緒に考えたことだと明かした。
「ほう、クロノス様が、それほど気に入られたとは、さぞかし美しい姫なのでしょうな」
心の中を見透かされたようで、少し動揺した。
「レバーン帝国を打ち破ったら、セシス国も手に入れたい。友好的な方法でな」
「逆になる場合もありますぞ。我が軍にとってミリア王女はまさに悪魔です。くれぐれも用心されますよう」
ニヤリとしながらギロンが言った。
守るべき人ができた。もちろん、兄二人の遺族、それに国民もだ。
戦う意味を見つけたとき、王は強くなれるのだと感じた。
クロノスは立ち上がった。
「すぐに支度にかかれ。忙しくなる」
(解説)
「ダメな例文」は、1行目からダメですよね。地の文に「城内は混乱の極みにあった」などと書いても、読者は、どんな状況なのかイメージできません。
具体的にどうなっているのか「描写」しましょう。
この話は、今のところ「三人称の単数視点」です。
ですが、翌月には敵であるレバーン帝国のラムジン王子の視点からも物語が語られます。つまり「三人称複数視点」となります。
人称とは
『一人称』と『三人称』があります。
さらに『三人称』には「単数視点」と「複数視点」があります。この講座の課題作は「三人称複数視点」で書くことになります。
『一人称』だと、主語は「私は」「俺は」「僕は」など、となります。
『三人称』だと、主語は「クロノスは」「ラムジンは」など。
視点を固定する
『三人称複数視点』の場合「クロノスは」と「ラムジンは」と、二人の視点から物語を語るようになります。この場合、同じ文章の固まりの中に、他人の視点があると、読者は混乱します。
そのため、どちからの視点で物語を語る場合、数行空けるか「クロノス #001 」「ラムジン #002 」などとして文章を区切るようにしましょう。
マンガやアニメなどは、絵があるので視点を固定する必要がありません。「神の視点」と言って、どんな場面でも、誰の視点からでも自由に描くことができます。
しかし、小説では視点を固定して描きます。たとえば、クロノスの視点での話だと、クロノスが見たり聞いたりしたことしか書くことができません。
本文の例だと、城の外にいるクロノスからは、城内の様子を直接、見ることはできません。そこで、城の中から言い争う声が聞こえてきた、としました。
主人公を魅力的に描こう
主人公のクロノスとは、どんな男なのか分かるようなエピソードも入れます。 ここでは、長年、敵対してきた隣国の王女と同盟を結んだと書きました。単独でセシス王国へと乗り込み、宿敵である王女と直接、話し合ったとあります。
この行動は、弱虫だった少年が、強い王へとなろうと決心した証でもあります。しかも、父や兄二人を殺した憎むべき王女に恋をしたようです。
この辺は「キャラを立てる」ことに力を入れましょう。主人公に魅力がないと、読者は感情移入できず、面白いとは感じません。
ミリア王女との対面の場面は、今回は出てきませんが、後の回でちゃんと書こうと思っています。
小説などは時系列に書く必要はありません。冒頭で何もかも説明してしまうと、先が読めてしまうので、読者はつまらないと感じてしまいます。情報は少しずつ出すようにしましょう。
こんな感じで、書き始めてみましょう。いい「書き出し」が書けたら、後は続けて書いていくだけです。
途中で、何度も書けなくなることがあると思います。そんなときは、他の小説を読んだり、映画やアニメを見たりして気分転換をしましょう。
そこから刺激を受けて、あらたな発想が生まれるかも知れません。とにかく、書き始めたら、最後まで書き終わることが大切です。
最初から満足のいく作品なんて書けるものではありません。2冊、3冊…20冊と書き上げていく内に「文章力」と「ストーリー力」も付いてきて、ようやく小説と呼べるような作品が書けるようになっていくことでしょう。
この講座は、一年間、続く予定です。まったくの初心者から上級者まで、人によってレベルが違うと思います。この講座を一年間学んだだけで『新人賞』を獲る人も出てくるでしょうし、もっと勉強を続けたいという人もいるでしょう。
とりあえず一年間、課題をこなしてみましょう。基礎さえ身に付ければ、自分のオリジナル作品も書けるようになるはずです。
それでは、頭の中に築いた王国の物語を小説にしてみましょう。あなたが王となって、最高に面白い小説を語って下さい。
次回は、敵であるラムジンの視点からも物語を語ります。
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