造血幹細胞再移植しました。
すっかりご無沙汰してしまいました。
ずっと週一で外来通院をしていましたが、9月28日に再入院しました。
残念ながら、再発したのです。
そして、今度は甥がドナーになってくれました。
私には3人の甥がいますが、
年齢的に可能なのがそのうちの2人であり、事前に検査をしてもらっていました。
2人とも小学生低学年の時に会って以来、住んでいるところが離れていることもあり
ずっと会えずにいました。(実家に親もいないのでお互い帰省することもなく、まったく会う機会がなかった)
事前にもしもの時はお願いしたい旨を伝えていましたが、母の葬儀の時に、直接会ってお願いすることができました。
今ではそれが母からの最後のギフトだったのだと思っています。
快く引き受けてくれた甥はすでに社会人であり、会社も4日ほど休みをとってもらうことになりました。
息子のときは、私の状態が不安定で日が決まらず、事前に「凍結保存」した造血幹細胞を使いましたが、今回はこれがラストチャンスなので採取したその日に使う予定通りの治療になりました。
10月16日から同種造血幹細胞移植に向けた「前処置」と呼ばれる本格的な治療が始まりました。
目的は2つ
・体に残っているがん細胞を減らすこと
・移植するドナーの幹細胞を生着させること
です。
具体的な内容は連日強い抗がん剤とウサギ血清製剤、全身放射線照射などです。
それらに伴う副作用予防のための吐き気止め、ステロイド、免疫抑制剤、アレルギー予防、放射線後の脳のむくみをとる薬、GVHD症状(移植したドナーリンパ球が、患者の諸臓器を攻撃することによって起こる免疫反応)予防の薬、抗生剤などありとあらゆる多量の薬剤です。(点滴、内服薬両方)
多くの副作用も全て事前に聞いていましたし、2回目なので全て経験済みでした。
確率的には2回目の方が成績が悪いとあらかじめ説明されています。(20%)
しかしリスクありでも、まだ可能性があるラストチャンスに賭けたわけですが、
毎日が想像以上に忍耐の日々でした。
幸いだったのは、甥の造血幹細胞が予想以上にたくさんとれたこと(多すぎて調整に時間がかかったほど)
そして予定通り、10月25日に移植を行い(手術ではなく、タイトル写真の輸血のような点滴です。)11月6日に無事に「生着」してくれました!!
あとは、この新しいドナー細胞が悪物ガンをどれだけ攻撃してくれるかです。
ここが運命の分かれ道になります。
私の体の反応は、前回よりもかなりのダメージがありました。
倦怠感が酷くて、これまでに経験したことない口渇で話すこともできない痛み、食欲不振、起き上がることさえ苦しいものでした。
それでも毎日汗をかくので、シャワーは欠かさず、頻度は減ったけど、口腔ケアは続けていました。
身体が寝ることを優先していて、以前の不眠がウソのように、腹痛で何度もトイレに起きるので、眠りは浅いけど起きられないので睡眠時間はなんとか確保できました。
感染症の悪循環だけには陥らないための最大限の努力をしました。
ほんとに「体力勝負」であることを体感しました。
生物学的には、私は役割を終えたと思っていましたが、
私が今死んだら一生懸命支えてくれた家族やこれまでずっと応援心配をしてくれた大切な友達を悲しませてしまう。
そしてこれまでの人生を振り返り、このままだとまだ人生の楽しみを存分に味わっていない自分が可哀想に思えてきました。笑
夫をはじめとする家族とは毎日グループLINEで報告をしました。
免疫力がないため、シャワー以外は個室から出られない制限がある私のために、夫も最大限に私を最優先して、仕事が終わってから遅い時間に特急を使って面会(洗濯)と差し入れにきてくれました。
今は抗がん剤と治療の影響による喉の痛みが残っていますが、それ以外の症状は少しずつ改善してきました。
ほとんど毎日採血とその結果で輸血(赤血球と血小板、最後に一度だけ血漿)を行い、白血球が増える薬を投与していただいたおかげで、徐々に活動できるぐらいの元気を取り戻しました。
肝臓の値が悪くなったり、その都度薬を調整してもらって、もちろん先生たちの適切な治療のおかげもあります。
血球が徐々に増えていき、安静度が病棟内フリーになり、自分で洗濯室までいき、コインランドリーが使えるようになりました。
これで夫の長距離移動負担がかなり軽減します。(交通費も)
(しかし今度は義母の調子が悪くなったと施設から連絡があり、夫が相変わらず多忙なのは変わりないのですが…)
私もステロイドの影響で筋力が落ちてまた痩せてしまったので、これ以上低下しないようにリハビリを頑張り、食事も痛みに耐えながら可能な限りの細かな努力をしました。
高カロリー輸液から普通の維持液になり、今はメインの点滴が生理食塩水です。(CVルートがつまらない目的で1日500mℓの24時間輸液ポンプです)
大切な免疫抑制剤も常に持続ポンプで入っています。
朝昼晩とかなりたくさん入っていた抗生剤は内服に変わりました。
そしてそれから2日後に安静度が病院内フリーになりました。
これは外来受診や院内のコンビニまで行けるということです。(もちろんまだ一般の人混みがない時間帯にですが)
「驚異的な速さである」とお世話になっているリハビリの2人やナースさん達に言われています。
毎日心から祈ってくれている仲間の力、パワーだと思っています。
そして、「今はまだこちらにきてはいけない」という祖母や両親の強いギフトであるとも感じています。
毎日目に見えない「守られている力」をとても感じます。
私も心配と不安しかなかった前回と違い、「好きなことしかしない生活」を心がけています。
このまま順調に回復することを信じています。
今日は4000歩以上歩くことができました。
(マスク二重にしています。笑)
昼は勝間塾の月例会にzoomでライブのリアル参加ができました。
時間内にワークや質問までできたことにも感謝です!
甥ドナーがとても頑張ってくれています。
命の恩人です。
それだけ悪い細胞を攻撃してくれていると思うと、痛みにも耐えられます。
本当にたくさんの応援をありがとうございました!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!🙏😊❣️☺️❣️🙏