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石灰岩のスクリーン(映画エッセー11)

映画監督を一人選び、そのフィルモグラフィーを全部見る。可能な限り発表されているもの全て、日本未公開があろうとも。2017年から大黒(だいこく)様と開始したつつましい趣味である。全作品を見終えたら互いのベストを記録として残し、映画の記憶をすり合わせて賞賛し合う。何日間か余韻を満喫し、次の監督を決めて同じことを繰り返す。監督のチョイスは自分、二十山文仁が担当した。
この楽しみは大黒様との子どもが産まれるまで5年ほど続いた。いつかの再開を夢見ながら、熱が冷めぬようにこれまでのベストの記録についてメモを残そうと考え、このエッセーで書き始めるようになった経緯がある。
最初の年に個人作成した映画のリストに、二人分のフランシス・フォード・コッポラベストが書かれていた。コッポラは二人の間で4人目に選んだ監督だった(2人目はロバート・ゼメキス、3人目はティム・バートン)。学生時代、信頼のおける映画学専攻の先輩に「勉強できない人から好き放題に言われがちな監督の一人だけど、コッポラは偉大な映画作家だよ。絶対に見尽くすべき」と全作鑑賞を勧められたことがあった。懐かしい。当時、ハワード・ホークスもろくに存じない平成生まれの平成映画好き公言者でしかなかった幼い自分でも、勉強できない人と誰かに烙印を押されるのはすげー嫌だと感じ、急ぎソフトを集めたことを覚えている。レンタルビデオ屋に置かれていない作品が多く、フィルモグラフィーの収集に苦労した最初の監督であったことも思い出される。ちなみに先輩は『ペギー・スーの結婚』を愛していた。


二十山文仁のフランシス・コッポラベスト5
1.ランブルフィッシュ(1983)
2.Virginia / ヴァージニア(2011)
3.タッカー(1988)
4.大人になれば…(1967)
5.地獄の黙示録(1979)


大黒様のフランシス・コッポラベスト5
1.ワン・フロム・ザ・ハート(1982)
2.地獄の黙示録
3.雨のなかの女(1969)
4.ゴッドファーザー PARTⅡ(1974)
5.コットンクラブ(1984)

初期作群鑑賞のためのハンティングはとにかく難航した。『グラマー西部を荒らす』は日本語字幕付きの上映を見ることが叶わなかったし、『大人になれば…』と『雨のなかの女』は日本ではVHSしか存在しない(『燃える惑星 大宇宙基地』や『ディメンシャ13』、『フィニアンの虹』は比較的手に入れやすいDVDがあるのに!)。この2本はコッポラ初期の傑作であり、二十山は今では大黒様と同じように『雨のなかの女』の方が好きだ(『テトロ』主演のヴィンセント・ギャロがDVDの特典映像収録のインタビューで『雨のなかの女』がお気に入りと答えている)。男性監督に撮れると信じがたい特異なエモーションが発露している稀有な一本。『大人になれば…』の見事な水落ちや図書館の床を這うカメラワークも忘れられないけれども。
『タッカー』は類稀なる傑作でもちろん今も大好きだが(この数年でBlu-rayがリリースされて喜ばしい限り、自分は渋谷か新宿のTSUTAYAでVHSをレンタルするしかなかった)、『ワン・フロム・ザ・ハート』に個人的な思い入れがあり、いまではベスト5に入れてしまう。フィルムセンターにて80年代のアメリカ映画特集があったときに、大黒様を連れてフィルム上映でこの作品を鑑賞したのだ。併映はサム・ライミの『キャプテン・スーパーマーケット』(最上のデートコースだ)。フィルムは明らかに劣化し、赤みがかかったスクリーンで見つめた『ワン・フロム・ザ・ハート』は言葉に出来ないほど繊細で美しく、かつ壮大なはりぼて感が一層力強さを増すという相反する力に満ちた光を放っていて、上映終了後に涙ぐんだ瞳を合わせて二人笑い合った思い出がある。今月末には4K修復版が特集上映されるとのことだ。ヒロインの落胆、悲しみに寄り添うように窓外の人工の斜陽が室内の色味をゆっくりと変えていくショット、印象が大きく変わるはずだ。ちなみに人工の真っ赤なショットに通ずる演出として、後年の「リップ・ヴァン・ウィンクル」も必見である。
大黒様はフランシス・コッポラが特に好きで、コポちゃんとはウマが合うんよとしばしば不気味な表現を用いる。初めてコッポラを見たのが幼い頃に見た『ジャック』、再会したはじめが一人で見た『地獄の黙示録・特別完全版』(ファイナル・カットよりも長いヴァージョン)とのことで、特に『地獄の黙示録』は大変な影響を受けたとよく話してくれる。200分を超える全編に渡りクエスチョンマークで頭がいっぱいになるのに、画面を眺めているうちに疲弊を超えて何故か全体が分かったような、繊細な理解が可能になったような、独特の勘違いと感慨深さに陥るらしい。プレイメイトのシーンが好きなんだよね、あと前線の兵士たちの応援にいったら自分たちがその兵士たちが何で戦ってるか全く分かんなくなってる夜のシーンで弾ける花火も好きだという。特別完全版を見た後、たまたま近所の劇場でオリジナル版が午前十時の映画祭でかかっていたようで、間を開けず数日後にすぐ見に行っていて驚貸されたことも思い出す。映画の魔力。自分は、最後の古代遺跡を模した血塗れの宮殿にボートが到着して以降、きつく絞ったねじの最後の回転を彷彿とさせる危ないドライブがかかる映画だと捉えている。冒頭から段々に引き伸ばされていた時間の感覚も、あの時点から加速的に消失へ向かうようなところがある。何が起きているか、編集のリズムから読み取れなくなっていくからか。仲間の生首が足下に投げ出されるショットでさえ朧げな輪郭に収まる。一人称の語りもなくなり、スクリーンに映る有象無象が渾然一体となる、どこか罪悪感のある希望に胸の高鳴りを覚える。コッポラの得意とする、本来は孤立する視覚上のイメージの強引かつクラフトな編集によるパッチワーク(『カンバセーション』、『アウトサイダー』、『ドラキュラ』に顕著か。『胡蝶の夢』が集大成かも)が、個別のショット内の合成技術を用いることなく映画内の時間に沿って緩慢に進められていく。このエッセンシャルな技術がコンパクトに、寒気がするほど控えめにまとめられた驚異的な作品が『Virginia / ヴァージニア』であり、後期にこれを撮ってしまうコッポラこそ、真に畏怖すべき作家であるように思える。そりゃあこの人は『(メガロポリス)』みたいな超絶大作を遺そうとするだろう。果たして無事に日本公開されるのか(されなかったら暴れる)。
個人的には、80年代のコッポラに何とも言えぬ良さを見出しており、とりわけ『ランブルフィッシュ』が大好きだが、90年代のアメリカ映画を代表する作品として『レインメーカー』もとにかく素晴らしい一本であることは書き添えておきたい。追伸、『キャプテンEO』は小1でディズニーランドで母と見たはずだ。もしかすると日本人が一番目にしたコッポラの作品はこれかもしれぬ。


追伸2
12〜3人目に見たジェームズ・ワンのベスト。ジェームズ・ワンの映画に登場する一軒家のぐるりと回れる開放された一階の不吉さには恐れ入る。何度見せられても飽きが来ない。


二十山文仁のジェームズ・ワンベスト3
1.インシディアス(2010)
2.デッド・サイレンス(2007) ※あの鳩時計死に!他で一生見られないと予想。
3.マリグナント 狂暴な悪夢(2021) ※女囚殺戮の大立ち回りに衝撃。あんなに一度に女性が無残なことになるシーンを初めて見た。オチは避けるがあの関節の見せ方はすごい。海沿いの病院の廃墟のルックに感服。


大黒様のジェームズ・ワンベスト3
1.インシディアス ※とんでもない場所まで連れて来られた、怖すぎると共通認識。一番怖い、が二人で一致した唯一のホラー。
2.マリグナント 狂暴な悪夢
3.死霊館(2013)


追伸3
一人で見通したポール・ヴァーホーヴェンベストのメモ。


二十山文仁のヴァーホーヴェンベスト5
1.グレート・ウォーリアーズ / 欲望の剣(1985) ※ペスト感染犬の肉を使った戦法に仰天。木に吊るされた遺骸の体液で育つ花の横で口付け。露悪の極み。
2.スターシップ・トゥルーパーズ(1997) ※潤沢な資金はこのように使い切るべし。歴史に残る大嘘右翼映画。
3.SPETTERS / スペッターズ(1980) ※悲惨な青春部門一位。
4.氷の微笑(1992)
5.娼婦ケティ(1975)


最新作『ベネデッタ』も長編デビュー作(らしい)『Wat Zien Ik?』も一貫している。どちらも解放された性の潔さに満ち溢れる活気的な作品。子どもの頃からテレビで見ていた『インビジブル』は何歳の時点で見ても印象が変わる。ハリウッド期だけでも劇場で見直したい。

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