小学校で同級生だった男の子と、わたしのこころの弱さについて
わたしは今アラフィフなのだけれど、先日、ある人のブログを読んで小学校のころに同じクラスだった男の子のことを思い出した。
その男の子(以下S君)は小児がんを患っていた。
わたしはその学校に5年生の時に転校して、S君は何かの行事がある時に登校してくるだけで(入院していて)、クラスの班でなにか発表するとき一度話をしたことがあったかなかったか、というくらいの関係だった。
抗がん剤で髪の毛は抜け落ちていたから登校する時は毛糸の帽子を被っていて、色が白くて小さな男の子だった。
クラスの中でS君と仲良くしていた子がいて、S君が登校しているときは何人かと笑いながら楽しそうに話をしている姿を見たことがあって、そういう姿をやけにはっきり覚えている。
6年生になって(5,6年生はクラス替えなし)、いつだったかは覚えていないのだけど、S君が亡くなった。
あのころ、先生や周りにいた子たちはS君が死ぬかもしれないということを知っていて、わたしはその小児がんが、死に至る病気であることをよくわかっていなかった。
クラス全員でお葬式に参列し、そのときのわたしはあまり感情がわかなかった。
仲良くしていた子などは泣きながらお別れの手紙を読んだりしていて、わたしは子供たちに配られたビニール袋の中にどんなお菓子が入っているのかを気にしていた。
今おもえば、わたしは死というものをどう受け止めたらいいのか分からなかったんだとおもう。
写真に写っているS君を見て、もう二度と会えないとは思はなかったし、6年生だったわたしはずいぶん幼稚だったのだとおもう。
わたしは小学校1年生のころ、人生の中でも大きな出来事といえることを2度経験した。
ひとつは、両親が離婚して母が家を出て行ってしまったときのこと。置き去りにされたとおもったのかどうだったのか、あまりよく覚えていないが、あとになって母から聞いた話では、タクシーに乗って小さな弟を連れて家を出ていく母たちを、泣くこともせずにただ見ていたそうだ。母はそのとき、母の姉と(おば)タクシーに乗っていたそうだが、おばは情が残ってしまうから、後ろを振り返ってはいけない、と言ったそうだ。振り返らなくたって残るだろう、振り返らなかったことをおばのせいにするなんて。。。とおもったとおもう。
その後、目の前で死のうとしている人を見た。父だった。
若気の至りからであっても、じぶんの浮気や母への暴力などが原因でもあったのに(浮気は若気の至りではなく、そのあとの人生もそれ三昧だった)母が出て行ったことに耐えられず、自殺未遂をはかった。時代劇ではないけれど、包丁で腹を切った姿を、わたしは小学校から帰宅したとき見てしまった。わたしが帰宅するのを待っていたかのようなタイミングで、父は切腹した。わたしに「ごめんな」と言いながら。
その時のことを思い出すと、じぶんがその瞬間何を感じていたのか思い出せないし(ある人が、それはつらすぎて感情が凍ったのでは、と言っていた)でも何か感情の入れ物みたいなものがあるのだとすれば、そのとき感じたことがその入れ物の中でなんだかわからないものとして今も重苦しく残っている。
もしかしたら、それが人の死というものや何かじぶんが直面した出来事をどう受け止めればいいのか分からなくしているのかもしれない、ともおもう。不安や怖れに取り込まれてしまう。要するにちょっとでもしんどいと逃げてしまう。
そのことが大人になってから人間関係やじぶん自身の人生に大きく影響していることに気づいて(死にたくなったり、誰とも関わりたくなくなったり)何度もその時のことを癒そう、乗り越えようと、いろんなカウンセリングやセッションを受け、癒しのセミナーやワークショップなどに行ってみたけど、感じることもできなかったし今もそこにある。蓋があるとするならそれが開かない。
わたしはS君のことを思い出したとき、じぶんがこころの弱い子供だったのだとおもった。わたしはS君と会う機会は数える程度だったけど、S君にどう接すればいいのかわからなかったし、いつも遠巻きに彼を見ていた。
S君が亡くなる前かあとかは覚えていないけど、たまに行っていた図書館で、障害を持った女の子がそのことを克服して強く生きている姿が描いかれている本を読んでいたことがあった。わたしはその重苦しく時間がとまったままの感情を抱えていることを、子供のころから何か障害を持っているかのように感じていて、その女の子にじぶんを重ねることで勇気や希望を持ちたかったのかもしれない。わずかでも強くなりたい、とおもったのかもしれない。
けして障害を持つ人への思いやりの気持ちで読んでいたわけではない、言い切ることもないけれど。
なぜ言い切ろうとするのか、この本を読んでいたとき、父が(母が再婚した義理の父)「お前はそういう本を読むのか、そういう気持ちをもっているんだな」と言われたことにたいして、わたしは特に反応することもなく、ただ父がわたしをそういう風に見てくれたのか、とこころのどこかで誇らしいような感覚がほんの少しわいたから。
わたしのこころはまだおとなになれていないかもしれない、感情はまだ幼稚なままだ。
それでも幸せでいたまえよ。