カミングアウト 〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その8】〜
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カミングアウトは点ではなく線である。
当事者からすれば初めてのカミングアウトは恐怖でしかない。
相手に気持ち悪いと思われるのではないか、今までのような関係性が保てないのではないか、、、様々な不安に押しつぶされそうになりながら、相手にいつどうやって伝えるか、何度も何度も頭の中でシミレーションを行い、その日を迎える。
かたや、カミングアウトを受ける側は寝耳に水、といったケースも少なくない。もちろん「なんとなくは気づいていたよ」と感じてくれているケースもあるが、そうとは限らないものである。
そのため、カミングアウトをする側は伝えることがゴールのように感じてしまうのだが、カミングアウトを受けた側はそこからがスタート。伝えたその場で両者が同じ温度感で理解し合うことのほうが難しい。セクシュアリティに限らず相手を真に「理解する」というのはそんなに簡単なことではない。
自分で自分を理解し受け入れるのにも時間がかかったように、カミングアウトする相手にも、理解するための時間や情報をしっかり共有することが何よりも大切だ。
特に親へのカミングアウトならなおさらだ。親子のカミングアウトほど難しいものはない。子どもからカミングアウトを受けた時、何故、親はその事実を受け入れられないケースが多いのか。
それは間違いなく、子どもへの愛情に他ならない。セクシュアルマイノリティである我が子自身を受け入れられないのではなく、それを受け入れてしまっては我が子が不幸になってしまうのではないかという不安。我が子を思うからこその条件反射みたいなものなのではないか。
ロールモデルの不在は当事者だけでなく、当事者の家族にとっても同じなのだ。LGBTであるということをオープンにしながら社会で活躍する大人が目に見えないと、子どもたちは自己肯定感が持てず、自分の明るい未来を思い描くことができない。同様に、親にとっても大事な我が子の幸せな将来が想像できないのだ。
今では僕の1番の理解者であるおかんも、最初に伝えたときは「頭がおかしいから病院に行きなさい」と、目も合わせてくれなかった。お互いの関係性がしっくりくるまでには15年以上かかった。
僕の場合は意を決してカミングアウトをする前にバレてしまったのが最初だった。忘れもしない中学2年生の冬、初めて付き合った彼女と裸で抱き合っていたところをおかんに見られてしまったのだ。。。突然ドアが開いた時のことは今でも忘れられない。永遠に感じられるほど長い一瞬。
「ガチャン」
そのまま無言でドアは閉められた。
LGBTとは関係なく、中学のときにそんな場面を親に見られたらめちゃ気まずいではないか。。。その日からおかんと僕の間には目に見えない分厚い壁のようなものができてしまったのだった。
それまであんなに優しかったおかんが目も合わせてくれない。業務的な言葉以外は交わせない。なんとも苦しい日々が続いた。
いつまでもこの状況は耐えられないと、僕は意を決して、一人夜にリビングでテレビを観ていたおかんに話しかけた。
「あの、、この前のことなんだけど、、、最近テレビでやってた性同一性障害って知ってる?自分はあれなんじゃないかと思うんだけど・・・」
「あなたは頭がおかしい。」
僕が言い終わる前に言葉を遮るように一言。視線はテレビを見つめたままだった。
「きっと女子校に入れたせいだわ。私がボーイッシュに育て過ぎたのが行けなかったのかしら、、、とにかく病院に行きなさい。」
返す言葉もなく、そのままどうやって自分の部屋に戻ったかは覚えていない。大好きなおかんに否定されたことはもちろん、それ以上におかんが自分自身を責めているようで苦しかったのを覚えている。
カミングアウトは「バトンを渡す」という言い方をする。それは誰にも言えない苦しみを、今度はカミングアウトした人に背負わせてしまうことになるからだ。
僕から受け取ってしまったバトンを誰にも渡せず、おかんが苦しんでいるのは明らかだった。一人で背負わせるのは申し訳ないと、今度はおとんにもカミングアウトした。
「性同一性障害って知ってる? 自分はたぶんそれだと思うんだよね。この前おかんにはバレちゃって、、、おかんが一人で悩んでると思うから、おとんとおかんでしっかり話してみて。でも、自分は何と言われても変われないから。」
それだけ伝えると、
「そうか、でもそれは病気でも何でもないよ。まだまだ大変なことがあるかもしれないけど、お前が好きなようにすればいいから。」
「!!??」
感動した。なんて理解のある親父なのだろうか。もうそれ以上に望む言葉はなく、「ありがとう。おかんのことだけよろしくね。」と短いカミングアウトを終えた。
それから約2年の月日が経った。生活に必要な会話はしていたが、僕のセクシュアリティに触れるような会話はお互い避けていた。そんなある日、突然おかんに話しかけられた。
「ちゃんとわかってあげられなくてごめんね。でもあなたがどうであれ、私の子どもに変わりはないから。」
僕の涙腺はその瞬間に決壊した。お互い「ごめんね、ごめんね」と抱き合い二人で泣いた。後から聞いてみたら、会話ができない期間もおかんなりにセクシュアリティに関する書籍を読んだり、いろいろ調べてくれていたらしいのだ。
以降、僕もオススメの本があれば手渡してみたりLGBTの友達を紹介したり。新宿二丁目で一緒に飲んだこともある。いろいろな手段を使って、少しずつ少しずつ、お互いの理解を深めてきた。
それからまた3年ほどの月日が経ち、僕は大学生になっていた。ある夜事件が起こる。おとんの理解があるように見えた発言は、実は全く理解していなかったからこその発言だったことが判明したのだ。「まぁ思春期の気の迷いだろう」くらいで本気に受け止めていたわけではなかったのだ。蓋を開けてみたら全く理解のなさすぎるおとん、、、僕のあの時の感動を返してくれ!わかってくれていると思っていただけにそのショックは大きく、そこから何度もなんども喧嘩を繰り返すことになる。
(この辺の細かい経緯は拙著『ダブルハッピネス』をご覧いただきたい)
このように両親や自分自身と向き合う中で、妙に腑に落ちる考え方へたどり着いた夜があった。それは、わからないことをわかろう、ということだ。
「何で親父はわかってくれないんだ!」という僕は、どれだけ親父のことをわかっているのか?
「社会はわかってくれない!」と嘆く僕は、どれだけ社会のことをわかっているのだろうか?
よく考えてみると、僕もわからないことだらけだった。これではお互いさまなのだ。殴ったら殴り返すではキリがない。だからせめて僕は「わからない」という親父や社会をわかってみようと、その時思ったのだった。
そう考え直してみると、セクシュアリティに関する正しい情報が共有されない世代で育ってきた親父世代が、僕たちのことをわからないというのも無理はない。ではどうすれば伝わるのか? あんな方法も、こんな方法もあるのではないか?
その思いついた一つひとつを、トライアンドエラーを繰り返しながら積み重ねた。
大学を卒業する前には、両親に否定されることはなくなった。その時付き合った彼女を家に連れてくればあたたかく迎えてくれた。しかし、いつも言われて苦しい言葉があった。
「あなたのことを否定するつもりはないわ。フミノが彼女を連れてくるのもわかる。でも、もしお姉ちゃんに彼氏ができたと言って、フミノみたいな子を連れてきたら、、、親としてはやっぱり受け入れられないと思う。だから、あなたの彼女にもご家族がいることはよく覚えておきなさいね。」
こう言うおかんの言葉が理解できないわけではない。確かにそれが現実だろう。でも、、、
やはり僕の存在は社会に受け入れられないものなのかと、苦しさや寂しさは消えることはなかった。
その言葉を言われなくなったのはいつからだろう? 確か僕が3年間の会社員生活を経て独立し、自分で店をはじめた30歳くらいからだ。セクシュアリティ関係なく、一社会人として働き、自活して、仲間やパートナーと楽しい毎日を過ごしている姿を見せ続けたことが大きかったのではないかと思う。(ちなみにトップ画像の家族写真は僕がちょうど30歳くらい。おかん還暦のお祝いにて。)
最初は受け入れられなかった僕の両親も、僕が社会に出て楽しく暮らす姿を見て安心してくれたのだろう。6年間その付き合いを反対されていた僕のパートナーのご両親も、どんなに反対しても僕たちが真摯に向き合い楽しく一緒にいる姿を見せ続けたことで、少しずつその不安が解消されたのではないかと思う。
カミングアウトは点ではなく線である。これからも僕のカミングアウトは続いていく。
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