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ハゲとナプキン編 〜小説「ヒゲとナプキン」に至るまで【その2】〜

     (全文無料公開)

男性ホルモンの注射を打ちはじめてちょうど10年が経った。最初の一本を打ったのは、当時たまに足を運んでいた新宿二丁目にあるオナベバーのマスターに紹介してもらった産婦人科だった。
どこにでもいそうなおっちゃん先生に副作用などの話を一通り説明してもらい、

「では毎回お尻の左右交互に打っていくから」

とお尻を出し、思っていたほどには痛くない注射をチクっと打って終了。これから自分が元に戻れるかもしれないというワクワク感と、まるで悪いことをしてしまったかのような罪悪感が入り乱れていた。

一本打ったからと言ってすぐに変化が出るわけではない。僕のような女性から男性に性を移行するトランスは、二週間に一度125mlか1ヶ月に一度250mlの男性ホルモンを投与するのが一般的だ。もちろん効き目が出る量も副作用も個人差があるので一概には言えない。僕は一気に大量を体に入れるよりは、小まめに体内に入れたほうが体の負担が少ないのではないかというなんとなくのイメージで125ml(料金はクリニックにもよるがだいたい一本2000円前後)を選んだ。
「なんとなく」というのはそもそもデータがないからだ。よく「ホルモン注射なんて体に悪いんじゃない?」と聞かれるけど、そもそも統計データがないから判断しようがない。「寿命が縮まるのでは?」なんて質問にも、嫌な体のまま長生きするより納得した短い人生のほうがいいと思ってしまっている僕は気にならない。

3本目を打つころには少し声がかすれ始めた。男性の思春期の声変わりとほぼ同じ状態だと思う。声がかすれたり、ひっくりかえったり、うまく声をコントロールできなくなり「どうしたの?風邪でもひいた?」とよく周りから聞かれていた。
生理が止まったのも同じ頃だった。幸か不幸か、それまでは毎月悲しいほどに規則正しくみっちり7日間訪れていた女性の象徴。カッコつけて人前に登壇しているときも、彼女とデートの日も、自分の体が男性ではないことを突きつけられ、作り笑顔の裏で死にそうだった。

男性用のパンツでは生理用品が付けられない、タンポンは苦痛すぎて耐えられない。結果女性用の一番シンプルな生理用パンツ(ふりふりとかが付いてないものをおかんに買ってきてもらうのもまた苦痛だった)を履いて、その上から男性用のパンツを履いていたから夏なんて蒸れすぎていつも肌がかぶれていた。それでも万が一にも女性用のパンツを履いていることがバレる恐怖と闘うくらいなら、肌がかぶれたほうがよっぽどマシだった。(ちなみに胸の膨らみを平らにするためにサラシを巻いたりテーピングを胸にぐるぐる巻きにしていたからいつも体のあちこちがかぶれていた)

我ながらよく耐え抜いたな、と今では当時の自分を褒めてあげたい。この定期的な苦痛から解放されたことでどれだけ心が解放されただろうか。

注射を打ち始めてから1年も経つと見た目にもだいぶ変化がおきていた。筋肉質になり、女性では肉のつきやすい顔やお尻まわりの肉が落ち、体毛もだいぶ濃くなっていた。声も落ち着いて、女子高生時代にカラオケで歌っていた曲は高すぎてキーが合わなくなった分、歌いたくても歌えなかった声の低い男性ボーカルの歌が歌えるようになっていた。

見た目が男性化していくことで周囲からの視線というストレスが減り、人としての自信を取り戻していった。自信がつくことで外見的にも無理なく男性化していくのがわかった。

性欲も変わった。注射を打つ前から女性が好きだったし性欲もあったが、セックスをしたいと思うのは好きな人だけだった。だからただ性欲だけを処理するための風俗や「嫁とセックスは別だよな」という男友達の日常会話に、「あんなに奥さんのこと大事だと言っておきながらそれは別っていのうはあまりにもひどいのではないか…」と会話にはついていけなかった。

しかし。。。

男性ホルモンを打ってみると、、、

なるほどですね、と。苦笑

細かくは書か(け)ないが、両者を経験した僕がひとつだけ言えることは「男女はわかりあえない」ということだ。笑 まったく違う土俵で話をしているので、そもそも剣が交わらない、戦えるわけがないのだ。わかりあうということを目標にするのはお互いにとってあまりにも酷なのではないか。わかりあえないのを前提に、わからないことを楽しむくらいの関係性が一番うまくいくのではないかと僕は思っている。(注:もちろんこれは僕が感じたことで、すべての男性やトランス男性を代弁するつもりも正当化するつもりもありませんので悪しからずww)

巡り巡って、最近では我ながら面白い人生を生きているなと感じている。もうもはやただのおっさんにしか見えないのに、うっかり注射を打ち忘れると未だに生理がきてしまう。「ヒゲとナプキン」主人公のイツキのように、彼女からナプキンを借りるのはリアルな体験談だ。最初は彼女に借りるなんて絶対ありえないと思っていたが、あまりにも忙しい日々が続き立て続けに借りることがあってからは、何も言わなくてもいつも多めに置いておいてくれるようになった。(こんな僕と8年も共にいてくれる彼女には感謝しかない)

こんなことは二度と繰り返さぬようと、生理がきてしまわないためにしっかりペースで注射を打っていたら今度は抜け毛がひどくなり、今はもっぱら薄毛が不安である。。。(ちなみに最近ではおとんに紹介してもらった頭皮クリニックに通い、なんとかギリギリ保っている)(ちなみにちなみに頭皮の回復以上に最近では胸毛やヒゲが濃くなった。そこじゃないんだけどなぁ、、、もはや何がなんだかよくわからない)

最近では腰痛もひどく、鼻毛に白髪が混ざってきた37歳。セーラー服を着ていた女子高生時代には全く想像もつかなかった人生だ。ありきたりだが人生は何が起こるか本当にわからない。

(トップ画像は左がちょうど注射1本目を打った直後、右が最近の僕)

小説「ヒゲとナプキン」 #1  https://note.mu/h_ototake/n/nd428808e05bd
小説「ヒゲとナプキン」 #2 https://note.mu/h_ototake/n/ne593fea2f70b
小説「ヒゲとナプキン」 #3 https://note.mu/h_ototake/n/n631beab438e5



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