パレード2019

web連載小説『ヒゲとナプキン』を終えて

その訃報を知ったのは、僕が本を出してから3年たった頃だった。連日の仕事に疲れ果てて夜中に帰宅し、いつも通りメールボックスを開くとSのお母さんからメールが届いていた。
福岡で出会ったSは、元自衛官。僕の本を読んで勇気をもらったと、一度でいいから会って話をしたいと連絡をもらい、福岡まで会いにいったことがある。
Sに限らず、僕は本の出版後にメッセージをくれた当事者に会うため、2ヶ月間かけて日本全国を旅したのだった。
博多で一緒にご飯を食べながら半日ほど時間を共にしたS。仕事のこと、家族のこと、カミングアウトのこと、お互いのいろいろな話をした。
「性同一性障害でもこんなに楽しそうに生きているフミノくんを見て勇気をもらいました!」
と、少し照れ笑いをしながら元気に別れた彼は、その一年後に海辺近くの車内で練炭自殺をしたとのことだった。遺品を調べていたら僕の名前とアドレスがあったとメールをくれたSのお母様。
「うちの子は何にそんなに悩んでいたのでしょうか?」
まさかカミングアウト後の親との関係に悩み苦しんでいたとは、伝える気にもなれなかった。


「僕もフミノくんみたいにいつか本を出したいんです!」
と、書きかけの原稿を持ってきてくれたIは、モンチッチのような髪型が印象的な愛嬌のある子だった。たった一冊の本を書いたくらいで僕に偉そうなことが言えるわけでもない。Iの想いの丈を綴った書きかけの原稿を読み、特にアドバイスをするわけでもなく、また続きができたら読ませてほしいとだけ伝えた。笑顔でうなずく彼の手首には既に無数の傷があり、なんとか頑張って生きぬいて欲しいと願ったが、それを最後に二度と会うことはなかった。オーバードーズだったらしい。まだ20代に突入したばかりだったと思う。悔しくて涙も出なかった。


LGBTQに限らず、誰もが自分らしく暮らし、働き、遊び、集えるような場所を作りたいと神宮前にirodoriというお店をオープンしたときのこと。一人でも多くの方に足を運んでもらうため、そして一人でも多くの方にLGBTの存在を身近に感じてもらうため、オープン直前まで寝ずに準備を続けていた。メニュー考案の試食会をしていると、知らない番号から着信があった。店舗関連の連絡かと思いすぐに携帯を取ると、函館からの電話だった。今日はKが亡くなってから半年経った月命日だという。改めて遺品を見返していたら、僕の名前と番号を見つけたとKのお母さんからの電話だった。母と子の二人暮らし、シンガーソングライターを目指していたK。
「僕もフミノくんみたいに仲間を集めていろんなことに挑戦してみたいんです!」
彼の言葉には沢山の夢がつまっていた。函館の飲み屋横丁で、彼のギターを聞きながら、お母さんも一緒に楽しく飲み歌い、家にまで泊めてもらった。東京に戻ってからも何度か電話をもらったが、最後に話したのはいつだか思い出せない。辛い、苦しい、助けて、死にたい、、、そんな全国からの止まない相談に対応しきれず、あの時の僕は少し疲れていた。着信に折り返せない時もあった。あの時僕が折り返していれば、、、何度考えたところでKはもう戻ってこない。

僕がパレードの先頭を歩くとき考えているのは彼らのことである。パレードだけではない。昨今ではLGBTQに関する話題が連日ニュースになり、企業や行政の取り組みも活発になってきた。これまで不安だらけだった当事者も、社会の変化と共に少しずつ本来の自分を取り戻し、今やパレードの会場は無数の温かい笑顔で溢れている。活動が評価され、華やかな場所に登壇する機会も増えてきたが、その場が華やかなら華やかになるほど、彼らのことを強く思う。

ほら見てよ、
この景色を一緒に見たかったんだよ、
なんでいないんだよ、、、
みんなと一緒に見たかったんだよ、、、

もうこれ以上、死なないでほしい。
その想いだけでこれまで走ってきた。

小説『ヒゲとナプキン』は、この悲しい現実を終わらせるために作られた。
社会は変わりつつあるが、まだまだ課題は山積みだ。
セクシュアル・マイノリティが弱いから自殺をしてしまうのか、それともマイノリティが自殺してしまうほどプレッシャーをかけ続け、それに未だ気づかないマジョリティの課題なのか。「知らなかった」では済まされない、社会の責任だ。

この負の連鎖を終わらせるためにも、当事者のリアルを知ってもらいたい。そんな思いから全てのエピソードを実話に基づいて描いた。しかも一人の体験談ではない。僕がこれまでに出会い、話を聞いてきた数千人の当事者のストーリーが凝縮されている。その全てのシーンに思い浮かぶ顔がある。毎週の更新は楽しみであると同時に、苦しかったあの頃がリアルに蘇る、非常にしんどい時間となった。

もうこれ以上イツキを苦しめてくれるなと願いながら、イツキをもっと苦しめてくれ、と何度も乙武さんに依頼した。当事者の苦しさはそんな簡単ではない。そんなにシンプルではないのだと。その度に乙武さんは何度も何度も、粘り強く原稿を修正してくれた。最終的に出来上がった原稿は、「どうしてそこまで気持ちがわかるのだろう?」と不思議になるくらい、当事者に寄り添った、いや、むしろ当事者でも気づききれない心の底までを表現してくれた。希望も絶望も描き切ってくれた。

そして、トランスジェンダーがパートナーと子どもをもつ過程や周囲との葛藤を描くことで、このストーリーはLGBTQを超え、家族とは何か? を、問うまでの作品となった。

「かあさん、私たちはいったい何を守ろうとしてるんだろうね。」

イツキのパートナーであるサトカの父の言葉が印象的だ。そう、僕たちは一体何を守ろうとしているのか? 何を守るべきなのか? 
個人のライフスタイルの多様化と共に、家族のあり方も多様化している。そんな中、伝統的な家族感を守るためという理由で、夫婦別姓や婚姻平等に反対するその先に、一体どんな未来を守りたいというのだろうか?

従来の価値観の押し付けに息苦しさを感じているのはLGBTQだけではないだろう。この作品には、そんな息苦しさの中に新しい風を吹き込む、たくさんのヒントと希望も詰め込んだ。

「希望のない人生は生きるに値しない」とは偉大なゲイの活動家であるハービィ・ミルクの言葉だ。そう、生きるには希望が必要だ。

この作品を、二度と会うことのない多くの仲間たちに捧げたい。
そしてLGBTQに限らず、あなたとあなたの大切な人の未来のために、一人でも多くの方に読んでもらいたいと切に願う。


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