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【おふとんな日々Vol.56】「手放し」の道のり

こんばんは。fumiです。
本日2月28日(水)の「おふとんな日々」第56回は、前回に引き続き「『手放し』の道のり」というテーマでお送りします!

春のような天気ですが、風はまだまだ冷たいですね。
来週は3月ですし、家庭菜園計画を始動させたい今日この頃です。旬香さんの昨年の家庭菜園がとてもおもしろそうだったので、私も今年は本格的にベランダ栽培をやってみようと思っています!


モノを処分して気づいた、本当に欲しかったモノ

実はこのテーマ、私の方からぜひいろいろ聞きたい!と持ちかけたものです。

前回のnoteでは触れられていませんでしたが、旬香さんから聞いたところによると、なんとあの「ア◯クサ」を処分したらしいのです。

私は使ったことがないのですが、周囲の友人たちは「あると便利だよ〜」と口を揃えて言う、例のアレ。人によっては必需品レベルで活用しているものだと思っていました。

「アレ◯サ」を処分するなんて、なかなか勇気がいるのではないか?なにがあったんだ!?というところからこのテーマは始まりました。


そして、私にさらなる一撃が。
友人から勧められた「ぼくたちに、もうモノは必要ない。(佐々木典士)」です。

この本によると、“人々がモノを持ちたい理由は、「自分の価値を人に伝えたいから」”とのこと。「自分は価値のある存在ですよ」と可視化し、人々に伝えるためにモノを増やすのだそう。


そういえば、約2年前に大事にしていたライダースを手放したnoteを書いていました。このライダースはまさに「自分の価値を伝えるための服」でした。

周りに弱い自分をさらけ出すのが嫌だったから、人の目を気にせず自立した存在でありたかったから、自信を持ちたくて気張って着ていた1着。

今は本当に手放してよかったと思っています。モノがなくても生きていけるという安心は、お金を出しても買えないもの。私が欲しかったのは、気張らなくてもそのままの自分で生きていけるという、ゆらがない自信と安心だったのかもしれません。

2年前のピークに比べると手放す勢いは落ち着いてきましたが、収集癖があるので、お店のショップカード、イベントのチラシ、文具が特に溜まりがちです。

なるべくモノを持ち込まない!もらわない!を徹底する。加えて、定期的に「これは今の私に必要あるモノなのか?」と考えて、手放しを続けています。


最近手放したモノ、あれこれ

ここからは、私が最近手放したモノをご紹介します!
部屋が狭いので余白を作りたくて、1年以上使っていないモノを中心に処分をしていました。

食器

もらいもののお皿を全部処分しました。

引き出物でお皿をいただくときってだいたい複数枚(下手すると5〜6枚も!)なのですが、一人暮らしでローテーションして使うこともなく、デザインも形も凝ったものが多くて使いにくくて。

しかも、重ねて収納しているものだから、下のお皿が取れなくてストレスMAXでした。

思い切ってお気に入りのお皿以外を処分したら、管理が楽になりました。私の場合は、大皿×3、どんぶり×大小各1、お茶碗×1、お椀×1、蕎麦ちょこ×1まで減らすことに成功。食器を置いているキッチンワゴンに余白ができて嬉しい。

お猪口やグラスはスティックサラダ、おつまみ、飲み物など使い道が多いので多めに残しています。多用途に使えるお皿・グラスを残すのが処分のコツです。

編み針

高校生のとき、突如ハマり始め、ときどき思い出しては趣味としてやっていた編み物。しかし、何年経ってもうまくはならないし、スピーディにもならない。目を数えるのは間違える。

上達の兆しが見えず、自分の編みたいものはきっと一生編めない気がする。そう悟り、しばらく編み物から遠ざかっていました。

数年使わなかったので、思い切って編み針も処分!
編み針を立てていた花瓶は、カトラリースタンドとして第二の人生を始めています。

CD

CDもたくさんと言うほどではないですが、数十枚は所持していました。CDを再生する機会がほぼないので、こちらも処分。
あんまりサブスクにお世話になっていない私ですが、音楽だけはサブスクがあってよかったと思っています。


それでも私のiTunesには1000曲以上の楽曲が眠っています。

ハロプロはサブスク配信していないので、おのずと購入することになるんですよね。配信していないサザンオールスターズの幻のアルバム、TAK MATSUMOTOのカバーアルバムなど、手に入らない音源もあって、iTunesのデータはなかなか整理できそうにありません。

コスメ

旬香さんと同じく、私もコスメをミニマル化しました。

目元はもともと主張が強めなので、普段、あまり濃いメイクをしません。そのぶんリップでメイクしました感を出しています。だから、リップが増えがちなんです。

ちふれとアディクションのリップは、さようならしました。どちらもお気に入り中のお気に入りでしたが、今の私には少しキツイ感じだった。

服もそうですが、年齢を重ねていくと顔つきも変化していくので、お気に入りでも似合わなくなってくるんだな、と学習しました。過去の栄光?にすがらずアップデートして、今の自分の最適解を見つけたいです!


きちんと測れ!

旬香さんも前回のnoteで書いていましたが、処分しなくていいように慎重な買い物をするのがベストなんですよね。

捨てるのが大変な大物家具は買わなくなったし慎重に買い物をするようになりました。

【おふとんな日々Vol.55】「手放し」の道のり 旬香さんのことば

私もここ数年、大型家具を手放してきましたが、大型家具をバンバン購入したころの私に言いたい。

「サイズ感をきちんと測れ!シュミレーションしろ!」

購入するときにサイズ感を測ってはいるんですが、実際に部屋に入れてみると予想以上に大きいと感じる…。測ってみて「少し小さいかな?」と思うくらいのサイズがちょうどいいのだと思います。これも経験。

とはいえ、8万円した家具をメルカリで2万円で売ったときの悲しみよ。手間もかかるし、運ぶのも辛いし、もうあんな悲しい思いはしたくないので、旬香さんのことばに大・大・大共感です!


整っていないと落ち着かない自分を許す

冒頭で「気張らなくても生きていける、ゆるがない安心が欲しかった」と言っておいて矛盾したようなことを言いますが、いろんなモノを手放してから「きちんと整っていないと落ち着かない自分」を許すことができたかもしれません。

「もうちょっと気を緩めてもいいのに」「あんまりキチキチしないで、少しくらい汚くたって死なないから、家事は後回しでもいいでしょ」と周囲からかけられた言葉。

真面目なんだからもっとのんびりしないと、全力出さないで体力調整しないと。学生時代に体調を崩してから、ずっとそんな意識で生きてきました。でも、本当は片付いていないこともストレスで、部屋のひとつひとつが整然としてないと落ち着かないのでした。

モノを手放して1番よかったのは意識の変化。
部屋が整って「別にのんびりしなくてもいいし、真面目でもまあいっか」と今の自分を認められました。


そして、手放しをきっかけに毎朝5分の掃除を始めてみました。

昔、母が祖母のことを「毎日朝から掃除しててうるさいんだよね」と貶す姿が脳裏に残っていました。今考えると祖母は何も悪くないし、むしろ習慣化していてすごいと思うのですが、なんとなく朝の掃除は避けていました。無意識に、自分も同じように貶されると思っていたのだと思います。

でも、部屋はいつも整えていたい。長年の呪縛を破って掃除を始めたら、ものすごく気持ちがいい!手放しから、いい循環が生まれてきています。

そうそう、旬香さんが副交感神経を呼び起こすことについてお話ししていましたが、私の場合は、黙々とほうきで掃除をする時間が癒されます。(副交感神経とは関係ないかも)食材のみじん切りに集中している時間、お風呂時間ものんびり時間のスイッチです。

次回は、旬香さんの「のぞき見ライフスタイル」です。ぜひまたいろんなお話を聞かせてください!


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fumi
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