2023年NHK杯の宇野昌磨――旅路のようなフリープログラム
Inside Skating より
(For the original article, click the link above. Translated with a permission from Ms. Tone)

これは彼の旅路だ、そう感じた。きっと多くの人が同じように感じたことだろう。宇野昌磨が、人生をたどる旅に乗り出すと。プログラム冒頭の数秒で何かが始まり、扉がひらく――そして、この旅を豊かなものにしようという決意がのぞく。
このプログラムに自分のすべてをぶつけよう、と。
フロレンティーナ・ツォネ (ないとうふみこ訳)
演技を見終えた瞬間、言葉があふれ出て、思わず知らずこの記事を書いていた。
宇野昌磨のフリープログラムは、静寂であり、美であり、スケートの神髄だ。
ひとつひとつの動きをていねいに演じ、やがては動きと一体になる。その過程がわたしたちを魅了する。
まるで息を吸って吐くように、軽やかで、美しく、おだやかなプログラム――いつもそばにいる、忠実な友のような。
とても、すばらしい。
いまだに感動が冷めない。このフリーに昌磨がきざんだ内なるリズムといったら――。そのリズムをもたらすのは「タイムラプス」と「シュピーゲル・イム・シュピーゲル」というふたつの名曲。コーチのステファン・ランビエールが、明確な意味と目的を持って選曲したものだ。
「タイムラプス」は?
宇野昌磨は何年にもわたり世界の舞台で、感性豊かな魔法のオーラをまといながら、音楽に身をゆだねきる演技を見せてきた。このパートはそうした日々をえがいているように思える。
「シュピーゲル・イム・シュピーゲル」は?
文字どおりに訳せば、「鏡のなかの鏡」。「強い印象を残す曲」と批評家が評し、たしかにそう思える曲だ。向かい合わせに置いた鏡のかぎりない列のなかに、近く、遠く、映しだされる人生の肖像。豊かなスケート人生のあらゆる局面、あらゆる形、あらゆる浮き沈みを映してくれる拡大鏡。
あなたは気づいていないかもしれないし、数えていない、あるいは考えてもいないかもしれないけれど、宇野昌磨は10年以上も前からずっと国際舞台で活躍している。はじまりは2012年のインスブルック・ユース五輪だった。
この大会で、昌磨は将来のコーチであるステファン・ランビエールの心をうばった。ランビエールはのちにインサイド・スケーティングのインタビューでつぎのように語っている。
「初めて昌磨に出会ったのはたしか2012年のインスブルック・ユース五輪でした。たぶん14歳かそこらだったと思いますが、10歳ぐらいに見えました(微笑)。9歳か10歳ぐらいに(さらなる微笑)。
とっても、とっても、とってもかわいかった。
英語はぜんぜんできませんでしたが、ぼくがアスリート代表として登壇したカンファレンスにも来ていました。今でもおぼえているのは、昌磨が、当時すでに、スケートをすると魔法のような雰囲気をかもしだしていたということ。本人はまったく気づいていませんでしたが。
彼の演技には何かがあります。言葉では言い表せない何かが立ちあがってくるのです……」
2年後、16歳になった宇野昌磨は、ブルガリアのソフィアでおこなわれた2014年世界ジュニア選手権で、早くも多くのファンを獲得する。ショートプログラムの「ブレスト・スピリッツ」が人々を魅了したのだ。
なんなら、これが旅路のはじまりと考えてもいい。
翌シーズン、2014年の12月には、ジュニアグランプリファイナルで優勝。年が明けて2015年3月、エストニアのタリンで開催された世界ジュニア選手権でも優勝を勝ちとる。翌シーズンはシニアに上がり、2015年12月には早くもシニアのグランプリファイナル(バルセロナ)に参戦。緑のコスチュームに身を包んで演じた、若々しく鮮烈な「トゥーランドット」は、神話性すら帯びていた。
スタンドのだれもが驚きに目を見はり、喜びをあらわにしていた。そのなかには、関係者席で試合を観戦していたフィギュア界のスターもいた。
ケイトリン・ウィーバーが膝に手を置いて、吸いこまれるように昌磨のトゥーランドットに見入っていた姿は忘れられない。演技が終わった瞬間、はじかれたように立ちあがり、歓声を上げながらスタンディングオベーションをしていた。
宇野昌磨はこんなふうにしてシニアの舞台に登場したのだ。目の前の扉が大きくひらかれ、人々も両手を大きくひろげて出むかえた。
それ以来、扉はとじることなく、また人々も、毎シーズン、この卓越したスケーターを大切にむかえてきた。
ふたたびコーチの言葉を引こう。「宇野昌磨は今日から(2022年グランプリファイナル優勝時)トップスケーターになったわけではありません。もうずっと以前からトップスケーターですよ。そして今も変わらずトップにいて、少しも揺らぐことなく猛練習をかさねています。フィギュアスケート史上最高の選手のひとりだと思っています」
ちょっと聞いてみて、というか、読んでみてほしい。
現在25歳の宇野昌磨は、オリンピックのメダルを3個獲得している(平昌五輪銀メダル、北京五輪銅メダルおよび団体銅メダル)。世界選手権では優勝2回(2022年、2023年)、準優勝2回(2017年、2018年)。2019年には四大陸選手権でも優勝を果たした(2017年銅メダル、2018年銀メダル)。2022年にはグランプリファイナルで初優勝(ほかにファイナルでは銀メダル2個、銅メダル2個)。グランプリシリーズでは14個のメダル持ちだ(金メダル8、銀メダル6)。さらに2017年アジア冬季競技大会で優勝。全日本選手権でも5度の優勝を果たしている(2016~2019年、2022年)。ジュニア時代には2015年の世界ジュニアと2014年のジュニアグランプリファイナルで優勝し、2012年のユースオリンピックでは銀メダルを獲得している。
これらを念頭に置いて、もう一度、先日大阪でおこなわれたNHK杯のフリープログラムを見てみるのはどうだろう。
もっとも、もう何度も見かえして、脳裏にきざみこまれているかもしれないけれど。
ひとことでいうなら、それは、スケート人生を凝縮したプログラムだ。
でもそれ以上に、このプログラムには、宇野昌磨の独特な音楽性が詰まっていて、それがフルに発揮されている。
昌磨はゆったりと間をとり、時間を使う。自分を解き放ち、音楽を呼吸する。
そしてあのスプレッドイーグルの時間――上げた両手をゆっくりと優美におろしていって、時がたたずむあのひととき――は、わたしたちの心に永遠に生きつづける。
[男子フリーのレポートではありません。感情のおもむくままに書きつらねた記録ですので、どうぞあしからず――あるいは、ただ流してください]
――フロレンティーナ・ツォネ
〈写真とリンクは元記事でごらんください――ないとう〉