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「Today’s Your Butterfly」作品解説

一見すると、カラフルな蝶の整列。だが近寄ると、星座と日付が書いたラベルが貼られていることに気がつく。
そうすると「今日の、自分の蝶」を探してしまうのではないか、という試みでもある。

作品の一部分

概要

2023年3月16日~3月21日の6日間、吉祥寺美術館 市民ギャラリーで開催された「ムサ通の会 アート&デザイン展2022」に出展した作品である。
星占いのルールと、星占いに使用される惑星配置の数値データに基づいて蝶のグラフィックを作成する。それを紙出力し、樹脂粘土で作った胴体と接合した蝶を標本のように並べた。

惑星配置のデータは、Webサイトのastro seekを参照し、展示期間の6日間分、各日の0時(東京)の数値を用いている。

惑星配置、星占いのルールとは

星占いでは太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星・天王星・海王星・冥王星の10個の星(月は衛星であり、冥王星は2006年に惑星から準惑星に変更になったが、星占いでは惑星として扱う)が、黄道十二宮(おひつじ座~うお座)のどこに位置しているのかによって意味を読み解く。

惑星の位置は観測に基づいて算出される。
また、12星座は4つのエレメント(火・地・風・水)、3つのモード(活動・不動・柔軟)、2つのポラリティ(ポジティブ・ネガティブ)に分けられ、12星座それぞれが違うエレメント・モード・ポラリティの組み合わせになる。

12星座のエレメント・モード・ポラリティの組み合わせ

日々の占いでは、自分の星座を第1ハウスとして黄道十二宮を順に第12ハウスまで割り当てる。
(例えば月がおうし座に位置する場合、おひつじ座の人には月が第2ハウスにあることになり、おうし座の人にには第1ハウスにあたる。)各ハウスに「財産」や「人間関係」など、それぞれ意味付けがあり、これも「金運」や「恋愛運」などのデイリー占いの結果を出力する際に用いられることもある。(解釈は様々なので、占い記事の書き手によって内容が異なる)
他にも惑星同士の角度を見る「アスペクト」など様々なルールがあるが、ここでは割愛する。

なぜ蝶なのか

当初は抽象的なグラフィックや、曲線で構成した魚なども試作(失敗)していた。一方で淡々と分類して並べる「標本」というアイデアは最初からあった。グラフィックとしても表現しやすく、形もバリエーションを持たせることができ、何より「標本」であるということがわかりやすいモチーフとして蝶に行き着いた。

試作たち

蝶の形のバリエーションと決め方

ベースとなる形はエレメント(火・地・風・水) に基づいた4パターン。蝶の図鑑を参考に、エレメントのイメージを織り交ぜてデザインした。

エレメントごとベースの形

さらに、アゲハチョウのように「尾状突起」という突起を後翅(下の翅)にもつ蝶や、モンシロチョウのように突起がない種がある。星占いにおける3つの「モード」をこの尾状突起で表した。不動星座は尾状突起なし、柔軟星座は短い尾状突起があり、活動星座は尾状突起を長くした。
活動星座→不動星座→柔軟星座の順に12星座に割り当てられている。

モードごとの尾状突起

蝶の模様のルール

蝶の模様は、星占いで作成するホロスコープのルールに基づいて、12のハウスの位置を決めている。

蝶の翅の形に合わせたハウスの位置の設定

惑星が位置するハウスおよび角度を計算したcsvを作成し、processingというプログラミングツールを用いてビジュアルを出力する。
中心部に最も近い部分が太陽、次いで月、水星、金星…と星占いの伝統に基づく配置にしている(そのため実際の太陽系惑星の順序とは多少異なる)

色はHSB(色相・彩度・明度)で指定している。
長くなるので詳しくは省略するが、惑星の角度に基づいてHとSとBの数値がそれぞれ算出する。そのため、1日間で少し移動する(公転する)月・水星・金星などは色に変化がつきやすく、逆にほとんど動かない海王星や冥王星は変化が少ない。
星座によって、惑星の影響力の差異がある。その星座にとって影響力の大きな惑星は、色の面積が大きくなるようにプログラムしている。

斑点の色はポラリティでポジティブならば白、ネガティブならば黒に設定している。
斑点の位置は、「アセンダント」と「ディセンダント」という、ホロスコープにおける日の出・日の入りにあたる位置を基準にしている。アセンダントとディセンダントが位置するハウスを斑点の開始・終了位置にしている。そのため、隣り合う星座の斑点を見比べると、斑点の位置が回っていることがわかる。

同じ日における、星座ごとの斑点の範囲の違い

また、アセンダントとディセンダントの位置も日ごとに少しずつ移動するため、同じ星座で見比べても少しずつ回っている。

おひつじ座における、斑点の位置の比較

同じ星座の蝶の模様は似ているが、「よく見ると少しずつ違う」という仕上がりを目指した。さらに他の星座と見比べると、共通項や関連性も発見できることも意識した。

制作の意図

卒業制作では、Web媒体上の星占いの「ラッキーカラー」の違いを比較するとともに、全星座を並べることでそれぞれに独自のアルゴリズムがあることが見えた。(卒業制作については、過去ページ参照)
制作した自分にとっても、鑑賞者にとっても、「自分の星座はどれか」ではなく全体を眺めることを目的としている。

一方で、「星占いの記事は自分の星座しか読まない」ということも気になっていた。だからこそ、ラッキーカラーに何らかの法則性があることに気がつかない。そのため、今回は鑑賞者が全体を眺めた後に「自分の星座はどれか」と、つい探したくなる構成を試みた。より自分ごとに捉えやすいよう、展示期間の日付に絞った。

遠くから見ると、カラフルな蝶が並んでいる。しかし近寄ると、星座と日付が書いたラベルが貼られている。この2つが書いてあるだけで、「今日の、自分の」を探してしまうのではないかと考えた。
縦に並んだ蝶(同じ星座の蝶)は一見すると似ている。しかしこれが「今日の、自分の」に当てはまるのであれば、昨日や明日と比較してわずかな差異を見つけようとするかもしれない。「似たような蝶が並んでいる」としか思わなかったものが、特別なものに感じてしまう。
もちろん、私が想定していない振る舞いをする鑑賞者もいるだろう。それもまた興味深い。

星占いを「信じる」か「信じない」か、「当たる」か「当たらない」か、という議論には関心がない。

しかし「科学的な根拠がないから否定する」というわけでもない。「満月や新月は特別なことが起こりやすい」という星占いの言説に、不思議と納得してしまう。

そういった、星占いの「周辺」を面白いと感じている。
古代に編み出されたルールを、読み手が独自の解釈によって出力し、その内容が受け取り手にとって自分ごととして作用する強力なツールになる。そういった、「星占いを受け取る人々」や「つい見てしまう」ことに興味がある。
星占いは暗号解読にも似ている。今回の作品は、自分でコードブックを作って復号してみる取り組みでもあった。そして復号したビジュアルを「星占いを受け取る人々」の前に並べてみたのある。


参考文献

  • キャロル・テイラー 著、鏡リュウジ 監修、榎木鳰 訳『星の叡智と暮らす 西洋占星術 完全バイブル』(2022年12月25日 グラフィック社)

  • ルル・ラブア著『占星学 新装版』(2017年4月11日 実業之日本社)

  • 石井ゆかり著『石井ゆかりの星占い教室ノート』(2021年3月5日 実業之日本社)

  • 森地重博・清水聡司・奥山清市 著『かんたん識別!身近なチョウ』(2022年6月12日 文一総合出版)

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