「きみのジェネラ」作品解説
2024年4月10日〜4月16日に東京都美術館で開催された「ムサビズム展 -武蔵野美術大学校友会 関東圏合同展-」に出展した『きみのジェネラ』という作品について、制作過程や意図などを記載しています。
作品概要
カラフルな色の輪の中に、手書きの文字が書かれている。
そして左側には、プログラミングのコードに似た文字の羅列がある。
手書き文字の筆跡が様々なことからわかるように、この作品は多くの方にご協力いただいた。プログラミングによる出力と、アナログによる手書きサインで構成されている。
制作背景
たいけんPARK
2024年2月4日に川崎市高津区にて開催された「たいけんPARK」というイベントの一環として、この作品制作に協力をいただいた。
「たいけんPARK」は、アート・音楽・ダンス・そろばん・習字など、様々なジャンルの習い事の講師のレッスンを体験できるというイベントである。子どもに限らず、大人も受講可能となっている。
お土産コーナー「ジェネラ」
体験レッスンを受けてくれた人への“お土産“として、私がプログラミング出力のコーナーを担当させてもらった。イベントのコンセプトが「体験」や「学び」なので、お土産も「体験」にできるといいと思った。
体験レッスンが終わると修了証が講師から渡される。その修了証を持っている人は、この“お土産コーナー“で体験ができるという流れ。
プログラミングのコードは、私の方であらかじめprocessingというプログラミングツールで書いてある。
そこに「好きな日付(月と日)」を入力すると、その数字に応じたグラフィックが出力される。コンピューターのアルゴリズムを用いた「ジェネラティブアート」と呼ばれるジャンルなので、出力されるグラフィックを「ジェネラ」と名付けた。
制作工程(イベント当日)
修了証を提示してもらい、私が「何月何日が好き?」とたずねる。
あらかじめ用意しておいたprocessingのコードの、「month」と「day」という変数に月と日の数字を、私が入力する。
実行ボタンは体験者に押してもらい、私の方で表示されたジェネラを画像として保存と紙出力をおこなう。
ジェネラは同じものが2つ表示されるように設定してある。これをハサミで切り分ける。
1つはサインを書いてもらい、4月に東京都美術館で展示する旨をお話しした上で私がお預かりする。
もう1つは自由に落書きして“お土産“として持って帰ってもらう。
イベントでのみなさんの反応
「何月何日が好き?」と聞くと、多くの人は自分の誕生日を答えてくれた。(「う〜ん」と悩んでいる人に対し、私が「誕生日とかでもいいよ」と言った場面もあるので、やや誘導…)
学校のクラス(3組)と年齢(8歳)で「3月8日」というケースもあった。
たくさんレッスンを受けて複数枚の修了証を持っている場合は、その分この体験をできる。2回目以降の体験者では「ママ・パパの誕生日」を指定し、お土産分をプレゼントすると言っていた。嬉しいね。
イベントでは英語や韓国語のレッスンもあった。そのため、自分の名前をさっそく外国語で書いてくれたシーンが何度もあった。ハングルが多く見受けられるのは、このイベントならではだろう。
サインには自分の名前ではなく、絵やマークを描く体験者もいた。印象的だったのは「最近ひらがなの“す“が書けるようになったから」という理由で「す」を書いてくれた体験者がいたこと。お土産として持って帰る方にも「す」を書いていたが、そちらは左右が反対だった。難しいよね。
好きな色が出たと喜んでいた人もいた。逆に「青にしたい」というリクエストに対して、私がその色が出そうな「月」を教えた。
ジェネラの仕組み
ジェネラは「月」と「日」を変数として、それに応じて計算が行われるようにプログラミングしてある。
色
色は「月」の数字に対応している。同じ月であれば色味も似たものになる。
「月」の数字によってグラデーションになっていく。
目(表情)
目の位置も「月」と「日」の数字に対応しているが、輪の形であるため印刷した時点で天地左右はどうでもよくなる。
表情(目を開けているか閉じているか)は、「月」・「日」の数字が偶数か奇数かを条件としている。偶数であれば目は閉じていて、奇数であれば開いている。2月1日のような偶数と奇数の組み合わせであれば、ウインクしているような表情になる。
また、両目とも閉じている状態は「ニコニコ」にも見えるし、「眠っている」ようにも見える。これも天地左右が自由になったことで好きなように解釈できる。
手(羽にも ポンポンにも見える)
位置は、時計の文字盤と同じく「月」が1〜12の中でどこに位置するかを360度に変換して表示している。「日」も1〜31の中での位置を360度に変換している。そのため、1月1日なら、位置は重なる。(大きい方が「月」)
色は「月」と「日」のそれぞれの数字に対応しているので、色と手の位置が似ているジェネラは近い日付、もしくは同じ日付を指定したものである。
花みたいな白いキラキラ
目の対角上にある白い花みたいな装飾は、ランダムで指定している。そのため日付との関連は無い。ただ、目とかぶらないように目の反対側の範囲に表示されるようにしてある。
なんかキラキラしてるとカワイイかもと思って足した。
出展作品としてまとめる
合計で110ものジェネラが集まった。これらをまとめて、出展作品として形にする。
ランダム配置や均等配置などいろいろ検討したが、色味ごとにまとめてグラデーションで斜めに配置した。このほうが、全体のプログラミングのルールを感じやすい。もし体験者が展示を見に来てくれた場合、色ごとにまとまっていた方が自分のジェネラを探しやすいという利点もある。
左下のスペースには、プログラミングコードを模した文字を配置した。制作にプログラミングが使われていることを、なんとなく現せたらいいなと思ったというのもある。
よく読むと、コードには「たいけんPARK」の概要や、先述の制作工程が書いてある。そしてコードは下に行くに従って、英語ではなく日本語のローマ字表記になっていく。
この作品をパッと見たとき、手書きの文字の個性に興味が向くだろう。そして手書き文字を注意深く見てみると、書かれているのは名前だとういことに気づき、しかも筆跡が異なる。制作方法が気になった時に、横にあるプログラミングコードを見てみるとその答えが記されている。「プログラミングコードなんて読めない」とあきらめるのではなく、興味を持って目で追ってみると、実は読めるようになっている。
ちなみにprocessingのコードの書き方に則っているが、これを実行してもエラーになる。でもコードの書き方にちょっとミスがあったことに後で気づいた…。
ふりかえり
イベント当日、せっかくなら体験者に「色の違いは何でしょう?」「どうやったら、この目になるでしょう?」など、出力されるものの違いやプログラミングの仕組みに気づいて面白がってもらう体験を提供できたらよかったのだが、私にその余裕は全く無かった。残念…。
しかし、自分が想定していなかった反応や発想に触れることができた。1人で黙々と制作していたのでは発見できなかったことがたくさんあった。
もともとは「星占いのシステム」に興味があり、生年月日に対応するグラフィックを作ってみることが発端だった。一年の中の特別な1日は、他の日と少し似ているけど、ちょっと違う。「これがあなたのグラフィックです」と提示されたものに対する反応を知りたいという所から、紆余曲折を経てこのようなアウトプットになった。
あとがき
この作品の制作におきまして、「たいけんPARK」の参加者の皆様・運営や講師やスタッフの皆様、「ムサビズム展」運営の皆様・搬入業者様など、多くの方にご協力いただきました。この場を借りて、改めて御礼申し上げます。
こんなに多くの方を巻き込んだ作品を制作でき、貴重な経験となりました。私のわがままを快く聞いてくださった、「高津区まちの企画室」のみなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。
プログラミングの試作段階でも、「コミュニティスペースみんなの森」の常連キッズや、友人のKちゃん(聡明な5歳)などに体験してもらい、そのリアルな反応からたくさんの気づきを得てブラッシュアップしていくことができました。そのほか、プリンターや印画紙、カラフルなペンもお借しいただいたおかげで、体験者の皆さんの作品が一層魅力的なものになりました。
サインを書いてもらったジェネラの一つ一つに、愛おしさを感じます。
この制作の目標は、作品の完成でもなければ、私の作品を観てもらうことでもありません。
本当の目標は「上野に行ってみる」という体験をしてもらうことです。東京都美術館は上野公園内にあり、近隣には上野動物園や美術館・博物館が充実していて、公園やカフェでゆっくりすることもできます。少し足を延ばせば、浅草にも行けます。
もしかしたら、そこで新たな体験や興味に出会えるかもしれません。「たいけんPARK」のお土産として、何かの体験につなげられたらいいなぁと思ったのです。
川崎から上野は少し遠いので、頻繁に遊びに行く人は少ないのではないかと、勝手ながら推測します。「自分のサインが美術館に展示されているらしいから、ちょっと行ってみようかな」というきっかけとして作品が作用すればいいのあって、私の作品のことなど忘れてくれても構わないのです。
もしもこの小さなきっかけによって、普段とはちがう楽しい時間を過ごす「体験」ができたなら、それは私にはこの上ない喜びです。
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