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【インタビュー】POPとJAZZの幸せな融合。ジャズポップバンド、モクメルイボスの新曲「歩く」と、その音楽性のルーツに迫る<前編>

大学のジャズ研究会で結成されたモクメルイボスが、8月に新曲『歩く』をリリースした。

「ジャズ」と「ポップ」。日本の音楽シーンでは、その2つのジャンルを取り入れた音楽性であっても、どちらかのジャンルに寄せた曲が多いように思う。

しかし、モクメルイボスの音楽は違う。「ジャズ」と「ポップ」の配分が絶妙なのだ。「ポップなのにジャズ」、「ジャズなのにポップ」なのではない。「ジャズポップバンド」というキャッチフレーズが、まさにぴったりなバンドなのだ。モクメルイボスの楽曲の中では、「ジャズ」と「ポップ」は対等で、互いに寄り添い、絡み合い、そして融合している。

その音楽性のルーツはどこにあるのか。その謎に迫るべく、メンバーのDaichiさん(Pf)、わざざさん(Vo,Gt※インタビュー内では本名の「和座」で表記)、藤田さん(Dr)、maroさん(Ba)へのインタビューを行った。

大学のジャズ研究会で出会ったメンバーだけあり、音楽の趣向はジャズの定番曲から北欧ジャズ、そして現代ジャズシーンにまで及んでいた。ジャズが好きな人、高校や大学でジャズバンド、ジャズサークルに携わっていた人であれば、彼らのインタビューに思わず共感してしまうのではないだろうか。

ボーカルわざざさんの文学的な心象スケッチと胸を打つ歌声、POPでJAZZYなサウンドとグルーヴを堪能しつつ、このインタビューを楽しんでいただきたいと心から思っている。



メンバーそれぞれの音楽ルーツ

ーそれぞれ自己紹介をお願いいたします。
 
わ:ギターボーカルの和座(わざざ)と申します。

D:キーボードのDaichiです。お願いします。
 
m:ベースのmaroです。
 
藤:ドラムの藤田です。お願いします。

ーよろしくお願いします。モクメルイボスの音源を聴いていると、ポップ色を感じつつ、ジャズ色、フュージョン色を感じる瞬間がある、その絶妙なバランスが魅力のバンドだなと思うので、メンバーそれぞれの音楽的なルーツがとても気になっています。メンバーの皆さんがそれぞれ辿ってきた音楽のルーツをお伺いしてもよろしいでしょうか。

わ:自分はもうゴリゴリのJ-POPがルーツですね。最初のきっかけは、小学5年生ぐらいに見た『プロポーズ大作戦』という月9のドラマの主題歌で。桑田佳祐の『明日晴れるかな』という曲で。そこからドラマの主題歌としての音楽を聴き始めて、コブクロとかMr.ChildrenとかBUMP OF CHICKENとか、当時流行っていたそういう、J-POP 、Jロックの辺りをかなり聴いていたのが多分音楽的なルーツかと思います。

D:中学の時から父親がサックスを趣味でやり始めて家で練習してたんですけど、それを横目にずっと音ゲーなどのゲームをやっていました。なので、アップテンポだったり、ちょっと拍子が変わるような変わった音楽とかを「音ゲーの音楽みたいだな」と無意識のうちにゲーム感覚で聞いてました。あと、僕兄弟が僕以外3人女なんですけれども、aikoとか、そういう系統ばかり聴いていたので、そこらへんのJ-POPがすごく大好きで、みんなで歌っていました。本当の根っこの部分は、いろんな音楽が家の中で流れてて、それを一緒くたにして聞くみたいなものが原体験だと思います。

m:自分はですね、両親の影響で、日本のフュージョンバンドのカシオペアが小さい時からずっとDVDで再生されてて、カシオペアのベースの方のベースソロに小さいながらにハマってたんですよ。そんな中で、中学生ぐらいに家の押し入れの中に父のベースがあることを知って。実際弾いてみると、小さい頃の記憶と重なって、これがベースなんだ、かっこいいなみたいな感じで、DVDを見て真似するようになって。高校生になって、軽音サークルがあったので、そこに入ってロックとかポップスにもハマるようになって。で、大学でジャズと出会って、そこでビバップとかに触れるようになって。今は様々な世界の音楽に触れつつ、オールジャンルで楽しいなって思って。

ーライブで演奏を聴いて、maroさんのベースからはジャパニーズフュージョンのルーツを感じるような気がしていました。モクメルイボスの曲は、先ほども申し上げたようにフュージョン色をすごく感じる曲があるので、だからmaroさんのベースが合うのかもしれないと、自分の中で腑に落ちてしまいました。藤田さんはいかがでしょうか。

藤:そうですね、一番最初は小学校の音楽の授業ですね。 クール&ザ・ギャングの『Celebration』って曲を音楽の先生がブラスの課題曲で出して。たまたまドラムがあんまりいなくて、「やってみましょう」と言われて、「わかりました」と始めたのが多分最初ですね。中学生になってからは軽音部に入って、ASIAN KUNG-FU GENERATIONに熱狂的な友達が1人いましたので、NANO-MUGEN FES.に行ったり。で、高校の時入ったドラムスクールの先生がたまたまジャズの人だったんですよね。先生から「ジャズ聴こうか」と言われて。そこから始まった感じですね。そこから色々、チック・コリアとか聴いてみたりが始まりまして。そして大学でいよいよジャズ研に入りました。あと、日本だとtoe (トー)というインストのバンドがすごい好きでして。あとLOSALIOSとか。BLANKEY JET CITYの中村達也がリーダーですけど、ああいうインストが好きですね。ジャズですと、結局一番好きになったのはウェイン・ショーターでしたね。そんな感じでジャズにハマって今に至ってます。

ーちょうど藤田さんから「ジャズ研」というキーワードが出てきたのでお聞きします。わざざさん、Daichiさん、藤田さんが出会ったのがとある大学のジャズ研だと思うのですが、どんな特徴を持ったサークルなのか教えてください。例えば、ジャズ研というくくりの中で特定の時代のジャズを追っているなどの特徴が伝統的にあったりするのでしょうか。
 
わ:特徴って聞かれると難しいですけど、うちのジャズ研に関しては他の大学とか他の学科の人も割と気軽に受け入れて、好きにセッションできるような空間がありました。なので、それこそ藤田さんもDaichiさんも先輩ではあるんですけど、大学は違うんです。 そういう誰でも気軽に参加できるっていうのは、特徴としてあるのかなという印象ですね。多分、他の部活みたいに大学や学科内で完結してたら、藤田さんともDaichiさんとも出会わなかったと思うので。あと、黒本という、どこのジャズ研にも置いてあるようなスタンダード集があるんですけど、今ここにありますけど(※画面越しに黒本を見せてくれる)、これをひたすらみんなでやるという感じではありました。
 
ーそのスタンダードバイブルをみんなでやろうみたいな流れの中で、自分がたどってきたルーツみたいなものをジャズ研の活動に持ち込むことはあったのでしょうか。

D:そうですね。みんなJ-POPも聴いていながら、共通項としてのジャズを一緒に学んでいこうみたいな感じでした。それで色々な曲を教えてもらったりして、音楽の世界が部活内ですごく広がった感はあります。 ジャズは、自分の聴いてきた音楽とかも、すごく自分のプレーに影響を及ぼすというか、こういうのが好きなんだというのがプレーから透けて見える時とかもあって、そういうのがすごく楽しかったですね。

m:自分は別の大学のジャズ研に入ってたんですけど、他のポップスやクラシックのサークルに比べると、ちょっと大人ぶってる人がいる、 そんな中で楽しくやっていくみたいな雰囲気が好きでした。みんな背伸びして、己を高め合っていくみたいなところが。例えばポップスだと、みんなでワイワイやって盛り上がるイメージもありますし、クラシックだったら一生懸命で、打ち上げでは真面目な人が多かったなっていう印象で。ジャズ研に関しては、みんなこう背伸びしてて、洒落た世界にはまりながらも、泥まみれ汗まみれのような熱いところもあったり、そこに憧れてやってたイメージが個人的にあります。
 
ー皆さんがジャズ研に入ろうと思ったきっかけを、それぞれお一人ずつお話いただいてもよろしいでしょうか。

わ:さっきもちらっと話しましたけど、他のメンバーに比べると自分はジャズのルーツが全然ないので、正直ジャズ研に入るまでは「ジャズってなんぞや」って感じだったんです。高校の時は軽音部だったので、大学も軽音部に入ろうと思ってて。ただそれと同時に軽音部でも特に音楽に打ち込んでる人が結構ジャズ研と一緒に入ってたんですよね。そういう流れもあってジャズ研にも入ってみようと思って入りました。やってみて本当に楽しかったって感じです。

ーわざざさんにとってジャズはルーツ外の音楽になると思いますが、実際ジャズに触れてみてどうでしたか。

わ:音楽全般に言えることだと思うんですけど、聴く方が楽しい音楽とやる方が楽しい音楽って多分あると思うんです。自分が割と音楽をやるのが好きだからそういう目線があるのかもしれないですけど、 そういう意味ではジャズはやる方が楽しい音楽という印象があって、もちろんやるためにはいっぱい聴かなきゃいけないんですけど、すぐレスポンスが返ってくるというか、コミュニケーション手段としてセッションがあるっていうのが、すごく自分は新鮮だったんですよね。セッションはもちろん他の音楽ジャンルでもあると思うんですけど、ジャズは多分、コミュニケーションを音楽で取り合えるという意味では、長けているような印象があって。自分はそんなにうまくないけど、それが楽しくてたくさんセッションしてましたね。
 
ーDaichiさんのジャズ研に入るきっかけは何だったのでしょうか。

D:僕の大学にはジャズ研が存在してなくて。元々ビッグバンドの部活はあったんです。その部活に2年の途中ぐらいまで入ってたんですが、少人数でアンサンブルを作り上げていく方もやりたいなと思って、一旦その部活を離れたんです。それで色々模索した結果、いろんな街のジャズバーみたいなところで開催しているフリーセッションに週1とか、月2回くらいは参加して、1人で大人たちに紛れてやってたんですけど、その状態で3年ぐらいやってて。新橋のセッションに行った時に、同世代のピアノ担当の人がいてその人と話をすることがあったんです。「和座くんの大学のサークルでピアノ弾いてるから遊びにおいで」という風に誘われて。「大学違うんですけど行ってもいいですか」って言ったら「いいですよ」って言われて、行ってみたらすごくウェルカムで仲良くしていただいて。それが和座くん達との出会いなんですよね。

わ:Daichiさんが初めて来た時はよく覚えてます。とんでもなくうまかったんで。最初からなんかもうなんなんだみたいな空気感になっていました。藤田さんの時もそうでしたけど、よく覚えています。2人が初めて来た時は大分ざわついていました。なんかすげえのが来たみたいな感じになってたのはよく覚えてますね。

ー藤田さんはいかがでしょうか。

藤:Daichiと大学が一緒なんですね。だけど、和座のいる大学のジャズ研で出会ってるんですよね。和座のいるジャズ研に呼ばれたのはDaichiがきっかけですね。Daichiが行こうって言って。Daichiと同じ大学なんですけど、ジャズ研はなかったので自分はまた違う大学のジャズ研に入ってました。池袋に、昔はマイルスカフェというー今はSOMETHIN' JAZZ CLUBって名前ですけど、ジャズのセッションをする場所があるんですね。高校時代そこに行ってたんですが、初心者向けのクラスがいっぱいあったんですよね。そこでジャズのセッションを色々教えてもらったのがきっかけで、大学でもジャズ研に入ろうって思いました。
 
ーDaichiさんと藤田さんが大学内で知り合ったきっかけは何だったのでしょうか。
 
D:なんかバンド組んだよね。1回学園祭で。
 
藤:あったね。

D:組んでライブしてみたらすごく上手かったので、この人どこかでまた出会いたいとずっと覚えてました。大学の時は学部も違うし学年も違ったので絡みはほとんどなくて。緊張したんですけど、勇気を出して声をかけて学祭でバンド組んで。そこから1年以上経ってから、僕は和座くんの大学にお邪魔するんですけど、その時には他大学の人が少なくて。で、僕の大学にいる藤田くんをぜひ連れてきたいということで、誘ったら来てくれたという感じなんですよね。
 
ーメンバーそれぞれが様々なルーツを経てジャズ研でさらにジャズ愛を育んだと思うのですが、今現在意識していたり、自分の中で熱いアーティストはいらっしゃいますか。
 
わ:Daichiさんに教えてもらったラーシュ・ヤンソンという北欧のピアニストがいるんですけど、それきっかけで多分Daichiさん以上に北欧のジャズを掘ってるんじゃないかと思うくらい、北欧ジャズはかなり好きですね。歌心があるメロディーなんですよね。ある種日本的というか。日本的なメロディーと言うとちょっと語弊があるかもしれないですけど、すごく優しいメロディーの中でジャズをやってるというのは、自分にとっては聴きやすくてかつ大好きで。ジャズはもう今は日常の中でよく聴くジャンルの1つですね。ラーシュ・ヤンソンだけじゃなくて、ヤン・ラングレンとか、いろんな人が好きですね。
 
D:僕のジャズのルーツというか、源流はやっぱりミシェル・ペトルチアーニというピアニストと、あとはチック・コリアなんですが、曲として好きなのは、パット・メセニーというグループ。あと挾間美帆とかの大編成でどんどん万華鏡みたいに曲展開が変化していって、すごく豊かだけどエグみというか、解釈が一聴しただけじゃわからないような、そういった展開のある曲も好んで聴いてます。
 
m:ライブは普通のポップスではあまり使われないツルツルした弦を使うようにしてまして。これは自分が一番好きな、「ネオフュージョン」と呼ばれてるジャンルの、スナーキー・パピーのベーシストがその弦を使ってるので、その影響で使用しています。これは結構セッションとかにも持っていったりするんですけど、サウンド面でそのネオフュージョンのベーシスト達に影響を受けて、それをポップスの中でも出していけたらという意味でライブで使うようにしています。 今回の新曲『歩く』の録音に関しては、ベースもソロのフレーズがあったりするんですけど、これはジャコ・パストリアスとかジョン・バティステとか、その辺の影響を受けています。その辺で培ったジャズスタイルをポップスに昇華して混ぜられたかなって思います。
 
藤:日頃からジャズっぽいドラムセットではやろうとはしています。音として自分が一番好きな音源はジョシュア・レッドマンのライブアルバム『スピリット・オブ・ザ・モーメント』なんですね。その影響は受けてます。あと、ウェイン・ショーターがとにかく好きで、2018年に『Emanon』というアルバムが出てるんですけど、どっちもドラムはブライアン・ブレイドで。ブライアン・ブレイドをイメージしてドラムセットもシンバルもちろん2枚だけですし、そういうのを聴いて練習したのを出そうとしています。

コロナ禍の中、モクメルイボス誕生

ーここでモクメルイボス誕生秘話をお伺いできればと思います。ジャズ研やジャズを通して出会った人達が、なぜ同じバンドを組んでバンド活動をして音源を残して、同じ作品を作るところにまで至ったというそのプロセスをお伺いしたいと思います。
 
わ:コロナ禍で部活ができなくなっちゃって、暇だったんです。2020年の 3月とか、4月とか。お互い曲を作ってることは何となく知ってたんで、暇だし一緒に曲作ろうよという流れになったのが多分最初ですよね、きっと。
 
D:その当時Twitter(現X)とかですごい音楽が流れてくることを個人的に知って、色々掘ったり自分でその音楽を真似して作ってみたりとか、デスクトップの音楽の遊びを1人でやっていました。それで曲も作ってたんですけど。ちょうどコロナ禍で部活とかもできない中で、リモートでできる音楽遊びということで、 一緒に作曲をしてネット上に発表していこうという試みを二人で思いついて始めたのが2020年の3月頃。大学の春休みぐらい。
 
わ:今でこそライブやってますけど、当初はライブやるとか思ってなかったですよね。
 
D:当時は全然想定してなかった。
 
わ:最初に作ったのがDaichiさんが持ってきた『Snooze』って曲で。それに自分がちょっと歌詞書いて歌ってみたいなことをやって、「これ楽しいな」みたいな感じになって。お互い次の曲作ったら、じゃあ次そっちの曲みたいな感じでリモートでやり取りし合って。で、曲が溜まってきたしアルバム作りたいねみたいな流れになったんだと思いますね。
 
D:『波と踏切』もコロナ禍の真っただ中に、全部LINEだけのやり取りで。 

m:でも、あのアルバムは個人的にすごいなと思ってまして。初めてその7曲をどのくらいの期間で作ったのかなというのが個人的な疑問です。
 
わ:1年半ぐらいですかね。
 
m:結構かかってますね。
 
わ:曲自体は多分1年くらいでできてたんですけど、音源化するまでに結構時間がかかりましたよね。
 
D:全然宅録の知識がない状態から、自分たちでいろいろネットで探りながら。
 
m:でも、期間に応じたクオリティだなって。すごい。
 
ーわざざさんとDaichiさんが楽曲制作でやり取りをされてた中で、藤田さんはどのようなタイミングで加入されたのでしょうか。
 
D:やっぱりライブをしないと、この音源を知ってもらえないのかなという思考に二人でなったんですよ。せっかくジャズ研なんだしもっとライブ演奏したいよねってなったんだけど、二人で演奏できるような曲じゃなかったので、メンバーを募ろうという気持ちが多分あったんだよね。
 
わ:けど最初はドラマーが欲しいという感じでではないですよね。3人で飲んでたノリで「藤田さん、叩いてくださいよ」みたいな感じで言ったら快諾してくれて、「まじか、やったー!」みたいな感じだった記憶があるんですよね。それが2022年の夏とかで、確か初ライブが翌年の5月の下北沢WAVERなんで、最初は結構スタジオに入って練習してた時期が長かったんじゃないかな。
 
藤:実際に音源から3人でやるときの調整が結構難しかったのは何となく覚えてるね。
 
わ:それで、今音源化してない新曲をまずはやってもらうことになって、最初にやってもらったのが『よく生きている』なんですよね。で、ドラムの感じとかを藤田さんに結構色々とお願いしながらやってもらって、なんかいけるかも、ってなって。

 ー下北沢WAVERでのライブはどういったきっかけで出演が決まったのでしょうか。
 
わ:最初は先輩後輩同士の内輪みたいなライブから始まって、下北沢WAVERでやるライブに出てくださいと後輩に誘ってもらって。そこから、WAVERさんのPAの方に「オリジナルやってるんだったら出てみない?」と声をかけてもらって。それがきっかけですね。
 
ー音源を発表した当時、メンバーはわざざさんとDaichiさんのお二人だったと思うのですが、「モクメルイボス」というバンド名に何か由来があれば教えてください。
 
わ:全然深い意味はなくて。新橋のもうやんカレーでカレー食べてる時に、「ユニット名どうしましょうか」という話になって。検索に出てこない名前がいいなというのはなんとなくあったんですけど、造語を作りたかったんですよね。で、その場にあったルイボスティーの「ルイボス」と、机が木目帳だったので、「モクメ」で合わせて「モクメルイボス」にしようという流れになったんですよね。
 
D:そうそう。で、その場で検索したんですよ。調べてみたら一回もヒットしなかったので、「あ、これや」ってなって。
 
ーちなみに藤田さんが合流するときに「なんでモクメルイボスなの」とか思ったりはしなかったのでしょうか。
 
藤:由来は聞いたのは覚えてます。結構聞こえ方もよかったので。自分的にも言って恥ずかしくないというか、そういうのもなんとなく自分の中にあったので、特に引っかかりはせず。
 
ー私は一度3人でのライブを見に行ったことがあるのですが、 3人でライブ活動をしていく中で、それぞれ自分自身の職業的な進路などの岐路もありながら、やっぱりベースを入れようと思ったきっかけやターニングポイント的なものはあったのでしょうか。
 
D:ベースレスで何本かライブを重ねて、楽器をパーカッションドラムにしてみたりとか色々みんなで楽器を工夫したり。ベースがいないというのを逆に活かそうとしてた時期はあったんです。やっぱりベースがいないっていうのはジャズにとっても、もちろんポップスとかロックのバンドにとってもあまり見られないというのが大きい状況だったので、それを逆に活かせるようなキーボードのあり方を模索していました。あまり他にそういうバンドを知らなかったので。
 
わ:そんな中で、やっぱりベースがいないとうちらの曲を表現するのはキツいなみたいになってきたんですよね。ちょうどその頃Daichiさんがmaroさんとネットで繋がってたんですよね。
 
D:maroさんとはSNS上でお互いの音源とかをいいねし合うような温度感で出会って。会ったこともないような関係性だったんですけど、 僕だけがSNSで繋がってて。で、さすがにバンドもベースが欲しいという状況の中、maroさんが入ってる別のバンド(現在は活動休止中)がちょうどライブをやるところだったので、一度僕がそれを見に行ったんですよ。 で、その時のmaroさんのプレーがもうかっこよすぎて。すぐにライブが終わったmaroさんのところに駆け寄って「ベースプレー感動しました。僕らはベースレスで今バンドやってるんですけど、よければ一度ベースを僕らのバンドで弾いてくれませんか」と、ご招待させていただいたのが去年かな。
 
m:そうですね、去年の秋から冬にかけてぐらいですかね。
 
ーmaroさんがモクメルイボスへの加入を決めたポイントは何かありますか。
 
m:自分は結構癖がありまして。音楽の、もちろんコード感とかもすごく素敵だなというとこもあったんですけど、いくら歌詞がよくても、メロディーがよくても、やっぱりリズムが合わないと楽しめないタイプで。実際スタジオに入ってみて、一回サポートでライブやらせていただいたら、グルーヴが合うなと思って。これで楽しくやっていけたらいいなと思い参加させていただいた次第です。
 
ーライブ中のmaroさんの表情は、一緒にセッションしてグルーヴに乗ってることが嬉しくて楽しくて仕方がないって表情をしています。 気づいてらっしゃらないかもしれませんが。
 
m:はい。全体の中で自分は結構泳ぐスタイルかなと思っていて。「あ、泳げるな」みたいな。そういう意味ですごくいいグループだなと思って楽しくやらせていただいています。ジャズとしては、アドリブというか、 決まったことをずっとやるタイプよりは、ちょこっとフィルを入れたり、アドリブソロでアドリブをやったりが個人的にはすごく好きで。まさしくそれをやれるバンドだなって。Daichiさんのキーボードソロとか、毎回違いますし。だから、そういう意味で、お互いに見るというのは、ジャズをルーツにしているというよりは、ジャズ的なアプローチを曲中に入れてて、 それがプレー中にも出てるのかなと思います。
 
ーなるほど。藤田さんがドラムを叩くときにジャズ的な要素を入れるときにはどんな工夫をされることが多いですか。
 
藤:そうですね。ジャズでトリオをやる場合って、自分の目線の先にベースの弾いてる人の手元とピアノの人の顔が見えたりした方がやりやすいことが多いんですよね。なのでそういう弾いている動作を見て、それに反応して叩くというのは考えたりはしますね。あとジャズ的要素で言えば、例えば4ビートのジャズだとやっぱりベースの人が先頭に立って引っ張るような曲が多いので、ジャズをやる時のベースについていく感覚でやることが多いですね。ただ、ポップスでやる以上は、自分の中でバシッとテンポ感は出して、お互いにテンポがビシッと合うからこそいい場面もあるので、 やっぱそこらへんがちょっと戻ってから(※現在職業の関係で2025年3月まで宮古島に赴任中)頑張んないとなっていうところではありますけどね。

(<後編>に続く)


【新曲情報】

「歩く」モクメルイボス
2024年8月28日配信

作詞:わざざ
作曲:わざざ
編曲:モクメルイボス
Vocal/Guitar:わざざ
Piano:Daichi
Bass:maro
Drum:藤田
Recording/Mix Engineer:林田涼太(いろはスタジオ)

<配信サイト>
「歩く」モクメルイボス

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