見出し画像

カウントダウンが、したいのだ。

もう一年近く言い続けていることだ。

ぼくはいま、本を書いている。一年近くずっと、ひとつの本を書いている。サボっているわけではまったくなく、たとえば突発的に入った別のお仕事にとりかかっているときも、毎日かならず「その本」の原稿ファイルを開き、一行や二行でもいいから前に進めるようにしている。けれど、まるで終わる気配がなく、書けば書くほど視界が広がり「書きたいこと」が増えていく。「書きたいこと」というよりそれは、「書いておかないと後悔すること」に近いのかもしれない。


もしかしたらもう20年近く前、村上春樹さんが「年齢を逆算して考えれば、自分はあと〇冊くらいしか長編小説を書けない」という意味のことをおっしゃっていた。肝心の「〇冊」の数字を憶えていないところがぼくのバカボンなところなのだけれど、聴いてさみしくなったのを憶えている。

また、クエンティン・タランティーノは監督デビューの当初から、自分は劇場映画を10本監督したら引退する、と公言してきた。こちらの発言については、さみしさよりもロックンロール的な勢いを感じていたものの、いよいよそのカウントダウンが目前に迫り、撤回してくれないかなあ、と願っている自分がいる。


ただし最近、そうやって「あと何冊」や「あと7本」みたいなキャリア全体におよぶほどの締切を設け、カウントダウンするように仕事に励む人たちの気持ちが、少しわかってきたような気がする。

たとえばここの note だって、いつ終わるともしれない状態で書くのではなく、あのワニの漫画みたいに「最終回まであと〇回」と明示しながら書いていけば、もうちょっと違う緊張感やたのしさをもって書いていけるはずだ。カウントダウンしながら書くことは、ラスト10回くらいの自分を想像するだけでも、めちゃくちゃたのしい。


そしてまた、ぼくはいま書いている「ライターの教科書」的な本、おおざっぱにいえば「文章術」に分類されるような本は、もうこれを最後にしようと思っている。ぼくにとって最後の文章本にしようと思っている。

だとしたらほら、毎日の毎ページがカウントダウンなんだよ。早くゴールしたいし、したくないんだよ。