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小人ビール
「よく降りますね」
日比谷公園の庭園脇にあるカフェで雨宿りしながらビールを飲んでいたら、小人が僕に話しかけてきた。
新幹線に乗るまでに時間があったので、ふと思い立ってやってきたのだ。
官庁街の無機質な空気の壁に囲まれているせいなのか、意外なほど公園の樹々の紅葉に情緒がある。
降ったり止んだりの秋雨続きで、公園を歩く人は少ない。
いつの間にか僕のテーブルにちょこんと飛び乗った小人をちらっと見て「そうだね」と僕は答える。
少し解像度を増してはっきり見えるぐらいの、短く刻まれた春雨のような白い雨を小人と僕は眺めている。
規則的な雨粒をじっと見ていると、なぜだか高校時代に付き合っていた天体部の女の子が思い浮かび、同時にそこでの思い出したくもない誰かの顔がちらつきテーブルに向き直った。
***
小人はテーブルに立て掛けてあるメニューの上で足をぶらぶらさせながら、僕に話し続ける。
どうしてそんなにつまらなそうな顔をしているのだとか、ここの揚げ春巻きはそんなに美味しくないけれど店で一番人気があるのだとか、マレー半島では昨日から牛たちの大規模なデモが起こっているだとかという何の脈絡もない話だ。
僕は小人の話すどの話にもたいして興味を持てなかったけれど、小人はべつにそんなことは気にもしていない様子だったので、僕はそのままビールを飲み続けた。
2杯目のビールを飲み干しても、小人はまだしゃべりつづけていた。
僕は、店の女の子を呼んで、もう一杯ビールを頼んだ。暇を持て余していた店の女の子も、小人には関心がないらしく、大きな星のマークが入ったビールサーバーでビールを注ぎ、くるっとターンをするように僕のところに戻ってきた。
女の子の着ている白いシャツは雨の日の日比谷公園の匂いが沁みこんでいるような気がした。
試しに彼女の白いシャツを洗濯し、ベランダで干して日なたの匂いがするまで乾かしてみるところを想像してみたけれど、うまくできなかった。雨の匂いが沁みこんだ湿ったシャツを手にどうすることもできずに佇んでいる姿しか浮かばない。そういうこともあるのだ。
僕は雨の日の公園の過ごし方についてはマエストロ級の知識と経験があるつもりだったけれど、小人と一緒の過ごし方はまったく思い当たらなかったので、ビールジョッキ数杯分のぼんやりした頭を抱えながら勘定を払い店を出た。
雨は少しだけ小降りになっている。
僕のうしろで、女の子がテーブルを片付け、小人が僕を見送っている気配がしたけれど、僕はなにも振り返らず、湿った砂利道を踏みしめながら公園を出た。
ビル街に埋もれるようにひっそり営業している酒屋に立ち寄り
『LA CHOUFFE』というベルギービールを知人へのお土産に買う。
酒屋のご主人が少し解せない顔をしながら「どうしたんですかね。今日はLA CHOUFFEを買うお客さんが多くて」と僕にお釣りを渡しながら言う。
僕もなぜだかよくわからない。そういう日もあるのだ。