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サンデー・オフィス・ドーナツ Donuts at the office Sunday.

食べものの話は平和だ。基本的に誰も傷つけない。Food meets peace.

それがドーナツだったりしたら尚更。まあ、ドーナツそんな好きじゃないんだよなって人も一定数いると思うけど、ドーナツの話するなら即ブロックってことにはたぶんならない。

そんなドーナツだけど、なぜか僕の中では日曜日の食べものなのだ。どういう刷り込みでそうなったのかはわからない。

日曜日のたびにドーナツショップに通ってたわけでもないし、なぜだろう。もしかしたら山下達郎さんのせいかもしれない。あの『DONUTS SONG』。なんとなく全編にわたって日曜日っぽくないですか。

それに山下達郎さんと言えば、あの『山下達郎のサンデー・ソングブック』も日曜日にずっとやってる。長寿ラジオ番組。

あと、なんとなくドーナツの輪っかが「丸い」→「温かい」→「太陽」→「日曜日」みたいにイメージの浸蝕をしてきたのかもしれない。どうでもいい話だな。

その日、僕は日曜日のオフィスでひとり仕事をしていた。ラジオからはまさに達郎さんの番組が流れてたから日曜の午後だったんだろう。

基本的に24時間365日誰かが仕事してる(インフラ系とかでもないのに)会社だったので、べつに日曜にオフィスに出て来て仕事するのも珍しくはなかった。

いまはさすがに、そういうのはコンプライアンス的なあれとかこれとかでたぶん「ない」話なんだけど、当時はそういうのもガバガバだった。だからってブラックだと思ったこともなくて、むしろ自分でそうしてただけ。

いつもなら、フロアのどこかに別の部門の制作チームの誰かがいるのに、その日は珍しく誰も出て来てなかった。たぶんお天気も良すぎたから。

無駄に広さを感じるフロアで黙々と次の日、つまり月曜日にクライアントに出す企画書をつくってると、不意に人の気配がした。

「なにしてんですか?」

顔を上げると島の反対側に後輩女子のSさんが立っていた。

Sさんは女子の中でも背が高くて、なんていうか目立たないのに目立つタイプ。国文学専攻で書誌学を研究してたという、当時の制作部門でもまあまあレアキャラだった。

誰がどうサイコロを振ったのか、僕と同じ制作チームに入ってきたのだけど、優秀さがときどき異次元の発想とか行動を連れて来るので、上司はそれなりに大変そうだった。僕は単純におもしろい後輩が入ってくれて楽しかったのだけど。

「なに……って、企画書。明日、ほら営業のTさんと一緒にプレゼン行くやつ」
「日曜日に仕事するの好きなんですか? こんな天気いいのに」

ふつうなら誰も好きで日曜日になんかってなるところかもしれないけど、正直に言えば日曜日の人気のないオフィスで黙々と仕事するのは嫌いじゃなかった。ほんと、いまでは考えられない。

というかSさんこそ、なんでオフィスに来たんだろう。

「忘れ物?」

こういうときの「正解」がわからないなと思いながらSさんにたずねると、真顔で僕の向かいの自分のデスクに座りパソコンを立ち上げている。

Sさんも仕事…と口にしかけて言うのをやめた。真顔のときのSさんは上司に話しかけられても基本的に答えない。彼女なりの集中なのだ。

そのことで最初はチームでも一悶着あったけど、まあその集中タイムで誰より生産性の高い仕事をするのがわかったので誰も何も言わなくなった。というか、基本的に生産性とは真逆の時間の使い方をするメンバーのほうが多い制作チームだったので何も言えなかったのほうが正しい。

結局、僕もSさんも最初からそうしてたみたいにそれぞれの仕事を他に誰もいないオフィスで黙々と続けた。

画面を睨んでる鼻先を甘い匂いがかすめた。ん? と思って見ると、Sさんがドーナツを無言で僕に突き出している。相変わらずSさんも画面を睨んでる。

「あ、りがとう…」

不意打ちのドーナツ。あたり前だけど甘い。コーヒーサーバーは稼働してないので自販機のコーヒーを買ってSさんにも渡す。コクンとSさんが頷く。

ドーナツを食べてるとオフィスにいるのに日曜日の気分がしてくる。

まあ日曜日なんだからあたり前なのだけど。公園の芝生の上で食べれたらもっと日曜日なんだろうなと思いながらSさんを見ると、真顔ではなくなっている。なんなら少し楽しそうだ。

でも、なんで彼女はドーナツなんて買ってたんだろう。本当にオフィスで仕事しながら食べるつもりだったんだろうか。ボックスに入ったドーナツを6個も。

オールドファッション、フレンチ・クルーラー、ブルーベリー。どれも僕が好きなやつ。まあいいや。ドーナツはおいしかったし、おかげで少し日曜日気分に浸れたし。

きっとドーナツの原材料は小麦粉と砂糖と日曜日なんだろう。

もう一度、Sさんにありがとうを言ってから帰ろうかなと思ってると、社内チャットが点滅した。Sさんからのチャットだった。

「おつかれさまです。このあと――」


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「文脈メシ」の流れで書いてみたやつです。
マリナさんに倣って妄想と実話のブレンド。

配合比率はよくわからない。