中野ブロードウェイで牛肉を
朝、歯を磨きながら、ふと思った。中野ブロードウェイで牛肉を買いたい。そうだ、今日は肉豆腐を食べよう。
肉豆腐とすき焼きはマイナーな部活とインターハイ常連の部活みたいだ。僕はなんとなく肉豆腐のほうに呼ばれる人生だった。
出掛けるために早速、着替える。
中野ブロードウェイに行くには、それに相応しい服装というのがある。これでも、服には気を使う。スーツとかトレッキングウェアだと、やはりなんか変だ。違和感なく溶け込める格好にする。
わざわざ中央線に乗るというのもなんだかそれっぽくていいなと、僕はひとりで喜んでいる。
中央線に乗って牛肉を買いに。平成J-POPの歌詞みたいだ。
思ったとおり、戦隊ものフィギュアやビンテージなノベルティなんかに並んで牛肉館の店内には、愛すべき手書きポップと共に牛肉がショーケースいっぱいに陳列されている。尊い。
『この牛の生い立ち、ちょっとフクザツ』『愛読書はポール・セロー』『ギネスばっかり飲んでた牛』……。どれも愛着が湧くというか、気になる。
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肉のパックを手にとって、いろいろ眺めていると、あー、この牛にもいろいろあったんだなぁと思う。僕の思考は行ったこともない牧場へと飛んでしまう。
スーパーのどれもが同じに見える牛肉パックには、何の感慨も感じないというのに。
僕は、肉豆腐に合いそうな『教室の窓から見える空が好きだった牛』を手にとってレジへ向かう。
超合金の牛を買ってもらった小さな男の子と魔法少女グッズを手にした女の子の兄妹が手を繋いで駆けてゆく。
夢がまだ手書きだった頃の記憶。雑多な感情が落ち着ける空気。そんなのがずっとあればいいのに。
僕は不意に哀しいような幸せなような気持ちに襲われる。
こんな日は、中野ブロードウェイで牛肉を。
※昔のnoteのリライト再放送です