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お金をもらう謎の罪悪感とどう向き合うか

*仕事だけど「お金」は遠ざけたい現象

「お金をもらうのが苦手なんです」「できればお金の話したくない」

フリーランスの人、個人のクラフト系の作家さんとか一次産業の生産者さんとかでも、そういう人が一定数いる。

自分なんかがお金もらうなんてという謎の罪悪感とか、お金が面倒くさい、お金って怖い、お金の話は純粋な気持ちにそぐわないとか、理由はまあいろいろ。

だからって趣味でやってるのではなく、業としてやっていて「それで食べてる」あるいは「それでも食べてる」人だ。

食べるためには、一応いまの世の中の仕組み的には最低限のお金は必要になる。

信用経済とかデジタルな経済が進んで、トークンとかお金以外の決済でリアルの生活必需品が購入できるようになったとしても100%それでというわけにはまだいかない。

お金なんかいらない。つくりたいものがつくれて、誰かに使ってもらえれば幸せ。そういう人もいるけど、それが成り立つのは他に生活基盤が確立してる人に限られるよね。

あと、アラブの石油王の息子とかから「マネー置き場が足りなくて困ってるから、空いてる押し入れあったら使わせて!使用料毎月1億ディルハム払うから」って言われてる人とか。

なので「お金」は自分の主義主張とか好き嫌いに関わらず向き合わざるを得ないのだ。

*「お金」じゃない「エネルギー」にしてみた

じゃあ、お金苦手なんですという人はどうしたらいいのか。

僕が個人的に提案してるのは「お金はエネルギーのひとつ」と自分で意味づけること。あ、べつに怪しい話ではなくて。

なんだろう。何をつくってるにしても、後ろ向きな気持ちじゃなく生きるため、できればそれを使う人に「いい気持ち」になってもらうためじゃないですか。

それって自分のエネルギーを使ってやってることだし、エネルギー使わなければたぶんいいものはつくれない、生み出せない。

だから、こちらもエネルギーをちゃんと出して、相手にそれがインクルードされたものを受け取ってもらって、そのエネルギーに釣り合うものを「お金」というエネルギーで渡してもらう。エネルギー交換だ。

相手も「これいいね」と感じるのは、それだけ何か自分の中で動いたわけだから、そこで動いた分のエネルギーを返さないと釣り合わない。

自分からアクションして、いいものをもらって相手に何も返さないって基本、ないじゃないですか。自分が気持ち悪いし。

*だけど「お金」の背景からも目を逸らさない

もちろん、その金額を出してもらうのに相手はそれなりの決心が必要だったかもしれない。個人でやってる人から対価をもらうときとかは、やっぱり考えてしまう。

だから、売り上げではなく利益で考えたとき、それだけの金額を生むのはどれだけ大変かとか、そういうのも目を逸らさず向き合う。その上で、お互いにいいエネルギー交換ができればいいんじゃないか。

「お金が苦手」というフリーランスの人に、そういう考え方もあるよ、という話です。