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ガムテープ椅子の存在
工場が好きだった。こう見えて(どう見えてるのかなんて誰も知らんがなだけど)工場の現場を取材するのは嫌いじゃない。
もちろん、そこに住みたいとかの「好き」ではなく、人が介在していながら「人以外の無機質な何か」がそこに息づいてる気配が好きなのだ。どこでもない位相。
当然、工場では何かしらの「モノ」を製造しているのだけど、それは会計上の仕掛品や半製品だったり、一般のユーザーの目には直接触れることのない何かだったりいろいろだ。
ただ、どれもが「そこにしかない」空気をまとってる。工場という空間だけで息ができる感覚。工業製品だから息はしないのだけど、僕はいつも工場取材をするたびに、どこかモノが息をしてるふしぎな感覚を感じていた。
そのモノたちは工場から出荷されたとたんに「息をしてる感覚」はなくしてしまって、世の中一般で思い浮かべる「モノ」としての存在に戻る。
だから、僕がこんなふうに言ってる話も、たぶんなかなか伝わらない。
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工場が好きなのには他にも理由があって、たまに独特の人とモノの関わりがあったりするからだ。たとえば、ガムテープアートのような椅子とか。
これも、あるそこそこ巨大なメーカーの工場の中を取材してるときに目にしたのだけど(画像もあるけどさすがに載せられない)、椅子がすべてガムテープでグルグル巻きにされていた。
製造ラインの途中にちょっとした事務作業をするためのパソコンが置かれたスペースがあって、そこの椅子が見事だった。
たぶん、もともとはオフィスチェアだったのだと思う。で、座面のクッションが破れたり、背もたれが剥がれたりなんかしてるのをガムテープで補修してるうちにどんどん補修箇所が増えて最終的には全面ガムテープで覆われてしまったらしい。
なんだろう。包帯を巻かれたミイラすら思わせる独特な佇まい。少しでも長持ちさせようという気持ちは共通してるかもしれない。
ガムテープで全身を巻かれた椅子は工場の中でしか存在できない。
こんな椅子を小奇麗なオフィスで使いたいという人はいないし、工場の外に出た瞬間に椅子は消滅しそうな気さえするから。