婚活とCIA
陰があるから陽が輝く。なんか怪しいこと言ってるみたいだけど、べつにそういう方面の話ではない。
ある編集者とオンラインでしゃべってたときのこと。彼は、音楽好きで、なんていうか陰のあるイケメンだ。彼が僕に言う。
「ふみぐらさん、婚活ってだいたいうまくいかないんですよ。なんでか知ってますか?」
「あ、いや。……婚活…?」
この話の先に何が待ってるんだ? 何のくだりからこうなったのかわからないけれど、野郎同士で平日の昼間からオンラインで婚活トーク。CIAが盗聴してたって「こいつらなんもないわ。ターゲットじゃねえ」とあっさり切り捨てられそうだ。
「ほら、婚活ってお互いいいとこ見せ合うんです。自分の陽が当たってる部分をこれでもかって」
「まぁ、そうですよね(やったことないので知らないんですが)」
「そうやって陽が当たる部分同士が過剰にぶつかるとバランス崩れるんです」
「バランス?」
「陰と陽のバランスです」
「ふみぐらさん、寝るとき電気点けっぱなしにしますか?」
「それはしないすね」
「ですよね。人間ってずっと陽ばかりの場にいると疲れちゃう。でも婚活だと陽を大事にしすぎるから逆にだんだんうまくいかなくなるんです」
*
陰のあるイケメン編集者の話を聞きながら、ぼくは、婚活という眩しい舞台にいるふたりの姿を想像してみた。
想像でしかないけど、きっとその舞台は「自分」という観客の注目を浴び続ける場所なんだろう。
演劇なんかの舞台に立ったことのある人ならわかると思うけれど、自分に向けてスポットライトやら何やらの照明が当たりまくってる舞台上では、自分たちのいる場所以外(つまり舞台から見た客席側)は暗くて良く見えない。
客席側からは明るい舞台上がよく見えるので、演者も同じように客席側がよく見えてるだろうと錯覚するのだけれど。
舞台の上で婚活するふたりは最初こそ楽しい気分だったのに、時の経過とともにだんだん違和感を抱きはじめる。
あんなにまぶしく輝いていた婚活の舞台から、ちょっと降りたくなる。でも、まさか自分ひとりだけ「疲れた」なんて顔はできない。
ふたりで一緒に明るい舞台から降りて、暗がりで何も話さず静かに時間を過ごすには、まだお互いの関係性ができてない。
ほんとうなら、その「疲れたね」という感情すら共有できれば素敵なのに。
*
「――ふみぐらさん?」
「はい。えっと何でしたっけ?」
僕が例のごとく妄想の世界に旅立っていたのを編集者の彼が呼び止める。
「それでですね、私、ちょっと海外に行くことになりまして」
「……あ、そうなんですか」
「例の件、別の担当に引き継いでおくので明日にでも連絡あると思います。一応、直接連絡と思いまして」
婚活トークが、仕事上のちょっとだけ面倒な話を別の担当者に投げたという話の壮大な振りだったのか、ほんとうにちょっと聞いてほしかっただけなのかはわからない。
まあ、それでも誰も聞いてませんという事態になるよりは全然いいので僕は編集者にお礼を言ってオンラインから退出する。
それから、そうか、と考える。
誰だっていろいろある。陽ばかり追いかけてると明るさ疲れする。だからって、ずっと陰にこもってじっとしてるのも落ち込む。
陰と陽。編集者の彼も陰のあるタイプに見えて、意外に婚活では陽のほうばかり求め過ぎたのかもしれない。
全然関係ないけれど《試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。》というルミネのコピー(書籍化もされたけど)を思い出す。
陰のある場所で相手を感じられたら、本気の婚活だと思う――。
※昔のnoteのリライト再放送です