泣ける電車
久しぶりに山手線に乗ったら、乗客がみんな泣いていた。
ああ、これが泣ける電車かと思った。何日か前にSNSで話題になってたやつだ。とにかく「泣ける」らしい。
あいにく僕は泣きたい気分ではなかったのだけれど、乗ってしまったものは仕方ない。
顔を手で覆ってわかりやすいぐらい泣いている女の人もいれば、スマホに涙をぼたぼたこぼしながら、表面張力でいっぱいになった涙と一緒に画面をめくっている学生もいる。
いつもなら泣くことなんてないだろうおじさんまで、見るつもりもない車内の液晶ディスプレイを見上げながら涙を滲ませている。
せっかく泣ける電車で僕だけが泣いていない。
どうやって泣こうかと考えてたら、僕の前で吊り革を雑巾でも絞るように握り締めて泣いていたご婦人と目が合った。
こんなに悲しいことが世の中にあるなんてね、とマスクをしたご婦人は僕に同意を求めるように泣き続けた。
私のホルスターがあんなふうになるなんてね、ほんとにね、とおばさんは僕に向かってもごもごと泣き続けた。
ホルスター? あの拳銃とか吊り下げるホルスターなんだろうか。それともペットの名前か何か。
ホルスターの何がそんなに悲しくなるのかよくわからなかったけれど、ご婦人にはご婦人なりの悲しいストーリーがあるのだろうと僕は思った。
車内アナウンスの音声も泣きながら、つぎは田町とアナウンスしていた。
こんなに悲しい田町は初めてだったので、僕も上を向いて何かをこらえた。
※昔のnoteのリライト再放送です