DNAラーメン
僕は男と話をしている。薄暗い部屋だ。男との距離が微妙に接近している気がするけれど、仕方ない。
これは、すごく内密な話なのだ。隠密で秘密で内密だから三密にはならない。
男は、僕に写真を見せる。ひどくぼんやりとした写真なので、それがDNAラーメンだと認識するのに想像力が必要になる。
あるいは、それはわざとそういう撮り方をしているのかもしれない。
いずれにしても僕はDNAラーメンを知らない。
*
僕がじっと写真を見つめていると、男が口を開く。
「タイカレーのような味だが、大丈夫か?」
「タイカレー?」
僕は、最後に食べたタイカレーの味を思い出す。どこかの市役所の食堂で食べたのだ。
市役所の食堂で食べたタイカレーはどこまでも市役所の食堂的味がした。
男は、僕に外に出るように促す。僕と男はタイカレーのようなDNAラーメンが似合うモデルを探すために電車に乗る。
どうやらDNAラーメンのプロモーションをしないといけないようだ。
「こいつは、ちがう。こいつもダメだ」
男は、電車の中を移動しながらモデルを探す。
僕は、撮影機材を引きずりながら男の後を追う。先頭車両まで来て、やっと男は満足そうに振り向く。
男に腕をつかまれていたのは、Sという男だった。Sは自分の経営する店で服を選べばいいという。
僕と男はSの店に向かう。店というより、どこかのテレビ局の衣装室みたいな場所だ。店の奥で付けっ放しになっているテレビが何かの速報を流している。
準備を終えてロケ地に着いた我々は呆然とする。モデルと一緒に撮影するはずだった建物がすっかり破壊されているのだ。
僕はもうロケのことなんてどうでもよくなる。なぜだかDNAラーメンが無性に食べたくなる。
まだ食べたことのない味なのに、記憶の中の僕はその味を知っているのだ。そのことが僕を少し混乱させる。
*
再び電車に乗っている僕は、頭の中がDNAラーメンの味でいっぱいになって、自分がどこへ向かっているのか、どこで降りればいいのかも分からなくなる。
電車に乗っている誰でもいいからつかまえてDNAラーメンを知っているか聞き出したいのに、電車には誰も乗っていない。
※昔のnoteのリライト再放送です。