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なぜ、あの飲食店本を読みたくなるのか(その2)言葉にするとふつうすぎる
店をやるという選択肢がじつは人生にあってもいいのかもしれない。そんな気になるbar bossa林さんの新刊『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』をめぐるインタビュー。(前回はこちら)
飲食店の「空間」が好きだ。なんだろう。建築的とかデザイン的な意味合いというより、いろんな人の何気ない人生が一時的にその空間に集まってる感じがするからだ。
バーなんかだと特にそう思う。ポケットに入れたい喜び。日常に開いた小さな穴。明日への憂鬱。束の間のやすらぎ。いろんな人がいろんな人生をグラスと共に傾けている。
部屋で飲む酒と味が違って感じるのは、きっといろんな人生の味がするからなんだろう。
バーに限らず飲食店は、誰かの人生とすごく近い部分で日々接する世界だ。だからこそおもしろいし奥も深い。
前回のインタビューでは「飲食店に成功法則はあるようでない」という話にもなったけれど、成功法則はなくてもお客様が自分の人生の一部にするような、ずっと続くいい店には何か通底するものがあってもおかしくない。
いい店に流れてるものって何なんだろうか。
「いい店に共通するものって僕もあると思って見ていて、言葉にするとすごくふつうすぎるんですけど、本当にそのことが好きでこだわってる人が勝つというか残ってますね。ほんとつまんない言葉で申し訳ないんですけど」
ずっと考えて考えて、そのことがどうしても好きでいろんなものを忘れてやってしまっている。その状態を言葉にすると、たしかに「夢中になれる」とかふつうの言葉になるんだろうけど、本当にそうなんだ。
「迷ってる人は駄目かなぁ。もちろん迷うのもいいんだけど、自分の意見とか意思とか持たずに周りに何か言われて迷ってるのは駄目。意思の力とか、言えば言うほど胡散臭くなるんですけど」
林さんはそう言って笑うのだけど、まあそれもわかる。
僕もいろんな、いわゆる成功者に属する人を取材させてもらうのだけど、本当にちゃんとすごい人ほど「あたり前」のことを淡々とやり続けてたりする。言葉にしたらすごくつまらない。でも、そうなのだ。
ずっと考え続けること、ずっと(知らず知らず何かを犠牲にしても)追い求め続けるものがあること。そういう言葉にしたら、そんなに新しさも特別感もないことを結局「できる人」と「できない人」がいて、できる人が残っていく。
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個人的には、そういうところも「人間っぽい」なと思う。ずっと考え続ける、ずっと求め続けるってたぶん人間にしかできない。
『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』に登場するオーナー、経営者の人たちも、みんなそれぞればらばらだけど、やっぱりみんな「自分はこれでやるんだ」という部分を持っている。
それが、ある人には真逆のやり方や考えだったり、矛盾もはらんでたり、すごく独特だったりするけど「自分はそれでいい」と思ったら、それでやれてしまうのも飲食店の世界なのだ。
「予約して一生に一度は食べたい究極のカレー」の店も、「きょうはカレーにするか」で食べる店もどっちもあっていいし、どっちの世界をつくるのも自由。どっちつかずで迷ったりしなければ。
「あと、これもあいまいな表現ですけど、いい店やってる人って好かれる人が多い。やっぱり、ひねくれ者、面倒くさい人って好かれないんですよね。みんなその人にファンがついてる。お客様もそうだし、関係者も含めて。
この人には魚の仕入れ先教えたいな、ワインのいい仕入先教えてあげたくなるような。もちろん、一人ひとりはすごくクセもあるんだけど好かれてる。そういう部分はありますね」
たしかに、みんな個性(これもありきたりな言葉だけど)は強い。ひとクセもふたクセもありそうだ。だから、ある面では嫌われてしまうことだってあるかもしれない。でもそれ以上に、その人の「何か人を惹きつける」ものがあるんだと思う。
やっぱり飲食の世界は「人間み」がある。スマートな人間じゃなくてもいいのだ。
そういう話を聞いてると、なんだか「やってみたい」がこっそり目を覚ましそうになる。ライターやってるのに飲食店やるって何考えてんの? と思われるのはその通りなんだけど。
でも文章を書くことだって、結局、その文章の中に「自分という人間」を通したものでしか表せないものを書きたい気持ちが根底にあるからだ。文章を書いているようで自分を書いている。意味わからないね。
その人の手を通してつくった空間だったり味だったり、大切な時間だったり、その人にしか提供できない「何か」を誰かにお出しして心や身体を満たすという意味ではライターも飲食店も通じるものはあるのかもしれない。
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じゃあ、実際に店をやるかというと、もちろん現実的な問題はある。お金の話だとか、立地や物件の話だとか。
「そこは、儲かる飲食店の法則ってあるんです。3日の売り上げで家賃がまかなえられればいい。そういうのがこの世界にはあります」
その話を聞いて、僕の村の空き店舗物件の話をして、林さん的には「やらないなんてあり得ない」という計算になったのだけど、まあその話は生々しすぎて書けない。
とはいえ、お金の問題もあるけど、それ以上に飲食店には何かまだ見えないハードルがある気がする。
「精神的ハードルかもしれないですね。店って始めちゃうと縛りつけられるんで。休みも取れないし。しょっちゅう休む店ってお客さん離れちゃうので。そこがしんどいかな。物販だとバイトの子に任せて休んだりできるけど、飲食はつくれる人がいないとどうにもならないから」
林さんは、そういう大変さは最初から覚悟してこの世界に入ったのだろうか。
「僕はバーテンダーの修業を始めたときに、あ、これは休みってないんだって。それはもう諦めようと思いました。その場合、大きいお店にして人を回して自分は管理する側に入っていくのを目指す人もいるんですけど。
でも僕、人を雇えないんで。人にこれやっといてって言えないんで。なのでギリギリ自分一人で回せるお店を最初から考えて」
こういうのって、ビジネス界隈の文脈では「人に任せるスキル」って話になるんだろうけど、そういうのも無理なら無理でいいのだ。
どこまでも「自分がこうならそれでいい」をやってもいい世界。飲食店をやるというのは、そういうことでもあるのだ。
(つづく)→第3回
次回……あの作家が飲食店に与えてしまった影響についての話
人に何かやってもらうのが苦手な人もぜひ!