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横浜石川町という南国

横浜石川町の路地に居る猫は商売が上手いという話は結構有名らしい。

もちろん、一見の人々にはそんな素振りを見せない。そこは猫だって当然警戒する。

誰彼かまわず商売しようとする輩もたまにいるけれど、そういうのはやはり足元を見られたり、下手すれば通報されたり厄介ごとになる。

たまたま知り合いのデザイナーの事務所が石川町にあったので、何度か通ううちに猫のほうから声をかけてくるようになった。

オニイサン!

絵に書いたように東南アジアから日本に来て働いてますの感じで、猫は僕に話しかける。

今日の品物はリュウガン、南国パイン、マンゴスチン♪ ミャンマーから船に積まれマラッカ海峡の夜露に濡れて、切なく甘いのが売りなのです。

甘党魂と書かれたTシャツを着た猫は歌うように僕に言う。

中華街の親父があくびを噛み殺しながらチラ見して通り過ぎていく。

1カ月前まで東シナ海を航海していた日に焼けた男が地に足がつくかつかないかの感じで陽気に鼻唄をうたいながら南国パインを麻袋に詰めるのを手伝っている 。

鬱血したみたいに黄色くて茶色い南国パインの棘は、甘い言葉にのせられて連れてこられたというのに艶めいていて言葉に困る。

でも、あの、リュウガン……。ちょっとライチみたいなやつ。

勇気を出して声に出してみると、それよりオニイサン、こっちのナーナッテイーのほうが甘いですよと相変わらず上手な声で猫は答える。

ナーナッテイー?

南国パインですよオニイサン。

東シナ海に揺られたままの男は鼻唄をうたい続け、石川町の午後はこうして世界から切り取られていくのです。

暑くなると涼しい場所が恋しいかと思いきや、逆に「ちゃんと暑い場所」もいいなと思ったりする。

なんていうか東南アジア的路上の気怠さと陽気さが混じる気もなく混じったところに身を置きたくなるときがある。ないですか?

で、そこの路上で売られてる南国フルーツを食べる。冷やしたほうがもっとおいしいんだろうなと思いながら。

じゃあ、エアコンの効いた部屋で食べるのがいいかというとそうでもなかったりもする。あのぐったりした熱に包まれながら食べる南国フルーツだからおいしいんだと思う。