本に乗って本を食べる
気がついたら朝が夜になっていた。
端的に言ってタスクをひたすら食べ続けるように過ぎていった日。
今日中締め切りの第二稿をアップして(今日中ってどこまでだ?)、でもその原稿はほぼそのまま入稿されて組版に回るから原稿整理も同時にして、明日が一日中、打ち合わせや取材で隙間時間しか作業できないので、その次の日に送らないといけない仮構成案作成をヒアリング音源を聞きながら前倒しして、合間に日課の外周りの家仕事(薪でボイラーのお湯を沸かしたり)してたら日が暮れた。
これで達成感があるかというと、よくわからない。
とりあえずタスクはこなせたことは事実だけど、どうやらToDoを埋めても喜びは湧かないタイプらしい。
じゃあ、何に達成感とか喜びってあるのか。つくった本がかたちになたときなのかというと、それもちょっと違う。
どっちかというと達成感や喜びというより、無事にリリース出来てよかったという気持ちと、いろいろ意図して本に組み込んだものが機能してるかどうかの確認の時間になってくる。
なんだろう。いろんな想いとかエネルギー的なものを文字と紙(あるいは電子)を媒介させて届ける仕事だからかもしれない。
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本という乗り物、ビークルをつくってもそこに乗る人がいなければ意味がない。誰も乗りたがらず、どこにも行けない乗り物なんて、すごく特殊で所有するだけでも喜びになるマニアックなものでもなければ壮大な資源の無駄遣いだ。
それは避けたいなという想いのほうが強いのだ。達成感とか喜びを求めるよりも。本が乗り物じゃないなら、せめて、どんな本でもつくった本がちゃんと「食べれる」ものであってくれたらそれでもいいのだけど。