「求む」やる気のない方
厚介は逡巡していた。思ってもなかった求人を発見したからだ。
厚介の特徴は「やる気のないこと」である。世間一般ではやる気のなさはあまり評判がよくない。
けれども厚介は意に介してないのである。こんなに世の中にやる気が溢れているのだ。一人ぐらいやる気のない人間がいてもいいんじゃないか。
むしろ、そういう人間がいたほうがバランスが保てるってものだ。それぐらいに考えている。
以前の職場でも彼は、あまりにもみんなが頑張って作業をこなしすぎるので、みんなのやる気を一生懸命削ぐことに涙ぐましい努力をした。
逆方向の努力ではあったが、なぜか彼は「がんばってる人」扱いされていた。
本人が否定すればするほど、今度は「がんばってるのに謙虚ですらある」と、さらに評判がよくなった。
厚介は、そんな評価が気に入らなかった。がんばりたくないのに、がんばってる人扱いされるのは不当評価である。そう上司に訴え、周囲を困惑させた。
自分の信念に反することは、どんなことも甘んじて受け入れたくはない。上司が評価を改めないことを見切った厚介は、潔く仕事を辞めた。
***
今度こそは、自分のやる気のなさを正当に評価してくれる職に就きたい。そう固く誓っていたところに、思ってもない求人を発見したのである。
「求む」やる気のない方
これは自分のためにあるような求人ではないのか。厚介は久しくなかった喜びを抑えることができなかった。
だが、同時に「待てよ」とも思った。そんな都合のいい求人があるものか。やる気のある方の誤変換ではないのか。いや、そんな誤変換は聞いたことがないぞ。だが、しかし。
厚介は逡巡した末、やはり応募することに決めた。千載一遇のチャンスかもしれないのだ。
エントリーすると、すぐに面接に来られたしの連絡があった。厚介は、面接でいかに自分がやる気のなさに溢れているかを面接官にぶつけまくった。
手応えのあった厚介だが、結果は不採用だった。
ありきたりなお断り文章に続き、やる気のなさに溢れている点が弊社にはそぐわず云々と書かれていた。
やる気のなさに溢れている。そんなに、やるきのないことにやる気があっても駄目なのだ。
まったく世間は生きづらい。厚介は独りごちておでん屋の暖簾をくぐり、やる気なくグラスにビールを注いだ。