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note1本書くほどでもないけれど


蕎麦屋で見捨てられたことがある。

信州に移り住んでから、よく聞かれる。「やっぱり蕎麦食べるんですよね」。いつも返事に困る。「いや、そんなには」。ごにょごにょと答える。本当は、そんなにはでもなく、まったくゼロだ。No蕎麦ライフ。べつに蕎麦が嫌いなわけじゃない。おろし納豆そばとか(こういうの邪道なんでしたっけ?)案外好きだ。だけど、どうも蕎麦のほうが僕のことをあまり好きじゃないらしい。

こんなヤギだけどこっちにやって来たころは、それなりに人に連れられて信州の蕎麦屋に出向いた。いかにも観光地の観光客向けの店ではない店。老舗の佇まいは期待値が上がる。だけど蕎麦にありつくことはできなかった。

とある店は宮沢賢治の『注文の多い料理店』ばりに店に入るまでにいくつも仕切りがあって、そこにいろいろ店主の注意書きが記されている。なんだかよくわからないけど、店主が声を掛けに来るまで勝手に店に入るなということらしい。もちろん素直に従う。30分待っても何の音沙汰もない。仕方ないので店を覗いたら店主と目が合って「これだから最近の客は困るんだ」と舌打ちされた。

蕎麦は食べる作法に厳しいとは聞いてたけれど、店に入る前から修業が必要とは知らなかった。それでも「すみません…」と店主に謝って、またおとなしく待ったのだけど永遠に店主から「どうぞ」と呼ばれることもなく、僕らは見捨てられた。



蕎麦屋のコントに付き合ったことがある。

敷居の高い蕎麦屋には足を踏み入れてはならぬと学習したので、今度はふつうに地元の人を相手にしてるっぽい、カジュアルな店に入ってみた。カジュアルといっても、それなりに何十年と営業してそうな年季の入った店。国道に面して蕎麦を打つ作業場がガラス張りになっている。

ここなら大丈夫そうと思ったとおり、おかみさんと大将が迎えてくれる。ようやく蕎麦にありつけるのだ。正真正銘の打ち立ての蕎麦。大将がきゅっと前掛けを締め直して蕎麦を打ちにかかる。のだけれど、なんだか様子がおかしい。一向に蕎麦を打ち始める気配がない。大将がおかみさんに何やら苦い顔をしてこぼしている。と思ったら、僕たちのところにやって来た。

「お客さん、ごめんなさいね。粉、切らしちゃって。ちょっと今から注文するんで。俺は粉さえありゃ、打つのは早いんだ」

おい、まじか。蕎麦屋が粉を切らすってそんなのあるんだ。しかも営業始まったばかりだよ。どうするんだろうって思ってたら大将は電話をかけはじめる。「あー、蕎麦屋だけど。粉、急いで持って来てほしいだ。粉!」。そもそも蕎麦屋なんていくつもあると思うのだけど「蕎麦屋だけど」で相手は分かるんだろうか。分かるんだろうな。長年の付き合いで。どう見ても番号通知とかなさそうな古い電話機だったけど。

大将は電話であーだこーだいろいろ話してる。粉以外にも何か用事があるんだろう。3分ぐらい経っただろうか。大将が突然、電話を切っておかみさんに言った。「粉屋じゃないって」

大げさじゃなくずっこけた。コントじゃん。じゃあ、いま電話してたのは何? まったく話し噛み合わないのに普通に電話してたよ? 店内が変な空気になったので、僕も苦笑いしながら「また来ます」と言って店を出た


そして信州人はむしろ蕎麦よりラーメンとうどん愛が強い。

結局、僕はまだ信州に移り住んでからイベント以外のところで、ちゃんと蕎麦屋に行って蕎麦を食べるミッションを果たせてない。でも特に困らない。むしろラーメンとかうどんの名店(ネットを漁っても出て来ない)をいろいろ見つけたり、教えてもらうことのほうが多い。ほんとにどう考えても絶対、こんなところに店なんてないだろと思う山沿いの集落の上のほう(ポツンと一軒家的)に、本気の讃岐うどんの店があったりして楽しい。

なぜそんなことになるのか。単純に信州人のうどん愛・ラーメン愛がすごいから。信州=蕎麦はあくまで観光客向けのイメージ。まったく蕎麦を食べないわけじゃないけど、それよりはうどん・ラーメン。今度、信州に来ることがあったら確かめてみて。


ありそうでなかった、このスタイルをつくったきゆかさん


打球の方向がどれもとんでもなくて追いつけないミユキさん


静かな確かな大切なことがあふれてるカエデさん