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写真徒然 2019.4.14
うちのお客さん(6次産業をしている生産者さん)のところで行われた、味噌づくりの集まりに顔を出してきた。
昔は集落の何軒かで集まって当たり前にやっていた味噌づくり。
いまは、農薬や化学肥料を使わずに米づくりをしている農家さんと
お米が縁でつながった東京の人、そして近所の人たちが集まって一緒にやる新しいスタイル。
米麹も自家製なので、まだ発酵の熱でほんのり温かい。塊のままだと米麹が再発酵して60℃近くまで温度が上がってしまう。
そうなると菌が弱って麹としての働きができなくなるので、ちゃんとほぐして温度を下げないといけない。
世の中では「加工食品」としてプラスチックのパッケージに入って沈黙している味噌が、ここでは「生きもの」としての手触りを持つのだ。
味噌という生きものは饒舌ではないけれど、都会の人も地元の人も分け隔てすることなく自分の言葉で語り掛けてくる。
食べる生きものの言葉に「そうか、そうだよな」と頷きながら、「飴」と呼ばれる大豆の煮汁をいただく。
「飴」の名に負けないぐらい本当に甘い。こんな甘さを隠し持っている大豆が米麹と塩と出会い、時間をかけて味噌になっていく。
生きていくことも甘くないけど、いい感じに発酵すれば決して辛くも不味くもなく、むしろ「旨味」になるのは人間も同じ。
また、そんなわかったようなことを。味噌にちょっと笑われる。