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月とホームセンター

ホームセンターにたまに行くことがある。

いや、そんなの誰だって行くだろう。それはそうなのだけど、僕の場合、ふつうに買い物の用事があってというより(それもあるけど)どこでもない空気を吸いたくて足を運んでいる割合が強い。

とくに職業柄、土日休みというものでもないので、なんとなく平日の昼間にふらっと行ったりする。ほとんど休日のホームセンターを知らないので、あれなのだけど平日昼間のホームセンターは概して空いている。

どう見ても、店を訪れている客の数より商品の方が多い。なんとか収納ボックスの新シリーズとかが、手持無沙汰に通路の前でお客が立ち止るのを待っている。

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ふーん、最近の収納ボックスはただ隙間有効活用とか、これでお部屋すっきりとかだけじゃなく「収納映え」もするんだ。自分には縁のなさそうな、おしゃれ収納ボックスの映え推しをちらっと眺めて通り過ぎる。

僕以外には、老夫婦とか小さな子供を連れた若いお母さんぐらいしかいない。せっかく収納ボックスが映えているのに、誰も用がないからか収納ボックスもそこまで本気でお客のほうを見ていない。

だだっ広い通路を歩きながら、僕はホームセンター的空間の「どこでもなさ」を胸一杯吸い込む。

なんだろう。ここにあるものは明らかに「生活」「実用」の匂いがするのに、あまりにも人がいないとふしぎな空気感がしてくる。それはまるで、せっかく月に移住コロニーがつくられ、家具付き、生活用品まで備えられた大き目のカプセルが用意されているのに、まるで人がいない感じだ。

僕はZOZOTOWNも運営していないので誰かと月に行くこともないのだけれど、平日のホームセンターに来れば、だいたい月に来た気分が味わえるから問題ない。

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そんなことをぼんやり考えていると、突然、どこかの販売員っぽい女の人に呼び止められる。

「これ、新発売の突っ張らない突っ張り棒なんですよ」

……突っ張らない突っ張り棒? ちょっと意味が分からない。通り過ぎようかと思ったけれど、販売員さんが僕の前に突っ張らない突っ張り棒を差し出すので、通せんぼをされた感じになって仕方なく受け取る羽目になる。

「突っ張らないって…でも、それじゃ意味なくないですか?」
突っ張り棒が突っ張らないなら、ただの棒だよなと思いながらたずねてみる。

「そうなんですけど、突っ張らない突っ張り棒が欲しいというお客さまの声が多くて、それにお応えした新商品なんです。よかったらぜひ」

ぜひ、と言われても。販売員さんは満面の笑みで勧めてくる。もしかしたら月での生活にはあると便利なのかもしれない。


結局、僕は突っ張らない突っ張り棒を持たされ、妻に頼まれた箱なしのティッシュを抱えてホームセンターを出る。明らかに余計な買い物をしたことを妻にどう言おうと考えながら。

帰り道。いつもなら車の切れ目がない国道に車の姿がなく、交差点の信号機だけが考えるのをやめたように規則的な点滅をくり返している。ふと、足元を見ると、まるで見覚えのない遥か先の日付が並んだ新聞が風で運ばれて、僕にまとわりつく。

どこかで見たような光景だなと思いながら、僕は人の気配のしない街を歩き、すっかり用を成さなくなった立ち入り禁止ロープをいくつもくぐり抜ける。家はもうすぐそこだ。