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月を焼く

月を見て、美味しそうだなと思うことがある。

時節柄、あ、月見バーガーだねと思われるかもしれない。残念だけど、それじゃない。

それにしても「月見バーガー」で本気のお月見してる人はどれぐらいいるんだろう。1200人ぐらいはいるかもしれない。お供えの台(あれ、なんて言うんだ?)に月見バーガーをピラミッド状に積んで月を愛でるのだ。風流。

ちなみに、どうでもいい情報だけど「月見バーガー」が初めて登場したのは1991年。

べつに、はじめから「月見」を狙ったわけでもなくて、ハンバーガーに入っててほしい食材リサーチで人気上位だった「卵」を使った新しいハンバーガー開発が命題。で、卵が安定的に調達できるのが秋だったから結果的に「月見バーガー」になったんだとか。

へー。まあ、それはそれとして個人的には焼いた月が好きだ。たぶん、ほとんど誰にも伝わらない。

でもね、月って焼いて食べると美味しいんだ。少なくとも全僕の中では一致した結論。土星や冥王星を焼いて食べるより、月のほうが美味しそうだ。なんとなくだけど。

けど、そもそも月って焼けるものなのか。大きな、そして真っ当な疑問がもたげてくる。

僕だって昔は月を焼いて食べるなんてしたことなかった。けど、あるとき都心の品揃えに定評あるスーパーで月が焼かれてるのを目にしてから嵌った。

独特の甘い香り。外側がサクッとしていて、中はもちもちしながら食感としては重たくない。味付けのバリエーションはいろいろで、シンプルに甘いのからソース味とかいろいろだ。

ただ、最近はあまり人気がないのかスーパーやコンビニでも目にする機会が少ない。食べものとしては佇まいが地味だからなのか。

たしかに「映える」食べものかと言われればそうでもない。映えるなんて本来どうでもいいし、いまだにメディアが映え映え言ってるだけな気もするけど、まあ視聴者やユーザーのつかみとしては便利なんだろう。

あと、なんと言っても原材料が高い。コストがかかりすぎる。なんせ「月」を仕入れないといけないのだから。

そんなことを考えながら、どうせないだろうなあったらラッキーだなぐらいの気持ちで近所のスーパーを覗いてみる。ついでに鳥のおやつにあげる「鶯ボール」も買わないといけない。

通路をうろうろしたけれど思ったとおり、焼いた月は置いてなかった。

仕方ないよな、代わりにたこ焼きでも買って帰るか。何かがマイナスの方向で思ったとおりだったときの、それでいて所在ない気持ちを抱えながらスーパーを出ようとすると「全品半額」の月餅が出入り口に山積みされていた。

月餅じゃないんだよな。

心の中で首を振りながらスーパーを出て商店街を歩く。唐揚げ専門店、焼き鳥、今川焼なんかの店は勝手に視界に飛び込んでくるけど「月を焼いてる店」はまるでない。

だんだん自分でも自信がなくなってくる。月を焼いたものって勝手に思い込んでるだけで、本当は違ったんじゃないか。

そういう、思い込みというか思い違いが自分には結構あるから。

まだ月が出る時間には少し早いからか、電線やら広告看板の合間から空を見上げても何もない。

じゃあ、もし自分がつくるなら。気まぐれにそんな想像をしてみる。自分がつくる「焼いた月」。

江の島だっけ。なんか、タコをまるごと手動でプレスした「タコせんべい焼き」みたいなのがあるの。あんなふうに月をまるごとプレスしたら、どうなるんだろう。

でも、僕には月をまるごとプレスする勇気も器械もないから、せめて月の端っこだけちょっと削り取って、ホットケーキミックスみたいなのに混ぜて焼く。

きっと甘くて、ちょっとだけ記憶が遠くに行くような味がする。

その様子を兎たちが不安げに見守っているんだ。